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第6話

 プリンに醤油をかけるとウニの味。

 きゅうりにはちみつをかけるとメロンの味。

 麦茶と牛乳でコーヒー牛乳。


 これらはテレビ番組で紹介されていた食べ物足し算だ。

 ある食べ物2つを組み合わせると、まったく違う食べ物の味がするというものだ。


 眉唾物のライフハックであるが、異世界ではそれにすがらなくてはならないのかもしれない。



 俺はきなこを前にして悩んでいた。


「ジロウ、どうしたの? そんなに悩むこと?」


 シッティが尋ねる。俺は唸る。


「ううーん。でもなぁ……」

「なに? なんなの?」

「なぁシッティ、知ってるか? きなこと醤油を混ぜると味噌の味になるらしいぞ?」

「へぇ! いいじゃない。作ろうよ」

「ううーん……」


 俺は躊躇う。

 なぜならプリンに醤油をかけてもウニの味にはならなかったし、きゅうりにはちみつをかけてもメロンの味にはならないことをもう知っているからだ。


 多くの日本人は小学生くらいでだいたいその事実に気が付く。

 しかし、そんなことを知るよしもないシッティはこちらに期待のまなざしを向けている。


「きなこのまま食べた方がおいしいかもよ?」

 俺が言っても、研究熱心なシッティはひきさがらない。

「料理は常に冒険だよ」


 俺は彼を説得することを諦めた。

 プリンとイクラは別物であるが、きなこと味噌はどちらも大豆から作られている。

 もしかしたらもしかするのかもしれない。


 俺たちは2人並んで料理を始める。

 今日の夕ご飯は味噌汁と魚の塩焼きで決まりだ。


 さっそく、なんちゃって味噌を作る。

 大昔に見たテレビ番組の、怪しいレシピを記憶の奥から引きずり出す。


 きなこ、醤油、酒を1:1:1で混ぜあわせる。

 そこに塩と砂糖を少しずつ加えてひたすら混ぜる。

 全体がもったりとしてきたら完成だ。


「なんちゃって味噌~」

 俺がそれを掲げると、シッティが子どものようにまとわりついてきた。

「食べたい、ねえ、ジロウ、食べたい。味見させて」

「まあ待て待て」


 俺はじゃがいもを取り出して短冊切りにする。

「どうせ食べるなら、ちゃんと料理になってからだ」

 俺は手早く味噌汁を作り始めた。出汁はにくじゃがのときにシッティが作った魚の出汁を使って、具材はじゃがいもとにんじん、それから白菜みたいな葉っぱだ。



 こうして完成したなんちゃって味噌によるなんちゃって味噌汁は、見た目はかなりそれっぽい仕上がりになった。

 駄目押しとして味噌っぽいとろみを出すためにじゃがいもを具として採用した。

 じゃがいものでんぷんによっていい具合になんちゃって味噌が沈殿している。


 俺たちは急いでテーブルに味噌汁と、シッティが作った焼き魚を並べた。

「さあ、食べよう」

 俺が言うと、シッティが両手を合わせて「いただきます」と言った。彼は俺が無意識にしていたこの礼儀作法を気に入ったらしい。


「ん……おいしい!」

 シッティが声をあげる。

 俺もひとくちすすってみて、驚く。

「味噌汁だ……!」

 もちろん、きなこは炒ってあるため味噌よりも香ばしい香りがしてしまい、どうしてもきなこの存在は隠しきれない。

 味も味噌の風味そのまま、とまではいかない。

 とはいえ、全体的に味噌汁ということにしてもいいくらいの出来栄えだ。


「これ、あっさりしてて、いいね。野菜もしっかり味がつく」

 シッティはすぐに鍋におかわりをよそいに行った。


 シッティが作った焼き魚も皮がぱりぱり、身はふっくら、そしていい塩梅の塩加減だ。

 焼き魚、味噌汁そしてまた焼き魚。

 俺は箸をとめることができなかった。







 食事が終わったあと、俺はシッティに尋ねた。


「というか、きなこがあるなら大豆もあるんだろう?」


 ずっと疑問だったのだ。きなこがあるのに大豆がない。そんなことあるはずない。

 しかし、シッティの返事は予想外だった。


「うーん。僕はこの味を出せる豆を知らないなあ……。そもそも、あのお菓子はね、王城の賢者が作ったものだから……もしかしたら、賢者様もジロウみたいに食べ物に関係するスキルを持ってるのかもね?」

「なるほど」

 俺みたいなスキルをもつ異世界人が賢者。なんとも妙だか、それもあり得るかもしれない。



 シッティはじっと味噌汁が入っていた椀を見つめて、それから意を決したように切り出した。


「……今度の王城の晩餐会にさ、賢者様も来るんだって。それで、ワショクを出してみようと思うんだ」

「ええ? 和食っていっても、まだ…」


 いま満足に作れるのは肉じゃがとこのなんちゃって味噌汁くらいだ。他はまだ完成度が低い。


「でも、きっと喜んでくれると思うよ」


 渋る俺に、シッティがそう言う。

 俺の脳裏にきなこ餅が浮かぶ。異世界の王城の真ん中にいるのに、きなこ餅を食べている日本人。


「ああ、きっと喜ぶだろうな」


 きっとその人物は和食好きだろうと思った。

 シッティは強くうなずく。


「うん。それで、おいしかったら、料理人が呼ばれることがあるんだ。そしたらジロウのことをきっと伝えるよ」

「……そっか」


 会えるかもしれない。異世界で、日本人と。

 そうと決まればやることはひとつだ。


「じゃあ、和食の研究をすすめないとな!」

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