「暴れるんじゃない!」
片目を潰されてパニックになった巨大狼には最早カンギの言葉は届かない。ところ構わず暴れ回っていた。
「ぐぬぬぬっ…」
尚も首にしがみつくマンジュは振り落とされないよう必死だ。
その間にも狼は、兵団を蹴散らしながら走り回る。
「くっ…こうなったのも浮遊魔法を強化したホエンさんのせいです」
「ホエン?」
「んえ?」
戦線離脱を測りながら愚痴を零していたワドゥの元に、いつの間にかレーワが近付いていた。
「今ホエンって言った!?」
「な、何なんですか貴方はっ!」
その声にメイが気づいた。
「ワドゥ!」
「おっと…マズイ人に気付かれましたね」
メイが刀を構えて走り出す。
「その子から離れなさい!」
「言われなくても離れますよ、面倒事はゴメンだ」
ワドゥは兜を捨てハンチングを被る。
「ではマドモアゼル」
「待てっ!」
「待ってっ!」
ワドゥはそのまま転移して消えた。
メイはレーワに駆け寄ると目線を合わせる。
「レーワ…殿、危ないですから不用意に動いてはいけませんよ!」
「ちょっとだけだよ?」
「ですから…」
セリフを遮るように、近くで衝撃音。
メイは慌ててレーワを抱えて走り出す。
「メイ!こっちだ!」
アンナが亀の近くで手を振っていた。
メイは自分の三分の四くらいの荷物を肩に乗せて全速力を出す。
「すごーい、子供なのに速ーい!」
「大人だからですよ!」
「おい大丈夫か?」
着くや否やアンナがレーワを抱え上げる。
「とにかく、早くあの狼を止めねぇと」
狼の方を見ると、マンジュは狼の首にもう一本のダガーを刺し、それへ必死に捕まっていた。
「マンジュ殿!」
「シュテン、どうにか出来ないのか?」
アンナがシュテンの方を見ると、シュテンは腕を組んでいた。
「そうだなァ…」
すると、亀の頭が降りてきてシュテンを押し始めた。
「ん?なんだァ?」
促されるまま前に出ると、亀はシュテンの襟を咥え、持ち上げた。
「お?おォ?」
先程のレーワと同じように空中にぶら下がったシュテンは、何が何だか分からない。
メイ達もざわつく。
「シュテン殿!」
不意に亀の顔が横に動いた。
「ァ?」
直後、大きく振られたシュテンが射出された。
「シュテン殿ー!?」
「いや、待てメイ…この角度は」
シュテンにも、狼が自身の飛び行く先へ向かって来る事に気づいた。
「なるほどなァ」
シュテンは拳に力を込める。
「鬼道・装技」
握った拳には妖力が集まり、鋭い針のような形になる。
シュテンが拳を構えると、そこへ狼は走り込んで来る。
「『意鬼投合』」
出した拳は狼の脳天へ突き刺さる。
「わあっ!?」
まるで暴走車が電柱へぶつかったような衝撃に、マンジュは前へ投げ出される。
その直後、狼の全身の毛が逆立ち、皮膚が波打ち始める。
マンジュがそれを理解する暇もなく、狼の身体はまるで風船のように大きく音を立てて弾けた。
「にゃぷっ!?」
大量の血が上下に溢れ出し、真上に居たマンジュは直撃を食らう。
そのおかげで目が潰れているうちに、シュテンがマンジュをキャッチして着地した。
程なくして、赤い雨が降り始めた。
「アニキぃ…ばっちいっス」
「あァ…?我慢しろォ」
少しずつ赤に体を染めながら、シュテンとマンジュは自陣へと戻った。
「シュテン殿ーっ…」
いつものように興奮し、シュテンヘ抱き着く勢いで走り出したメイも、流石の臭いに足が止まる。
「…や、やりましたね!シュテン殿!」
「?…あァ」
「アニキ、そろそろ降ろすっスよ」
「ん、あァ」
ここまで抱えられていたマンジュは、地に足をつけた途端膝から崩れ落ちた。
「マンジュ殿!」
「おっと」
慌ててメイとアンナが抱える。
「大丈夫ですか?」
「あはは、ちょっと疲れただけっス」
「お前もあっちで休め、今日のMVPはお前らだよ」
アンナが指差す先には、ギルド職員に治療を受けるエイジの姿があった。
「ほら、行きますよ」
メイが肩を貸し、エイジの元まで歩く。
「エイジ…」
「魔力切れで気を失っているだけだ、心配要らない」
「そう…っスか」
ケンゲンの言葉に肩の力が抜けたマンジュはエイジの隣へ置かれる。
「後は我々が何とかする。お前達は休んでいなさい」
「はいっス…」
マンジュはヨーローの杖を出すと、自身へヒールを掛け始める。
そのうちに、そのまま眠りについた。