「それにしても、アンタ強いんだな」
「あァ?」
騒ぎから1刻ほど過ぎた頃、シュテンを迎えに来たエイジは、ごねるマンジュを振り切ってシュテンを自宅へ引っ張った。
布団を準備しながらシュテンへ話し掛ける。
「さっきの振る舞いを見てたらわかる。気配も無く現れて相手に手を出させなかっただろ」
「んー…?」
シュテンは回想する。
確かに冒険者の男は殴ってくるでもなく、なんだか目の前でわちゃわちゃしていた気がする。
「マンジュがアンタにくっ付いたのもわかる気がするよ」
シュテンは枕を差し出され、とりあえず受け取ってみる。
なんだこの柔らかいの。
「なあ、マンジュの奴は強くなれるか?」
「ァー…」
シュテンは枕に夢中で話を聞いていなかった。
その反応をどう受け取ったのか、エイジはくすりと笑う。
「まあ、出来るだけの事はしてやってくれよ。アイツにはアイツなりに理由があんのさ」
「ァー…?」
相変わらず生返事を返すシュテンに対し、エイジはベッドに腰掛けて話し出す。
「マンジュがまだこの村にいた頃はな、アイツの親父さんが村の用心棒だったんだ…」
今から五年前の事。
「マンジュ、おーいマンジュ!」
エイジが家の前でマンジュを呼ぶと、奥からドタドタと慌ただしい音が聞こえてくる。
「エイジおはようっス!早いっスね」
髪も整えずに着の身着のまま出てきた幼馴染にエイジは思わずため息をこぼす。
「早くない、もう昼過ぎだぞ!」
「えっ?うわっ!ホントっス!なんでもっと早く起こしてくれなかったんスか!」
時計を見てマンジュは途端に慌て出す。
「どうせまた夜更かししてたんだろ?」
「だって今やってる魔道具の修理が大詰めで…」
「はいはい、わかったから早く着替えて来い」
エイジはマンジュを扉に押し込む。
パタパタと遠ざかる足音に、一息ついて腕を組む。
「よっ、エイジ」
後ろから肩を叩かれ振り返ると、ガタイのいい中年男が笑顔で立っていた。
「あ、チアンさんこんちわ」
木箱を肩に担いだこの中年はチアン。マンジュの父親だ。
「こんな所でどうした、マンジュはまだ寝てるのか?」
「今起きましたね」
チアンは玄関扉を眺めて溜め息をついた。
「全くしょうがない奴だなぁ、すまんなウチの子が」
「いえ、いつもの事なんで」
「今日も採集か?」
採集、とは野草採集のことである。まだ11歳のエイジ達が村の外に出るにはそういう建前が要るのだ。
「まあ、そんなところですね。今からじゃ、あまり成果は見込めませんが」
チアンが豪快に笑う。
「ま、程々にな」
「…はい」
採集の名目で外に出る二人の真の目的はそれぞれ違う。
エイジは発現したての固有魔法の訓練の為、マンジュは新しく手に入れた魔道具のテストの為だ。
チアンはそれが分かって見守ってくれている。
彼は冒険者を引退した後、娘と二人でこの村へ移住して来た。
定期的に村回りの魔物を討伐してくれるので、近くなら比較的安全に行く事ができる。
子供でも採集が許可されているのはその為だ。
程なくしてマンジュが飛び出てくる。
「お待たせっス!あれ、親父もう帰りっスか?」
「おう、今日は上がりだ。ほらマンジュ、お前に荷物だぞ」
チアンは持っていた木箱をマンジュへ手渡す。
「おっととと…」
よろけつつゆっくりと地面へ置く。
「サンキューっス親父!」
挨拶もそこそこにバールで蓋をこじ開けていく。
「おおー…」
中には、ボロボロの何かが入っていた。正直エイジには何がなんなのか分からない。
「新しい魔道具か?」
「そうっス!これは直し甲斐があるっスよ〜!」
エイジが横を見ると、チアンもこちらを見て困った顔で笑っていた。
いたたまれないエイジは思わず口を出す。
「なぁマンジュ、魔道具もいいけど少しは睡眠に時間を回した方がいいぞ?」
「何言ってんスか。魔道具を集めて直して使いこなす事こそ、固有魔法が発現しなかったアタシが強くなる近道っスよ!」
したり顔で力説するマンジュの頭にチアンが手を乗せる。
「それは違うぞマンジュ」
マンジュは不服そうにチアンの顔を覗き込んだ。
「なんでっスか?アタシは早く強くなって親父の手伝いしたいっス!」
「急いで強くなる必要はないんだ。大事なのは腕っ節だけじゃない、ゆっくり一人前になりゃいいんだよ」
そう言うと手のひらにスッポリ収まっている娘の頭をゆさゆさと揺らす。
「むー、訳わかんないっス」
マンジュは不満そうな顔を右へ左へと動かしていた。
「はっはっ、今は分からんでいい。分かるようになったら、俺の仕事も手伝わせてやろう」
「子供騙しっスー!」
抗議の声を上げるマンジュを、チアンは笑いながら揺らし続けた。
ヘイシ村に賑やかな声が響いていた。