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第三十九話/父の強さ

 数時間後、マンジュとエイジは村から出てすぐの開けた場所に居た。

隣接する森には大きな魔物もおらず、危ないのは蜂くらいと言われる程であるため、大人たちも二人がここに居るのを咎めない。

二人にとってはいい修行場所だ。

エイジが浮遊魔法の練習に勤しむ横で、マンジュは魔道具の実験を繰り返す。

「…うーん」

エイジが頭を搔く。

視線の先にはマンジュに借りた魔法人形のダメージ計測器。針は限りなくゼロに近い位置を指している。

「調子悪いっスか?」

マンジュが横から顔を出す。

「いや、中々精度が上がらないなと思って」

マンジュが人形をペタペタ触る。

「んー、こっちの不具合では無さそうっス。なんでダメージ出ないんスかね」

そうだ、とマンジュが手を叩く。

「アタシがここで見とくんで、思いっきり撃ってみるっスよ」

「え?」

「魔道具弄ってると、魔力の流れとかなんとなく分かるようになってくるんスよね、何かアドバイス出来るかもしれないっス」

そう言うとマンジュは三歩下がって体操座りする。

「ほらほら」

「…しょうがないな」

エイジは落ちている直径1cm程の石ころを浮かせると、人形目掛けて射出する。

狙いを付けた頭部へ命中し大きな金属音が響く。

測定器は一瞬ブレるも、結果は同じくほぼゼロだ。

「やっぱりか…」

「ちょっと待つっスよ」

マンジュは人形の方へ駆け寄ると、エイジが放った石を拾い上げる。

「あー、やっぱりこれ軽いっスよ」

「軽い?」

「そりゃっ」

マンジュがやにわに魔法人形を殴る。

「マンジュ!?」

「ほらエイジ見るっスよ」

慌てて駆け寄るエイジにマンジュは測定器を指差して見せる。

「ん?」

見ると、針はほとんど動いていない。

「つまり、こんな軽い石をぶつけた程度じゃ、アタシがちょっと叩くのと変わらないくらい殺傷力が皆無って事っス」

「なるほど…って、手大丈夫か?」

「平気っスよ、で対策なんスけど」

エイジが、マンジュの手を診ようと手を伸ばすも、マンジュはポケットに仕舞ってしまう。

「エイジ、試しにこれでやってみるっス」

マンジュが差し出してきたのは、金槌とミノだった。

「いや、俺まだこんな重いものは飛ばせないぞ」

「そうじゃないっスよ、これで石を削るんス!」

予想してなかった返答にエイジは面食らう。

「石を削る?」

「小さくて軽くても鋭利な石なら、殺傷力が生まれるっス。エイジはコントロールはピカイチなんスから、弱点に尖った面をぶつけるのも簡単っスよね?」

「…なるほどな」

エイジの反応に、マンジュはしたり顔になる。

「よし!それじゃ石集めに行くっスよ!」


それから1時間、二人は拾った石を削って鏃のような形に整える作業をした。

日も陰りはじめ、加工した石の数もそれなりになったので、一度試し撃ちをしてみようという話になった頃、村の方から剣を携えたチアンが走ってきた。

「マンジュ!エイジ!」

「親父?どうしたっスか、剣持って」

「良かった、無事だな」

チアンが安堵の溜息を漏らす。

「近くを通っていた商隊がレッドウルフに襲われたらしい。俺は駆除に出る、お前らはすぐ村に帰れ」

レッドウルフは、狼型の魔物でとても獰猛であると知られている。体毛はグレーだが、常に返り血を浴びている為にこの名前が付いたらしい。

マンジュとエイジは顔を見合せ、すぐに片付けに入る。

二人が黙々と片付ける中、チアンは周囲の警戒を続けていた。

マンジュが魔法人形の回収の為森の方へと近づいたときである。

「っ!マンジュ!」

声を上げたのはエイジだ。

魔法人形の背後、森の暗がりからガサリと音がしたのである。

「え?」

次の瞬間、レッドウルフがマンジュ目掛け飛びかかった。

ガキッと金属音。

チアンがマンジュの前に立ち塞がり、レッドウルフの口に剣を挟んでいた。

