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第3話


私の人生が変わるきっかけは、ほんの些細な出来事から始まった。


「破滅プリンス?」


その不穏な響きの言葉に、思わず問い返した。


「知らない?!今流行りの乙女ゲームで、登場キャラがみんな美形揃いなの!!」


友人の美来みくはガバッと勢いよく顔を上げ、大きな瞳をキラキラと輝かせて興奮気味に話し始めた。その勢いに圧倒される私は、つい反射的に後ろに仰け反ってしまう。彼女の声が大きく、私の顔が近づくたびに息がかかりそうだ。


普段は落ち着いた彼女が、ゲームの話になるとこの調子だ。彼女の熱心な表情に、私はつい笑みをこぼしてしまう。


「その中でも、私の推しはやっぱり主要キャラのアルファン様よ!」


「うんうん、アルファン様ね」


ゲームには興味がないけれど、彼女の熱心さに共感しようと、私はいつものように「ちゃんと聞いてますよ」と相槌を打った。


「前に話してたゲームも良かったんだけどさ、このゲームにハマってて!ご飯とお風呂の時間以外はずっとプレイしてるのっ!!」


「そうなんだ…」


以前話していたゲームの名前が何だったか思い出せず、必死に記憶を辿るものの、やはり思い出せない。彼女の話はいつも早口で、内容が頭に入ってこないのだ。


「これ見て!アルファン様よ!」


美来が突然、スマホの画面を私の顔の前に突き出してきた。画面には、美しい男性の姿が映し出されていた。彼の瞳は深く、長いまつげが揺れ、笑顔には神秘的で引き込まれるような魅力があった。その美しさに、私は一瞬息を呑んだ。


「「わっ!綺麗…!!」」


自分でも驚くほど大きな声が出てしまい、すぐに口を押さえて周囲を見回す。教室の中には静寂が広がり、空気が一層張り詰めたような気がした。


「ちょっと、日和ひよりしーっ」


美来は慌てて、苦い顔をしてカーテンを閉めていない窓や、教室の中から廊下や外の様子をうかがっていた。ここが生徒立ち入り禁止の空き部屋であることを、私はすっかり忘れていた。


「ごめんね、美来…」


申し訳なくて視線を床に向ける。美来の優しさに申し訳なくなる。


「大丈夫よ。私は全然構わないし」


誰にも見つからないこの場所を使っているのは、私たちが一緒にいることを誰にも知られないためだ。


「ねえ、もう隠れて会うのやめない?」


美来が私の目をじっと見つめてきた。その視線には、深い思いが込められているようだった。


「いや…ダメだよ…私みたいな地味なヤツと話してるところ、クラスの子たちに見られたら美来が何て言われるか…」


気まずさに耐えきれず、目を逸らしてしまう。


「そっか」


美来はボソッと呟き、部屋は再び静まり返った。重い空気の中、私たちは無言で時間が過ぎるのを待った。


キーンコーンカンコーン


地獄のような時間の始まりを告げる鐘の音が響き、教室の外からは生徒たちのバタバタと走る音が聞こえてくる。


「もう、行くね」


美来は大きな目をさらに見開き、何か言いたげだったが、重い空気に耐えきれず、私はオドオドと扉に手を伸ばし部屋を後にした。


「気まずいまま出ちゃった。美来に嫌われたらどうしよう…」


後になって自分の行動を後悔するのは、いつものことだ。自分のこんな姿が本当に嫌になる。


でも…


どこまでも続くように感じる暗い廊下を足早に進みながら、一筋の光が心に灯るのを感じた。さっき見たアルファンの姿が、脳裏に鮮烈に焼き付き、離れない。


心の奥底に新たな感情の火が灯ったのは、確かにこの日だった。

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