目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第4話


「生きづらい」


物心ついたときから、常にこの言葉が私のそばにあった。


日和ひよりちゃんて、なんか見てて腹立つんだよね」


これが私の記憶の中で一番最初のものだ。周りの子たち曰く、どうやら私は根っからのいじめられっ子体質らしい。


集団というものは、誰かを仲間外れにしたがる。まるで自然の法則のように。


自信がなく、おどおどしていて、自分の意見を言えない私は、いつもターゲットにされてしまう。気が弱く、臆病な私に、言い返す勇気などなかった。そのため、いじめは次第にひどくなっていった。


唯一の幼馴染、美来みくは私の味方でいてくれたが、私のせいで彼女に迷惑をかけたくはなかった。美来はクラスの中心にいる人気者で、誰とでも仲良くできる性格の持ち主。美人で成績も優秀。全てに恵まれている。


時折、廊下ですれ違うと、多くの仲間や友達に囲まれて楽しそうに笑っている美来は、私とは別世界の人のように感じられる。私もこんな子になりたかったと、彼女を見るたびに少し嫉妬さえ覚える。


私の人生は終わりのない暗闇をひたすら彷徨っているようで、いつしかかすかな希望も消えてしまった。どこに行っても煙たがられる私は、惨めな存在でしかないんだと感じていた。


それからは、好かれることも集団に馴染むことも諦め、教室の隅で身を潜めるように過ごしていた。



「ねぇ、美来みく


静かな放課後、心地よい日の光がまぶたを重くさせる。生徒たちはほとんど帰宅し、運動部の賑やかな声だけが教室に響いている。


「うん〜?」


ゲームから目を離さずに空返事をする美来は、先程からずっとこんな感じだ。彼女が夢中になっているのは、もちろん乙女ゲームの【破滅プリンス】。


昨日のことが気になる様子はなく、ほっと胸を撫で下ろす。


「あのっ、その…美来の推しのアルファン様ってどんな人なのかな?」


少し聞きづらくて、最後の方は小声になった。


『……』


返事がないのを不思議に思い振り返ると、体ごとこちらを向き、目をキラキラさせた美来がいた。


『え、なになに?!

日和ひよりがゲームについて聞いてくるのなんて、初めてじゃない?』


彼女の興奮に圧倒されながらも、私は「うん……ちょっと気になって」とだけ答える。


美来は満面の笑みを浮かべ、話し始めた。興奮しすぎていつもの早口になっているが、今回はすんなりと頭に入ってくる。


彼女によると、アルファン様は舞台となる国の王位継承権第一位を持つ次期国王。現王の嫡男で、正義感が強く、勤勉で真面目な性格をしている。剣の達人でもあり、その道でも将来を期待されている若きエリート。


女性関係は全く浮いた話がないらしく、まさに乙女ゲームの中の完璧な存在である。


「え…どのルートでも死亡フラグが立ってるの?!」


思わず声が大きくなってしまったが、外の運動部の声でかき消されるだろう。



「実はね…彼がどのルートに進んでも、必ずバッドエンドが待っているの。突然死に、毒殺、さらには誰が黒幕なのかさえわからない謎めいた死…。本当にどこを選んでも逃げられないみたいなのよ。」


「そんな……」


思わず口に手を当て、視線を下に向けた。心の奥底から冷たいものがじわりと湧き上がるのを感じる。


『でも、私はそこが一番の魅力だと思ってるの!

今までにない新感覚のシナリオじゃない?

むしろハッピーエンドより、ドロドロの愛憎劇のほうがゾクゾクするわ!!!ふふっ』



彼女は「うっとりしちゃう」とばかりに頬に手を当て、目を輝かせた。その姿に、少し引きながらも心の中で彼女の情熱を感じ取る。


「はぁ…」


美来のこういった部分は、昔から少し変わっている。小さい頃のお気に入りの映画も、どれもバッドエンドか悲恋もので、純粋な子供が好むものとは思えなかった。美来が少し不気味に感じられた。


人気者の裏の顔は、かなりの変わり者だ。普通に見えるように周囲に合わせている彼女が、意外と苦労しているのかもしれないと少し親近感を覚えた。


「なんとかして、ハッピーエンドにできないのかな…」


『それは無理よ、日和ひより。もうシナリオで決まっているんだから。それがアルファン様の運命なのよ!』


美来はハッキリと言い放ち、私の気持ちを一蹴した。


『それに、世界に入り込む気持ちは分かるけど、これはリアルじゃなくてゲームだからね』とも付け加えた。


「運命か。変えられないのかな・・・」


私のいじめられっ子人生も、王子と同じように運命なのだろうか。そうだとしたら、どれほど悲しいことだろう。


「救いたいな・・・」


胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。その熱い気持ちは、一度知ってしまうと後戻りできないほどに高まっていく。



「わたし、ゲームの世界の人に恋しちゃったかも」


ゲームの中の彼に抱いた気持ちを、初恋と呼んではいけない気がする。だが、もう止められない。


激しく動く鼓動がこれから起こる出来事を知らせるように鳴り響き、物語は幕を開けた。


これから起こることも知らずに。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?