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第13話

 その夜王城で開かれた晩餐会は大成功、といってもいいだろう。

 流しうどんは予行練習通りに木枠のなかを流れ、参加者たちは頬を緩ませながらつるつるの白い麺をおいかけ、しょうゆたれにつけてつるりと飲み込んだ。シッティの予想通り、うどんはこちらの世界の人間にとって新しいものであると同時に、受け入れやすいものであった。


 うどんは大人気で、用意していた麺はすべて参加者たちの胃の中に消えていった。

 その他シッティが用意していた和食も大好評であった。

 王さまと王妃さまはシッティを讃えたし、シッティの父親も渋い顔ながら彼を認めた。


 シッティの父親は言った。


「お前の、好きなように生きなさい」


 この言葉に、シッティの目じりには光るものが浮かんでいた。

 俺はシッティの涙をはじめて見た。

 彼はごまかすように笑った。


 第一王子のガレもシッティを祝福した。


「おめでとう。ついでに、結婚も」


 いつもならすかさず俺は否定するところだが、俺は赤面して俯き、シッティはご機嫌で「どうも」と返した。

 いつもとぼけていたガレであったが「ほう……?」と顎を撫でて確信をついた。


「なんだ、ほんとうに結婚したのか。つまらん」


「あ! なっ……あなたやっぱりわかってて……!」


 俺が言うと、彼は悪い笑顔を浮かべた。


「まあ、ちょっとした、いたずら、というやつだ。幼馴染の」


 ガレが片目をつむる。いつものシッティならここで怒り狂って明日の王子の夕食は魚料理にすると騒ぎ立てるところだろうが、今回の彼はそうならなかった。


「ありがとう、ガレ」


 いまのシッティは心に余裕がある。彼はとろける笑顔で俺の手を握っている。

 ガレは致死量の砂糖を口に詰め込まれたかのような顔をして去っていった。


 こうして晩餐会は無事に終了し、シッティは名実ともに、彼のジョブカード通りに「和食料理人」となったわけである。



 そんな輝かしい晩餐会を終えて、俺たちは帰路についていた。

 片づけやもろもろは明日以降しよう、ということになった。

 俺は身分の高い人に会って疲れていたし、シッティも張りつめていたものが切れたらしく、帰ろう帰ろうと急かしてきていた。

 王城の門から俺たちの家まで、徒歩15分程度である。

 俺たちは月明かりの下、ぶらぶらと歩いた。


 静かな小道だ。

 俺たちの足音だけしか聞こえない。

 世界に俺たちだけになったような気持ちになる。

 手をずっとつないだままだ。

 シッティの左手のぬくもりが、妙にリアルに伝わってくる。


 俺は照れ隠し半分、口を開いた。


「にしても、賢者様って、あんな少年だったんだな」


「たしか、十六歳、だったかな?」


「それで賢者かぁ……大変だ」


 俺は晩餐会で会った賢者様との会話を思い返す。

 少年は俺が同じ異世界人であると知ると、いろいろなことを話してくれた。


 十二歳でこちらに転移したこと、スキルで食べたいと思ったものを召喚できること、ただし召喚できるのは食べたことがあるものに限られること、召喚したものには回復や増強などの特別な能力が備わっていること、そのことがわかってからずっと王城で保護されていること……。


 俺の醤油が出るだけのスキルとはあまりに違う。俺はあまりの違いに目がくらくらした。


 シッティが言った。


「でも、賢者様、うどんに喜んでくれて、よかった」


「味噌汁も喜んで飲んでたなー」


 俺はうどんを食べたときの賢者様との会話を思い返す。


 ――こんなおいしいものを食べたの、久しぶりかも……。

 ――え!? そんなに気に入ってくれたんですね。

 ――うん。僕、日本にいたころ、コンビニのものばっかりだったし……あとはエナジードリンクとか。

 ――きなこ餅が好物って聞いたんですけど……。

 ――ああ、それはね、おばあちゃんが作ってくれたんだ。夏休みに泊まりに行って。いつもはコンビニ。


「賢者様って普段は何食べてんの?」


 ふと気になって、シッティに尋ねる。シッティは首を捻った。


「賢者様は別の城にいるから、そっちの料理人が作ってるはずだけど。それに、賢者様って、自分で食べたいものを召喚できるんでしょう?」


「そうだけど……あの子が召喚するのってエナジードリンクばっかだろ?」


「まぁ、ね」


 俺は肩を竦めた。

 共働き増加による子どもの個食化など、日本にはいろいろな問題がある。

 十二歳の子どもがエナジードリンクを飲んでいても、当たり前になっている。


 俺はため息をついた。


「まだ十六歳だし。もっとまともなもん食わせてやらないとな」


「むこうの料理人に伝えておくよ」


 俺は「頼むよ」と言った。

 無論、俺だって日本にいたころ、褒められたような食生活を送っていたわけではない。

 残業が続く日にはコンビニ弁当を買ったし、寝不足の日にエナジードリンクを飲むことだってあった。

 でも、そればっかりではなかったのもたしかだ。

 それに。


 俺はシッティを見た。


「好きな人といっしょに食べられると、もっといいよな」


 料理は食べるだけじゃないんだ。喜ばせたり、共有したり、そこまで含めて料理なんだと思う。

 シッティを見ていて、つくづく、そう思う。


 シッティは笑う。


「――そうだね。夜食は何にする?」


「まだ食べるのか?」


「だって、僕たちの夫婦としての初めての夜だよ? 何か記念に食べないと」


 俺はちょっと顔を伏せる。まったく、若者のまっすぐさはまぶしすぎる。

 俺はもごもごと答えた。


「干したフルーツがあるよ」


 柿によく似た、フルーツである。渋くて食べられない。干したら食べられるかと思っていま実験中なのだ。


「いいね、じゃあ、それにしよう」


 俺たちは駆け足で家に戻った。





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