晩餐会の出席者は王さま、王妃さま、第一王子、偉いらしい貴族3名、賢者さま、そしてシッティと俺だ。
晩餐会が始まる直前、俺たちは豪奢な服に身を包んで、控室で待っていた。
そこで、俺は こそっとシッティに耳打ちされた。なんでも、晩餐会に出席する偉いらしい貴族のうち1名はシッティの父親なのだという。
「え? 親父さん?」
俺が目を丸くすると、シッティはうなずいた。
彼はもともと見目麗しい外見をしているが、今日は着飾ったことで眩いほどに美しくなっている。
衣装に着られている俺とは大違いだ。
「でも、ほとんど絶縁状態なんだよね。たぶん、今日も怒ってると思う」
「絶縁?」
「うん。料理人になるの、大反対されて。それに、勝手に結婚したから」
「結婚」
俺は頭を抱えた。
先ほど知った事実であるが、まだ事態を飲み込めていなかった。
シッティの説明によると、異世界人である俺を第一王子や王城が連れてこいと要求し、俺を王城に取られてしまうと思ったシッティがさっさと俺と結婚した、ということである。
俺に言わせると、醤油をつくるだけの異世界人なんて、仮に王城に連れて行かれたとしても「あー……はい」と苦笑いされてさっさと放出されそうなものであるが、シッティはそう思わなかったらしい。
「だって、あなたはとてもよく知っているから。異世界のこと。それに、気遣いもできる人だから、きっと王城は手放さないよ」
シッティはそう言うけれど、35歳平々凡々なサラリーマンとしては眉唾ものである。
「ちなみに、結婚って、いつ? いつそういうことになったんだ?」
俺が問うと、シッティは指折り数えて言った。
「ジロウが家に来て3日」
「……早すぎだろ」
思わずつっこんでしまう。
シッティの家で世話になるようになって四か月。
つまり、その大半を婚姻した状態で過ごしていたことになる。
というより、若者の猪突猛進ぶりが怖い。
「シッティ、大丈夫か? お前、結婚詐欺に遭うタイプか?」
この場合、騙されているのは俺で、騙したのがシッティなのだが、大人としてはそれよりシッティの未来が心配だ。
俺の心配をよそに、シッティは言う。
「だって、誰にもとられたくなくて」
唇を尖らせて、拗ねた顔。
かわいいかよ。
俺は頭を抱えて悶絶する。
さらにシッティは言った。
「それに、もうキスしてるじゃない」
「きっ!!」
俺は盛大に驚いて、それから慌てて周りを見渡す。
俺たちのために用意された控室には、たまにシッティの部下が出入りするが、いまは誰もいない。
誰も聞いていないことを確認して、それでも用心して声を落とす。
「ば……! 誰かが聞いてたらどうするんだ……!」
「別に、何も思わないと思うよ。僕たち、夫婦なんだし」
「それって……」
俺は次に言うべき言葉を見失う。
それに対して、シッティは堂々としている。
彼は俺に向き直ると、真剣な目をして問うた。
「ジロウは、私と結婚するのは嫌?」
「嫌かって聞かれると……」
俺はまだ言うべき言葉を見つけられない。
キスをされた日の夜、一睡もできなかった。あの夜。
俺は何を考えていた?
とまどっている間に、控室の外から名前を呼ばれる。
もう行く時間らしい。
俺とシッティはどちらからともなく会話を終了すると、立ち上がって晩餐会に向かった。
廊下に出ると、背筋をしゃんと伸ばした召使がいて、俺たちの先導をしてくれた。
俺たちはその後ろをついて行く。
最初はシッティが前を行き、俺が後ろから付いて行く。
途中、シッティが肘をまげて俺に差し出してきた。
最初、俺はそれを肘で小突かれているのかと思った。
漫才師でもあるまいし、どんな突っ込み方だ、と能天気に思って、それからはたと気が付く。
――腕、組めってことか……。
仮にも俺たちは夫婦として晩餐会に出るわけで、となれば腕くらい組むのかもしれない。
俺は差し出された肘を睥睨した。
――これ、腕組んだらいろいろ了承したことにならないか。
そう。
この世界の結婚のシステムはよくわからないが、ここで腕を組んでしまったら、もうシッティが勝手に結婚届を出したということにできない気がする。
俺は固まる。
固まった俺を見て、シッティも立ち止まる。
「あのさ」
俺が口を開いたのを遮って、シッティが言った。
「僕、ジロウの料理が好き」
「え?」
「夜、帰って来たときに、家についている灯りを見るのが好き。ジロウが作ってくれるご飯をいっしょに食べる時間が好き。休みの日に、いっしょに市場に行って買い食いするのが好き。僕が作った料理をおいしいって言ってくれるジロウが好き。いっしょに過ごす、時間が好き」
「し、シッティ。他にも人がいるんだぞ……!」
俺は慌てる。
俺たちを先導していた召使は、空気を読むようにさっとその場を離れていった。
彼の後ろ姿を見送ったあと、俺はごくりと唾を飲んだ。
シッティは動じる様子もなく、続ける。
「ジロウは? ジロウは私のこと、好き?」
「………あ……」
キスされた夜に俺の脳内でおきていたこと。
シッティのことをいつの間にか好きになっていた自分と、それを否定したい大人ぶっている自分が戦っていた。
それはいまのいままで、ずっと続いていた。
シッティの熱い視線を受けて、完全に決着がついた。
俺は頷いた。
たぶん、顔は茹でタコのように真っ赤になっているはずだ。
それを見られたくなくて、顔を伏せる。
シッティはそんな俺の前に跪いた。
彼はとろけるような笑顔を浮かべている。
「結婚してくれる? ジロウ」
「い、いまさらかよ!」
「ごめんってば」
差し出された手を、俺はとった。
俺はようやく、次に言うべき言葉を見つけられた。
「シッティ、好きだ」