なんだか馬車の外が騒がしく、深く沈んでいた意識が覚醒する。
いつの間にか馬車が停止していたようだ。
ふとコメントを見ると、俺への殺害予告や罵声で
騎士の鉄靴が
枕にしていたアルの太モモの気持ちよさが、異常事態の緊張感を薄めてくれる。
頭を撫でられる指使いが優しく、もう
ランデルが突き破った穴から外を見ると、空は薄っすらと茜色に染まり始めていた。
「ランデル殿に伝令、この先で隊商が襲われているようです! 敵はおそらくブラックジャイアントオークの上位種だと思われます! 隊商の護衛が戦っているようですが、いつ全滅してもおかしくありません!」
また何かモンスターが出たみたいだ。
人が襲われているらしい。
コメ:おい、勇者なんだからさっさと戦いに行け!
コメ:オークの餌になれよ。
コメ:○ね!
コメ:握りつぶされろ。
コメ:早く隊商を救いに行け! 一人でな!
勇太:俺が死んだらアルを映せなくなりますけど。
コメ:目だけ宙に浮かせて生き延びる努力をしろ!
コメ:死んでも映せよボケ。
コメントも平常運転だ。
戦闘を始める際には、必ずランデルの指示が起点となるのだが、奴は文字通り帰らぬ人となっている。
魔王討伐隊の移動陣形は、俺達が乗る馬車を最後尾とし、その前方に補給物資が積まれた馬車や兵士達が配置されている。
隊の先頭ではノイマンが指揮をとっており、何か起きた時にはバケツリレーのように前から後ろへと伝言が流れる。
その配置のせいで、ランデルが居なくなったことに誰も気付いていない。
食事に姿を見せていない時点で誰か心配してもいいとは思うのだが。
今回はおそらくノイマンが指揮を
俺は、みんなの邪魔をしないように再び夢の世界へ旅立とうと目を
なんときめ細やかな肌触りの太モモだろうか。
「ランデル殿、この先で魔物が……あれ? 勇者殿、ランデル殿はどちらに?」
無遠慮に馬車の中に侵入してきた騎士に驚いて立ち上がってしまった。
「りゃんぢぇりゅはちひぇいしぇんにょきゃにゃちゃへちょんぢぇいっちゃよ」
※ランデルは地平線の彼方に飛んでいったよ
「……なるほど? それで、いつお戻りになられるのですか?」
「みょぢょっちぇきゅりゅちょいいきぇぢょね」
※戻ってくるといいけどね
ランデルがどこまで飛ばされたのか分からないのだから答えようがない。
この騎士も難しい質問をしてくるものだ。
不安そうな表情の騎士が可愛そうだったので、希望を込めた回答をしてあげた。
「この先でブラックジャイアントオークの上位種と隊商の護衛が交戦しているのですが、このまま進むと我々にも被害が及びます。戦闘は避けられないと思いますが、ご指示を頂けますか?」
「ぎゃんばっちぇちゃおしちぇ。おりぇはみちぇりゅきゃりゃ」
※頑張って倒して。俺は見てるから
「上位種ともなると、個体によっては四天王に匹敵するかもしれないのですよ! ランデル殿か勇者殿のお力が無ければ、全滅する可能性があります。
「いや……えっちょ……ひききゃえしぇびゃよきゅにゃい?」
※いや……えっと……引き返せばよくない?
「分かりました、
いや、言ってないんだが?
むしろ、全員の命を案じていたはずだけど。
何で俺が怒られてるの?
「あにょ……」
※あの……
捨て台詞のように言い放った騎士は、急いで部隊の先頭へと戻っていった。
引き止めるように伸ばした俺の指先だけが視界に残った。
コメ:人殺し!
コメ:ユートルディス最低だな。
コメ:あのさあ、何でもっと上手くアルたんを映せないわけ? カメラマンクビにするよ?
コメ:あーあ、怒らせちゃいましたね。
勇太:俺は戻ろうって言いましたけどね。
コメ:あなたに聞いてないんで。
コメ:勇太黙れ!
コメ:アルちゃんに傷つけたら○す!
俺は、自分が戦闘に関して素人だと知っているからこそ、皆で頑張って倒して欲しいとお願いしたはずだ。
ブラックジャイアントオークだとか、上位種だとか、そんなことを言われても分からない。
だって、「おい勇太、ブラックジャイアントオークでも倒しに行かね?」なんて友人から誘われた経験が無いから。
今回は敵が強くて全滅するかもしれないって言われたから、じゃあ引き返せばいいんじゃないのかって言ったつもりだったんだけどね。
物凄い剣幕で詰め寄られたもんだから、声が小さくなってしまった俺にも非はあるのかもしれない。
でもさ、キレなくてもよくない?
「勇者殿から伝令! 騎馬隊は敵の注意を引き、戦場を掻き回せ! 決して近づきすぎるなよ!」
前方から偽りの指示が聞こえる。
指示を出しているのはノイマンだろうか。
頭を抱えていると、絶望に向かって馬車が走り出した。
「敵を目視したら方位陣形をとる! 魔法部隊はいつでも魔法を撃てるように! 盾兵は魔法部隊を一人も死なすなよ!」
俺の言葉を勘違いされたまま作戦が肉付けされていく。
地面を叩く兵士の足音がしだいに大きく早くなり、戦闘がすぐ近くまで迫ってきているのが分かる。
ブラックジャイアントオークがどんなモンスターなのか分からないが、ワイバーンやミノタウロスと戦ってもへっちゃらだった屈強な兵士達に命の危険があるほどの強敵らしい。
ランデルがいれば勝てる相手だと言っていたが、ジジイが戦闘に間に合えば奇跡だろう。
勘違いされたとはいえ、俺の言葉で人が死ぬかもしれないと思うと胸が痛くなってきた。
「フギィイイイイイイイ!」
「馬車は捨ててもいい! 護衛対象に敵を近づけ……ぎゃああああああああ!」
けたたましい猛獣のような鳴き声が聞こえてきた。
加えて、人々の悲痛な叫び声も。
隊商が既に壊滅的な状態であると分かった。
再び馬車が停止した。
終わりの時がやってきたようだ。