俺たちはすぐに木材を手配して、職人に加工を依頼した。
日本であったなら、加工に職人はいらないのだが、なにぶん相応しい材料がなかったので、仕方がない。
そうして職人2人が作ったのは、筒を縦に割ったような形の部品数個である。筒の内側はなめらかにやすりがけをしている。
それを紐をつかってつなぎ合わせ、腰の高さに設置し、水が流れる角度になるように調整する。
そう、もうわかるだろう。
俺が思い付いたのは「流しうどん」である。
そんなに凝った料理ではないけれども、行事ごとでこれが出てきたら大盛り上がり間違いなしだ。
本来なら「流しそうめん」であるが、いかんせん素人にそうめんの細さを再現するのは不可能であるので、気持ち細めに切ったうどんを使う。
氷と醤油にだし汁を入れた椀と、箸と、箸の扱いになれていない人のためにフォークを参加人数分用意すれば完成だ。
家で何度かデモストレーションしたあと、晩餐会が行われる日、俺たちは朝早くからこの「流しうどん」セットを家から王城に運び入れた。
シッティの部下だと言う4人が手伝ってくれて、準備はあっというまに整った。
実に王宮の晩餐会の出し物らしく、家で行ったデモストレーションよりずっと華やかに飾り立てられている。木と木の継ぎ目を隠すために花が飾られ、流しの途中には金細工で作られたアーチまでかかっている。こんなに豪華な「流しうどん」は見たころがない。
「楽しみだなあ」
俺は組みあがった流しうどんセットを眺めながら、しみじみと言った。
流しうどんならぬ流しそうめんなら何度か経験がある。
どれも子どもの頃の楽しい記憶だ。
まさかそれを大人になってから、しかも異世界で経験することになるとは。
人生、わからないものである。
俺がうんうんと感慨にふけっていると、シッティの部下がやって来た。
シッティの部下は壮年の男性が多いが、彼は唯一シッティよりも年下らしかった。
青年は溌溂とした笑顔で尋ねた。
「あとはうどんを茹でて流すだけですよね?」
「あ、はい。もううどんは切ってあるので、それで大丈夫です。茹でたあと、冷水で洗うのを忘れずにしてくださいね」
「はい」
会話がいち段落してからも、部下の人はもじもじとして、その場に立ち尽くしている。
おまけにこちらをちらちらを伺っているようでもある。
「なにか?」
俺が問うと、彼は意を決したように俺の両肩に手を置いた。
「シッティさんとお幸せに!」
くぅぅ、という効果音でも出そうなほど、彼は歯を食いしばり、そして目には涙をためている。
一大決心して放った一言であるのはあきらかだが、言われた俺はぽかんと口をあけるしかできない。
「は? な、何の話?」
俺が言うと、彼は首を激しく振った。
「照れなくていいんです! みんな知ってます。ご結婚、おめでとうございます。シッティさん、ずっと恋愛なんて興味ないって感じだったのに……正直めちゃめちゃ悔しいですけど、もう仕方ないです! でも幸せにしてくれなかったら、俺があなたの夕飯に毒を盛るんで! それだけは覚えておいてください!」
一息でそう叫び、彼は踵を返して去っていった。
残された俺は困惑するばかりである。
「毒……」
なにやら物騒なことを言われたということだけはよくわかった。
俺が呆然としていると、今度はシッティが寄って来た。
「ジロウ? そろそろ私たちも着替えて支度しようか」
「あ、ああ……」
俺がもごもごと返事をすると、敏いシッティは首をかしげた。
「なに? どうしたの? 流しうどんに何か問題でもあった?」
「いや、うどんは大丈夫……」
「うどんは? 他に何か?」
「問題っていうのかな……」
俺はなんと言ったらいいのか悩んで、それから自分でも最善だと思う言葉を選び出した。
「部下の人たち、俺とシッティの仲を誤解していないか?」
「あー……何か言ってきたの?」
「いやあ、別に」
結婚を祝福された、とも、毒を盛られると脅された、とも言いにくい。
なぜ絡まれた俺の方がこんなに気も揉むはめになっているのか。
俺は鼻のあたまを掻いた。
シッティは言った。
「言ってなかったんだけれど」
「うん」
「あなたをここに連れてきたときにね」
「うん」
「あの馬鹿王子が会わせろ会わせろうるさいし」
「うん」
「王城もあなたを連れてこいってうるさいし」
「うん?……うん」
「だから、結婚したんだよね」
「うん。……え?」
俺はシッティの顔をまじまじと見た。
相変わらずきれいな顔立ちをしているが、その顔はいたずらがばれた子どものような笑顔を浮かべている。
俺はもう一度訊いた。
「結婚って? 誰と? 誰が? え?」
シッティはしれっと答える。
「私と。ジロウが。……ごめんってば。ジロウを取られたくなくて」
一拍の後、俺はようやく彼が言っていることを理解した。
そして息を吸い込んだ。
「えええええええ!?」
俺の叫び声が晩餐会場に木霊した。