「これより戦闘に入る! 各自配置につけ! 俺たちは勇者殿の攻撃まで耐えるだけでいいんだ! 絶対に死ぬなよ!」
……は?
いつ俺が勝利への鍵みたいな扱いになった?
俺が攻撃するなんて一言も言ってないぞ。
「では勇者様、そろそろ私達も行きましょうかっ!」
アルが微笑み、馬車からふわりと飛び降りた。
俺は行きたくなかったが、一人で馬車に居るよりも屈強な仲間達の側に居た方がまだ安全だと思い、後ろ向きに
「勇者殿、御武運を!」
馬車の外には、聖宝剣ゲルバンダインとルミエールシールドを持った騎士が待っていた。
目が合うと、その騎士は無言で頷いた。
俺には意味が分からなかったので、首を傾げておいた。
騎士が俺に向かって伝説の剣と盾を突き出してきた。
あんなに重たい装備を持った状態で腕を地面と平行に出来るのだから、この人が持っていた方がいいのではないだろうか。
よっぽど上手く活用してくれるだろう。
「しょりぇちゅかっちぇいいよ!」
※それ使っていいよ!
俺が親指を立てて言うと、騎士はぽかんと口を開けて固まっていた。
アルが優雅に歩いていくので後ろをついていくと、目の前には恐ろしい光景が広がっていた。
ミノタウロスよりも遥かに巨大な黒い豚の化け物が五体、地面から根ごと引き抜いたであろう巨木を軽々と片手で振り回して暴れている。
あれがおそらくブラックジャイアントオークなのだろう。
でっぷりと太った黒豚のように、脂肪による
下顎から突き出た牙が鋭く尖り、
はち切れんばかりに肉が詰まったあんこ体型を、太く短い両脚が大地に根を張るように支えている。
その足元には、かつて人間だったであろう肉の欠片が散らばっていた。
既に隊商は壊滅状態に近く、恐怖に震えて尻餅をつきながら後ずさる商人を守るように、数名の護衛が戦っている。
しかし、その残った護衛達も足元がふらついており、いつ力尽きてもおかしくない。
ブラックジャイアントオークが、護衛の一人に巨木を叩きつけた。
攻撃を盾で防ごうとしたその護衛は、体ごと吹き飛ばされて馬車に叩きつけられた。
黒く巨大な化け物は、白目を剥いてぐったりと倒れた肉袋を雑に掴むと、果物でも食べるように頭からかぶりつき、むしゃむしゃと
牙の脇から零れ落ちる赤い液体を見て、無意識に膝が震えた。
コメ:うわ、グロすぎ……。
コメ:アルちゃんの後ろ姿クンカクンカ【一万円】
コメ:アルちゃんスタイル良すぎ!【二万円】
コメ:あれはトマト……あれはトマト……
コメ:あんなのが五体って、詰みじゃね?
コメ:アルちゃそのお尻可愛い!【五千円】
「騎馬隊、ブラックジャイアントオークの攻撃範囲を見誤るなよ! 俺に続けえええええええ!」
ノイマンが天に槍を突き上げ仲間を
その後を百騎の騎馬隊が続く。
わざと視界に入るようにブラックジャイアントオークの目の前を通り過ぎると、そのまま円を描くように馬を走らせていく。
「フギィイイイイイイイ!」
軽快に尻を上げて逃げるご馳走を前に、黒豚の化け物が歓喜の声を上げた。
硬い大地を砕きながら馬を追うが、足が遅いようでなかなか追いつくことが出来ないようだ。
ブラックジャイアントオークにも知恵はあるようで、捕まえられないと悟るやいなや、それぞれが乱雑に動いて隊列の横腹を叩こうとする者が現れた。
騎馬隊は、振り回した巨木を見事な手綱さばきで
「魔法部隊、放てえええええ!」
ノイマンの合図で魔法使いの杖から次々に魔法が放たれる。
馬に夢中になっていたブラックジャイアントオークは、その魔法のほとんどを無防備に浴びることになった。
巨大な炎の玉が顔面にぶち当たり、氷の槍が全身に突き刺さり、雷光が胸を貫き、風の刃が肉を切り裂いた。
「ピギィイイイイイ!」
化け物の断末魔が響き渡り、着弾の衝撃で土煙が立ち昇る。
ダメ押しとばかりに数人がかりで発動した巨大な火柱が、五体のブラックジャイアントオークを含む広範囲を焼き尽くした。
大気が震えるほどの衝撃波を巻き起こる。
「や、やっちゃきゃ?」
※や、やったか?
俺は、目の前で繰り広げられた兵士達の鮮やかな連携に感動していた。
あれだけの攻撃に被弾しては、いくら巨大な化け物とはいえ
アルがどんどん前に歩いていくので、俺も続いて進んでいく。
「魔法部隊、撤退せよ! 盾兵は下がりながら敵を止めろ! 魔法使いを一人も殺させるんじゃないぞ!」
ノイマンの号令と共に、魔法使いが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その時、煙の中に五つの巨大な黒い影が見えた。
それらはゆっくりと俺の方に近づいて来ている。
土煙の中から顔を出したブラックジャイアントオークは、少しもダメージを受けている様子がなかった。
あれだけの魔法を食らったはずなのに、表皮に出来た治りかけの傷口を蚊にでも刺されたかのようにポリポリと
標的を変えた黒い豚の怪物が、地面を踏み砕きながら歩いてくる。
目が合った先頭の一体がニヤリと不敵に笑った気がした。
周りを見渡すと、いつの間にか俺はアルすら追い越して最前線に立っていたようだ。
じわりじわりと距離をつめてくるブラックジャイアントオークは、近くで見ると山のように大きかった。
ついに腰が抜けて立っていられなくなった俺は、無様に尻餅をついてしまった。
大股を開いて、情けない表情を浮かべながら死を悟った。
「ひぇっ!」
※ひぇっ!
「あら、勇者様はお休みなさるんですか?
アルの体を包み込むように、紅蓮の炎が渦を巻いた。
炎に赤く照らされた顔は妖艶さを増し、その瞳は燃えるように美しく輝いている。
「豚が……」
冷たく
しなやかな指先を指揮者のように踊らせると、灼熱の業火が命を得たかの如くうねり、ブラックジャイアントオークに襲い掛かった。
目の前が一瞬にして焼け野原になり、炎眼の死神アルテグラジーナが放った炎が狙い澄ましたかのように敵の胸を貫き、頭部を焼失させていく。
コメ:ブ、ブヒィイイイイ!【二万円】
コメ:もっと
コメ:アルちゃん強すぎワロタwww
コメ:ガチで四天王だったんだな。
コメ:アルちゃそさ、タイキンより強くねえか?【一万円】
コメ:それ思ったw
悲鳴すら焼き焦がす冥府の火炎が消えると、五つの巨大な死体が転がっていた。
「勇者様、惚れ直しちゃいましたっ?」
「しょうじゃにぇ……」
※そうだね……
「さっき
「しょうきゃみょにぇ……」
※そうかもね……
「やっぱりっ! おかげでスカッと出来ました。勇者様だーいすきっ!」
「よきゃっちゃにぇ……」
※よかったね……
父さん、女性が恐ろしいってのは本当なんだね。
無邪気な顔で嬉しそうに笑う美女の言葉に、ただ