「うぉおおおおお!」

チアンは剣ごと横へ薙ぎ、レッドウルフを地面へ叩きつける。

衝撃で一瞬怯んだところへそのまま振りかぶった剣を振り下ろす。

切先は喉元を通過し、レッドウルフはすぐに動かなくなった。

チアンは剣を収めると振り返る。

「お前たち、怪我は無いか!?」

マンジュはいつの間にか出していたダガーを握り締めたまま固まってしまっている。

一方、こちらへ駆け寄るエイジは何かに気がついた。

「チアンさんあれ!」

エイジの指が指す方へ目を向けると、まだ遠くだがレッドウルフがもう1体こちらへ走ってくるのが見えた。

「まだ居たのか…よし来い!」

チアンは再び抜剣するとレッドウルフ目掛け走り出す。

「はああああああっ!」

そして互いに間合いへ入ろうとしたその時である。

横の草陰から、別のレッドウルフが飛び出した。

「な…っ!?」

チアンは急いで体勢を変えようとするも間に合わず、横腹への衝撃でくの字に吹っ飛ぶ。

「チアンさん!」

「っぐおおおおお!」

チアンは転がった先でレッドウルフにマウントを取られながらも剣を振るっていた。

そしてエイジはハッとして視線を戻すと、走っている方のレッドウルフは変わらずこちらを見据えている。

「っ…!」

逃げなければやられる。

だが逃げたらチアンが危ない。

どうすればいいか考えていた時、ポケットの中で石が転がった。

「…一か八か、やるしかないっ!」

エイジは尖った石をひとつ浮かせ、狙いを定める。

「集中しろ、集中…」

動悸が酷く狙いがブレる。

深呼吸を繰り返し、目の前に全神経をとがらせる。

弓を張りつめていくように、魔力を高める。

「…ここだッ!」

射出。

空を切って進んだ石はレッドウルフの右目に命中する。

甲高い鳴き声を上げたレッドウルフは脚が縺れ転倒する。

ジタバタと唸り声を上げ、痛みに悶えている様子だ。

だが、足止めに過ぎない。じきに起き上がるだろう。今のうちにダメージを与えなければ。

「も、もう一発…」

エイジが石を浮かせようとした時、脇をマンジュが駆け抜けた。

「え?」

「うわあああっ!」

マンジュがレッドウルフへダガーを突き立てる。

首筋に刺さり、レッドウルフが大声を上げる。

マンジュはお構い無しに刺したダガーを抜きもう一度振り下ろす。

右へ左へと身体をくねらせ、脚を縦横へ動かして暴れるレッドウルフへ、無心にダガーを差し続ける。

暫くすると、レッドウルフはピクリとも動かなくなり、マンジュも手を止める。

「マンジュ、大丈夫か?」

後ろで見守るしか出来なかったエイジが駆け寄る。

同時にもうひとつ、レッドウルフの断末魔が聞こえて目線を動かすと、血溜まりの中でレッドウルフと並んで横たわるチアンの姿が見えた。

「チアンさん!」

エイジが立ち上がると、マンジュもエイジの手を借りて立ち上がる。

「親父…親父っ!」

チアンの身体は数箇所に噛み傷が見え、出血で朦朧としていたが、手だけ動かして親指を掲げた。

その後すぐにギルドから応援が到着し、治療の後に三人は村へ返された。


しかし、チアンの予後は良くなかった。

日に日に衰弱する中、エイジと最初の面会をした後、二回目は来なかった。

マンジュが村を出ると言ったのは、その三日後の事だ。

「…本当に行くのか、マンジュ」

「当たり前っスよ。あの時アタシがちゃんと動ければ、親父が死ぬ事は無かった。幸せの為には強さが必要なんスよ」

「くどいようだがマンジュ、お前は弱くなんか…」

「だとしてもまだ足りないって事っス。だからエイジ、この村の事、任せたっスよ」

マンジュは笑顔でエイジの肩を叩く。

「…いつでも、帰ってこいよ。家綺麗にして待っとくから」

「了解っス、じゃあエイジ、行って来るっス」

「ああ、行ってらっしゃい」

笑顔で手を振り、マンジュの後ろ姿を見つめ続ける。

「俺も、頑張らなきゃな…」

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