結婚式の夜、私は豪奢な寝室にひとり立ち尽くしていた。新婚初夜にもかかわらず、アルファン王子は姿を現さず、これからの結婚生活を予感させるような冷え切ったスタートだった。「新婚生活って…こんなもん?」と、ドレスを脱ぐ暇もなく、鏡の前で自分に問いかけてしまった。
煌びやかなドレスに身を包んでいるものの、その美しさは虚しく、どこか空々しい。鏡に映る自分を見つめると、不安が一気に押し寄せてきた。私の頭に浮かぶのは結婚式の後に現れた、あの緑色の瞳を持つフードの男。
あの男の冷たい声が蘇る。「お前がアルファン王子と結婚したのは、我々の計画の一部に過ぎない」なんて言われた瞬間、私の心の中では「嘘でしょ!」と叫びながらも、顔はなんとか平静を保った。数年かけて私(クラリス)を調べ上げ、アルファン様を王位継承から外すための計画に私が巻き込まれていたなんて…まるで昼ドラのような展開だ。
もしこの計画を拒めば、一族までもが抹殺されるという脅し。「そんなの拒否一択でしょ!」と言いたいところだけど、冷たい恐怖が心に重くのしかかる。ジョーカーが私を救い出そうとしたのも、すべてこの男の計画の一環だったのかもしれない。ああ、完全に詰んでる私…!
そして私は決断した。この計画を阻止するために、自ら「悪役令嬢」を演じるしかない。アルファン様や周囲の者たちから憎まれることで、私が最終的に全ての罪を被ることになったとしても、彼に罪悪感を抱かせないために。私は覚悟を決めた。
次の日から私は、見事な「悪役令嬢」になりきった。毎朝、鏡の前で「私は冷酷な悪役令嬢になる!」と自己暗示をかけるのが日課に。そして、冷たく響く声で使用人を呼びつけ、些細なミスも容赦なく叱責。彼らは私を恐れ、「冷血令嬢」とささやくようになったけれど、心の中では「いや、私だってツライんだよ」とつぶやく日々。
社交界でも、「悪役令嬢」の役割を完璧にこなした。新しい衣装を見せびらかし、無表情で貴婦人たちを無視。「このドレス、やっぱり最高!でもね、演じてるだけだから!」と内心で叫びながら、冷徹な振る舞いを続ける。でも、そんなことをしても、アルファン様の私への無関心さは変わらなかった。
彼が私に関心を示すのは、私が何か問題を起こした時だけ。彼の冷たい皮肉と非難の言葉が私に浴びせられる。心は次第に疲弊していき、最初は彼のために演じていた「悪役令嬢」の役も、やがて彼の注意を引くための手段に変わっていった。
それでも、彼は私に目を向けることはなかった。私が演じる「悪役令嬢」の仮面の裏には、誰にも見せることのできない葛藤と孤独が、静かに積もり続けていた。