「ジョーカー…」
薄暗い部屋の中、ぼんやりと浮かび上がる人影が次第に現実味を帯びてくる。目の前にいる彼の姿を、ただ見つめることしかできなかった。
「ごめんな、待たせちまって」
彼の言葉に反応しようとしたが、胸の奥に何かが詰まっていて、言葉がうまく出てこない。ジョーカーの顔をじっと見つめるうちに、彼の優しさがじわりと伝わってくる。
彼はまるで壊れやすいものに触れるかのように、クラリスの頭に手を置いた。その眼差しは、まるで心の奥底を見透かしているかのようで、彼女はその温もりに包まれた。
ジョーカーは静かに部屋を見回し、再びこちらへ視線を戻した。
「俺を逃したせいで、こんなことに…心が壊れるまで」
彼の声には深い自責の念が込められていた。その瞬間、彼はクラリスを強く抱きしめた。彼の腕の中で、彼女は自分の中で何かが溶けていくのを感じた。長い間忘れていた感情が呼び覚まされ、胸が締め付けられるような思いに襲われた。久しぶりに、人の温もりを感じたのだ。
「俺さ、怪盗を引退してお前と一緒になろうと思うんだ。2人で穏やかな田舎で暮らすんだ。子供もたくさん作ろう」
ジョーカーの言葉が胸に響く。暖かい感情が心に広がり、思わず頷きたくなる。しかし、ふとアルファンの姿が脳裏に浮かんだ。
アルファンの冷たい瞳や、遠ざけるような態度が何度も私の心を突き刺してきた。彼から離れ、ジョーカーと新しい生活を始めれば、過去の痛みも忘れられると思っていた。アルファンのことも、心の奥にしまい込むことができるはずだった。
しかし、彼の顔が頭に浮かぶたび、胸に走る痛みが私を苦しめる。「私がいなくなったら、アルファン様はどうなるの?」心の中で問いかける。
もし彼を置き去りにしてしまったら、物語のように彼は破滅へ向かってしまうかもしれない。そんな未来を、彼女は望んでいるわけではなかった。
だけど、彼がイリスと過ごす姿を思い浮かべると、怒りと悲しみが込み上げてくる。「あんな人、もうどうでもいい…浮気までしたんだから」と、自分に言い聞かせるように心を強く持とうとする。
そして、彼女は覚悟を決めた。
「私を連れていって。ジョーカー」
「もちろん。」ジョーカーは優しい笑みを浮かべ、頷いた。
未来に対する不安が胸を締め付けるが、彼の温もりに触れることで、少しずつ心の中に明るい光が差し込んでくるのを感じた。