家に着くと、干し柿を食べてその渋さに顔をしかめてお互いの顔を見て噴き出した。
おだやかな時間だ。
俺たちはとりとめもない話をして、酒を飲んで、食べた。
夜の鳥が鳴く声も消えた頃、もうそろそろ、と夜食会はお開きになり、風呂に入って、部屋に戻る。
俺が自分の寝室のドアを開けると、シッティが俺のベッドに横になっていた。
彼の長いまつ毛が影をつくっている。
その顔があまりにもきれいで、俺は生唾をごくりと飲み込む。
――僕たちの夫婦としての初めての夜だよ。
途端に、彼の帰路での台詞が脳内に再生される。
「いや、あの、シッティ、なんでこっちで寝てるんだよ。酔ったのか?」
俺がこの空気を変えようと馬鹿みたいに明るい声を出す。
しかし、シッティはそれに流されない。
「ジロウ」
彼の声は明朗で、俺の心の奥深くを刺す。
「おいで」
俺の心臓が大きく跳ねた。
*
鳥のさえずりで目を覚ます。同時に、鼻腔に食欲をそそる匂いが届いた。
「……ん」
目をあける。もうすっかり見慣れた天井がそこにある。
隣にいた人物を手で探すが、そこにはぬくもりが残るだけである。
太陽はもう高く上っているらしく、窓からはまぶしい光が差し込んでいた。
俺はそれを眺めたあと、息を吸い込んだ。
――香ばしくベーコンが焼ける匂い。
俺は跳ね起きた。
「シッティ……!?」
どたどたと足音を立てて食堂に行くと、そこでは予想通りシッティが朝食を作っていた。
今日の朝食は目玉焼きとベーコンのようだ。
フライパンの上でベーコンがじゅうじゅうと音を立てていた。
さらにもうひとつのフライパンの上には食パンを焼いている。
シッティは走って来た俺に目を丸くしながら、慣れた手つきで塩をふる。
「おはよう、ジロウ。どうしたの? そんなに慌てて」
「シッティ、お前、今日仕事の日だろ?」
俺は尋ねる。昨日の晩餐会の後片付けを今日の仕事として残して来たはずだ。
仕事がある日、彼はいつも日の出前に家を出ている。
シッティは俺の疑問をよそに「よっ」と小さな掛け声とともに食パンをひっくり返す。
ほどよくきつね色に焼けていた。
シッティはトマトを切り分けながら言った。
「ふふ。休んじゃった」
「いいのか?」
「新婚だからね」
彼はとろけるような笑顔をしている。俺はそれ以上なにも言えなくなった。
「ほら、食べよう」
シッティに促されて、俺は食卓に座った。
食卓はいつものように豪華だ。
パン、野菜、卵、肉。
色どりにうるさいシッティの料理らしく、目で楽しめるくらいにきれいだ。
シッティはぐい、と自分の目玉焼きの皿を俺に差し出す。
「ショウユかけて」
「ああ」
シッティに乞われて、指から醤油を出す。
目玉焼きに醤油。これが、いつの間にか俺たちの当たり前になった。
「いただきます」
どちらからともなく言って、食べ始める。
なんの変哲もない、いつもの朝だ。
しかし、俺たちの関係性は変わった。
「ジロウ、体、平気?」
「え、あ……ああ!」
尋ねられて、俺の脳裏に昨夜の出来事がよぎり、赤面してしまう。
シッティはくすりと笑った。
「ジロウ、すごくよかったよ」
「お前! そういうことをだな……!」
年下のかわいい恋人にからかわれる。俺は両手で顔を覆った。
*
朝食を食べ終わった頃、玄関のドアが激しく叩かれた。
「?」
皿を洗っている俺が首を傾げている間に、ドアからガレ第一王子が顔をのぞかせた。
「おい、シルマレッティ! ジロウ!」
「入って来るな侵入者」
シッティが容赦ない言葉を投げかける。しかし、そんなことは意に介さず、ガレは言った。
「賢者が……賢者が……うどんばかり召喚するんだ……!」
俺はその言葉に思わず吹き出す。
「よっぽどおいしかったんだなぁ!」
確か、賢者のスキルは「食べたいものを召喚するスキル」だ。彼がどれだけうどんを気に入ったのかが如実に表れている。
俺は少年の様子を思い出して、ほのぼのした気持ちになった。
しかし、事態はそうほのぼのしていないらしい。
ガレが俺の肩を掴むと、叫んだ。
「ポーションが作れないと困るだろうが!」
「あー……なるほど」
賢者がつくるポーション。ようするにエナジードリンク。賢者の能力で治癒能力まで付与されたこの国最高のポーションである。
ガレは声高に命令した。
「いいか、賢者はそう一日に何回もスキルを使えるわけじゃないんだ。無駄にスキルを使わずにすむように、お前たち、はやく来てうどんを作れ!」
俺とシッティは顔を見合わせた。
俺は笑い、シッティも肩を竦める。
「よし、じゃあ、昼飯はみんなで食べるか」