騒ぎ出すオニ党の後ろで、ギルド職員達は唖然としていた。
ケンゲンが周りを見回す。先程までは無限に湧いていたレッドウルフ達の姿が一切見当たらない。
「…話には聞いていたが、想像以上の男だな」
ケンゲンは頬を引き攣らせた。
その更に後ろ、ギルド職員がキョロキョロしたりパクパクしたりしている真ん中で、エイジはただシュテンを見据えていた。
「…………」
これ程の力を、完璧に使いこなしている。
たかが岩を飛ばしたくらいで、まるで怪物のように感じていた自身が馬鹿らしい。
エイジは掌に目を落とした。
敵陣営、パイナスレングス兵団の中にもどよめきが起こっていた。
「…はぁ」
陣形が乱れる間を縫って、一人の兵団員がカンギへ近づく。
「一体何を呆けているんですか?ほら、好機ですよ」
鎧に身を包み兵団に紛れ込んでいたワドゥが指を差す。
レッドウルフ達をこの場に転移配置したのは、この男の仕業だ。
「あ、ああそうですね…」
カンギは咳払いすると、巨大狼へ指示を出す。
「今ですよ、行きなさい!」
巨大狼はそれを聞き、前へ出ようとするが、亀がそれを遮る。
「くっ…このデカ亀め」
亀は、まるで剣先を喉元へ当てるように狼を牽制し続けている。
止むを得ず、カンギが兵団へ突撃指示を出そうとした時、何処かから「あーっ!」と声がした。
カンギだけでなく、シュテン達も謎の声のした方を向いた。
「ボクの亀勝手に使ってるー!」
街道の脇からシュテン達を指さしながら出てきたのは、小さな子供だった。
「いーけないんだー」
トコトコとシュテンの前まで来ると、ぴょこぴょこ跳ねて抗議する。
「なんだァ?」
戸惑うシュテンに代わりメイが声をかける。
「君は?」
「ボクはレーワ、魔法の研究をしてるんだー」
「ん?じゃあもしかしてこの亀に魔石を刺したのはアンタっスか」
マンジュが魔石を取り出す。
「あーそれボクの魔石だよ、盗ったらいけないんだー」
レーワはマンジュを指差し非難するが、腰のあたりに目を落とすと「ん?」と声が止まる。
マンジュが視線の先を追うと、腰に巻いた魔導鞄に行き着いた。
「ねえねえそれ魔導鞄じゃない?どこで手に入れたのー?」
急に走り出してマンジュに詰め寄る。
「うおっ!い、いやこれは親父から貰ったもので…」
「えー凄いなー、ボクも欲しい!」
「あげられないっスよ!?」
わちゃわちゃと言い争うマンジュとレーワに、アンナは頭を掻く。
それは亀も同様で、自分を害した者の声に一瞬注意が逸れてしまった。
「今だ」
カンギの声で、狼が動く。
亀も気づいたが既に遅かった。
「お?」
「あっ!?」
レーワの服が咥えられ、狼の口からぶら下がるようにして拉致された。
「しまった!」
「おっと動くな」
カンギの声に、動き出したメイ達が止まる。
「子供を人質に取るなんて卑怯だぞ!」
アンナの叫びをカンギは一笑に付す。
「なんとでも言うがいい、だが子供の命は無いと思うことですね」
上を見ると、レーワはジタバタと暴れている。
「はーなーせー!」
体を揺らす度に無造作に伸びた長い髪が振り回され、狼の鼻先を掠める。
狼が不快そうに喉を鳴らす。
「…マズイ」
このままでは振り落とされる。
手をこまねいているオニ党の後ろで、エイジは独り決意を固めた。
「…っ!」
何かを感じ取りマンジュがエイジに目線を送る。
「エイジ…?」
「マンジュ、一か八かだが…やってくれるか?」
マンジュは少し考えたが、直ぐに笑顔を見せた。
「分かったっス…任せたっスよ!」
マンジュはそのままゆっくり前を向くとダガーに手をかけたまま止まる。
「さぁ、大人しく武器を捨てなさい」
「くっ…」
アンナとメイが武器を地面に置き、手を上げる。
だがマンジュは、ダガーを持ったまま動かない。
「おい、マンジュ…!」
「マンジュ殿、ここは一度…!」
二人が耳打ちをするが、マンジュは聞く耳を持たない。
「おや?」
カンギも気づき、マンジュに嘲笑を向ける。
「貴女、そんな態度でいいんですか?」
「構わねーっスよ、だってすぐに終わるっスから」
マンジュがダガーを構える。
「ほう…?」
カンギが手を挙げる。
「なら、子供には死んで頂きましょうか」
カンギが手を振ろうとした刹那である。
「今っス!」
マンジュがその声と共に、狼目掛けて予備動作なしで跳んだ。
「なっ!?」
「えっ!?」
周りが驚く間もなく、不自然な軌道を描いて飛んだマンジュは、ダガーを狼の目へ突き立てた。
地響きが起こる程の悲鳴を上げ、狼は咥えていたレーワを上へ放った。
マンジュは暴れる狼の首にしがみつくと「エイジ!」と大きな声で叫んだ。
「はああああっ!」
エイジは魔力を集中させ、弧を描くレーワへ狙いを定める。
「わわっ…おっとっとっと…?」
次第にレーワの落下速度は落ちて行き、空中で完全に静止した。
そのままメイ達の前まで移動し、着陸する。
「怪我はないですか!?」
「ボク?平気ー」
レーワは立ち上がると、エイジに手を振った。
「お兄ちゃんありがとねー」
「あ…ああ」
エイジは肩で息をしながら手を振り返した。