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第10話

「って、ガレさんが言ってたんだけど」


 夜、帰って来たシッティに昼間のできごとを話すと、シッティは眉間に皺を寄せたまま固まってしまった。


「……」


「シッティ?」


「あの馬鹿王子」


 シッティはどすの効いた声でぼそりとガレを罵倒した。

 俺は慌てる。


「でも、賢者ってのに会えるなら、俺はうれしいんだけど」


 言ってから、はたと気が付く。

 そして慌てて言い添える。


「で、でも結婚披露って誤解されちゃうのはまずいよなぁ!」


 俺はそう言ったがしかし、シッティは首を振った。


「それは……別に大きな問題じゃないんだよ」


 大きな問題ではない。

 その言葉にちょっと胸の奥がちくりと痛む。


 シッティは今日も何事もなかったかのように帰って来た。

 キスをされて動揺している俺とは大違いだ。

 彼にとってはキスも、俺と結婚していると誤解されることも、大したことではないのだ。

 俺にとっては大問題なのだが。

 この温度の差が、いまは少しつらい。


「……じゃあ、何が問題なんだ?」


 俺が尋ねると、シッティはため息をついた。


「私も晩餐会に出るなら、私は料理の仕込みはできるけど、仕上げができないじゃない」


「あ、ああ。でも、にくじゃがとかは温めるだけで出せるだろう?」


「盛り付けまでが料理なんだよ」


「う、うーん」


 料理人のこだわりというやつだろうか。

 盛り付けにこだわりのない俺としては理解しがたいところだ。


「盛り付けが簡単な料理にすればいいじゃないか」


「でも、肉じゃがは彩りが大切だし」


「うーん」


「まあ、いいや。あとから考えるよ。さ、ジロウ、夕食にしよう? 昨日のうどん、まだ残ってる?」


 ぱっと話を変えて明るい顔になったシッティに、俺は慌てた。

 昨日山ほどつくったうどんであるが、それはもうこの家に残っていない。

 俺は申し訳ない顔をして言った。


「うどん、ガレさんが食べちゃった」


「ええ!?」


 あからさまにショックを受けた様子のシッティ。

 俺は彼を励ますように背に手を置いた。


「気に入ったのか? うどん」


「うん。今夜も食べられると期待してたのに……」


 肩を落とすシッティに、俺はごめんとさらにあやまる。


「また作ってやるよ。さすがに、いまから作ってたら間に合わないから、明日、な?」


 シッティはふくれっつらになりながらも頷く。


「わかったよ。小麦粉があんなにいい食感になるなんて、知らなかった」


「確かに、この国では小麦粉っていえばパンだもんな」


 俺は首をひねる。

 うどんが食べられなくて落ち込んでいるシッティに、何か小麦粉を使った料理を食べさせてやりたいと思った。


「あ、そうだ。餃子。焼き餃子作ってやるよ」


「ギョーザ?」


「そう。水餃子は中華料理だけど、焼き餃子は日本が主流だからな。タレも、醤油にレモン絞ればさっぱり食べられる」





 小麦粉を水で伸ばし、平らにして、円状に切る。

 本来なら生地を休ませる工程を入れることで焼いたときにぱりっとした食感が生まれるのだが、今日はもう夜も遅い。簡略的に作っていこう。

 肉を刻み、ニラやネギの代わりに香草を何種類かを混ぜ合わせる。

 味付けは醤油、塩、酒である。

 そうしてできた餡を小麦粉の皮でつつむ。


「よし」


 ここで思い付いて、俺は鉄板とろうそくをなんぼんか食卓に持っていった。


「何をするの?」


 シッティは不思議そうにこちらを見ている。


「男のずぼら飯ってやつ」


 ろうそくのうえに鉄板をおき、その上に餃子を並べる。

 そう、ここで調理して、出来立てをそのまま食べる、という計画だ。


「洗い物も減るし、温かいまま食べられる」


 俺が言うと、シッティは目を丸くしている。


「そんな食べ方……すごいね、ワショク」


「これが和食かどうかは微妙だけどな」


 鉄板が温まってきたら、水をかけて蓋をして蒸す。

 もくもくと水蒸気とともに、食欲をそそるかおりが部屋に充満する。


 そして待つことだいたい10分。


「完成だ!」


「わー!」


 さっきまでうどんが食べられずに肩を落としていたことなどすっかり忘れて、シッティは大喜びで餃子にフォークを伸ばした。


「すごい、いい匂い」


「香草がたっぷりだ。ほら、タレはこれ。醤油とレモン」


「ショウユって万能だね」


 シッティはまずタレをつけずにそのまま一口ぱくりと食べた。

 もぐもぐ、と口を動かす。


「お、おいしい……!!」


「そうか、よかった」


 シッティの反応に俺は安堵して、自分も餃子を口に運ぶ。

 噛むと肉汁がじわっと溢れてくる。

 醤油の風味が効いていて香ばしい。

 とはいえ、パリっとした食感はないし、やはり初心者が適当に作ったため皮が厚すぎる印象であるが、まぁ餃子と呼んでいいだろう。

 熱々を食べていることもあり、よりおいしく感じる。


「こうやって楽しみながら食べるのがいいんだよな、結局」


 俺はうんうん、と頷く。

 大学生のころ、仲間と集まって食事をしたことを思い出す。

 お金こそなかったが、たこ焼き、お好み焼き、チーズフォンデュ、鍋……。

 いろいろな料理を囲んで食べたものだ。


 昔の記憶をたどっていると、はたと、俺は思い付いた。


「なあ、シッティ。晩餐会って、賢者をもてなすためのものだろ?」


「え? あ、ああ。そうだけど」


「じゃあさ、こういうのはどうだ?」


 俺は思い付いたアイデアをシッティに伝えた。

 このアイデアなら、盛り付けを気にしなくていいし、なにより、質素な料理もおいしく感じられる。

 まさに、庶民のパーティー用の食事だ。

 シッティは目を見開いたあと、にっと笑った。


「おもしろそう」



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