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第2話



意識が遠のく中、クラリスの心にふと蘇る記憶があった。それは彼女が悪役令嬢を必死に演じていた時のこと。


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大広間には、銀器が皿に触れる音だけが乾いたように響いていた。燭台の揺れる炎が、厚いカーテン越しに差し込む薄明かりと混ざり合い、どこか冷ややかで物悲しい雰囲気を漂わせている。クラリスはその光の中で、膝上に置いたナプキンを無意識に強く握りしめた。


「(やっと会えた…)」


この日、アルファンと向き合っての食事は久しぶりだった。遠征に出ていた彼とは実に1ヶ月ぶりの再会だったのだ。


彼の顔を見た瞬間、クラリスの心には溢れんばかりの喜びが広がった。まるで一年も会えなかったかのように、彼との再会を心から待ちわびていた。


美少年のような整った顔立ち、アルファンの優雅で繊細な美しさに、クラリスは思わず息を呑む。


視線を感じたのか、彼がちらりとこちらを見た。彼の青い瞳がクラリスを見つめると、まるで星空が広がるような輝きが胸に沁み渡る。


しかし、その瞬間、彼の言葉が冷たい刃となり、クラリスの心を深く突き刺した。


「君の顔を見ると、飯が不味くなるな。」


温かい感情に包まれていた心が、鋭い言葉によって一瞬にして冷やされ、悲しみと切なさが胸を締め付ける。


喉を通る唾の音が、自分の耳にもはっきりと響いた。クラリスはその言葉に打ちのめされ、大広間に漂う緊張感が彼女をさらに孤独へと追い込む。彼と会えなかったこの1ヶ月間が、どれほど長く感じられたか。再会の瞬間に感じた喜びが、今ではただ虚しく思えるだけだ。


「…あら、それはこっちのセリフですわ。」


クラリスは平静を装い、微笑みを浮かべた。完璧に整えたメイクとヘアスタイル、その努力が今や空虚に感じられる。心の中で泣きながらも、悪役令嬢を演じ続けた彼女は、自然と逆の言葉が口をついて出てしまう。


「遠征はどうでしたか?」


彼女の問いかけに返ってきたのは、さらに冷たい一言だった。


「…君には関係ないだろ。何か探っているのか?」


彼の棘のある言葉が、クラリスの心を深く突き刺す。必死に気づかないふりをしても、その痛みは消えない。彼の言葉が彼女を遠ざけるためのものであると理解しながらも、それでもクラリスは微笑みを浮かべ続けた。目が合った瞬間、彼の冷たい瞳に心が打ちのめされそうになるのを、何とか堪えた。


(この人は、私を嫌っている…)


その確信がクラリスの心を締めつける。彼はすぐに席を立った。スープにさえまだ手をつけていないのに、彼は何事もなかったかのように、彼女を一人残して去っていく。まるで彼女の存在が空気のように無視されているかのように。


彼が去った後の静けさの中、クラリスはただ一人、孤独を感じていた。何も感じないように取り繕うが、カチャカチャという食器の音が虚しく響く。彼の温もりを求めても、それは決して手に入らない。使用人たちの冷ややかな視線やささやきが、遠くから彼女の耳に届く。


「(私…何も変わっていない。どこに行っても、結局ひとりなんだ…)」


背中を丸め、孤独に食事をする自分を思い浮かべると、転生前の自分が蘇る。過去の自分もまた、今と同じように、人に蔑まれ、孤独に生きていた。それでも彼を愛さずにはいられない自分がここにいる。涙が目の奥に浮かび、喉の奥がじんわりと痛む。泣いてはいけない、笑わなければ…。最後の日まで悪役令嬢としての役割を全うしなければ、と自分に言い聞かせた。


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