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第三十話/勇者神話

「勇者について、ですか?」

「はいっス、アタシじゃ上手く説明出来なくて…」

メイはシュテンの方を向く。

「あれだけの魔法を扱う方が、勇者をご存知ないとは俄に信じられませんが…」

「ん?…あァー」

シュテンは歯切れ悪く頭を搔く。

「まァなんだァ、俺のアレは魔法?とは違うからなァ」

「え、そうなんスか?」

マンジュはキョトンとした顔でメイと見合わせる。

「あァ?」

「いえ、シュテン殿も技を出す時に魔力を放出しているので…」

「ん?…これかァ?」

シュテンは掌に妖力を集め放出する。

「そうっス、アニキ独特の感じではあるっスけど」

「あれだけ色々な応用技が出来るのですから、それはそうでしょうが…」

シュテンは首を傾げる。

「これは俺の故郷では妖力と呼ばれていた物だァ」

「なるほど、独自の呼称があるのですか。魔法とは似て非なる別のメカニズムなのかも知れませんね…」

メイの目がシュテンの掌に固定される。

「妖力、ですか…妖力…なるほど…」

自然と口角が上がっていき、瞳が輝き始める。

「姐さん、姐さんってば」

「おっと、何でしたっけ」

「勇者っスよ」

「ああ、そうでしたね…」

メイはひとつ咳払いをする。

「勇者と言うのは、魔法の始祖でありこの国を興した最初の王、勇者タイカの事です」

「王…」

「アニキの国には王様も居なかったんスか?国で一番偉い人の事っスよ」

人間の棟梁の事か。元の世界にも似たようなのが居た記憶がある。

平安京の真ん中に屋敷を構えて、鬼の討伐を命じたやつだ。

「…まあその説明にも少し語弊がありますが、大体は合ってますね。さて、この国では子供の時から読み聞かせられる神話があって、それは勇者タイカが国を平定するまでが描かれた物なんです」

「大陸に蔓延る魔物の大群を押し退け、国を作っていくんスよね」

「はい、そうして出来上がった国に王として君臨し、その子孫が現在まで王族として国を治めている、という訳です」

「んー…」

所々よく分からない話ではあったため、シュテンは適当に相槌を打つ。

「…結局は人間も力で周りを従えてるって事かァ」

「え?」

マンジュはシュテンの台詞に純粋な疑問符を浮かべた。

「…まあ、突き詰めればそうかもしれませんね」

メイまで同調しだしぎょっとする。

「ちょ、勇者が国を治められたのは勇者の威光があってこそっス、あまり滅多な事言うもんじゃねぇっスよ!」

マンジュが慌ててフォローすると、メイは微笑んだ。

「…ええ、そうですね」

「アニキ、勇者の魔法は祝福として民へ分け与えられたんス、魔物から自衛出来るように」

「その結果、現在のように固有魔法が発現するようになったと言い伝えられてますね」

「なるほどなァ…」

つまり、勇者は力を独占し弱者を従わせた訳では無い、と言いたいのだろう。

大江山にいた頃の酒呑童子には出来なかった事だ。

鬼達は、力を見せることでしか従わせる手段は無かった。

鬼に横道はない。逆に言えば頭が弱い奴が多くて回りくどい事は出来なかったし、力を分け与えようものならすぐにでも制御不能になるだろう。鬼とはそういうものだった。

「人間には、出来るのかァ…」

何処か羨ましそうに零したその台詞の意味を、メイとマンジュが理解することは無く、ただ顔を見合わせるだけであった。

「で、姐さん。『勇者を終わらせる』って言葉の意味なんスけど…」

「ええ…勇者の血筋、王族を終わらせる…国家転覆を謀る意図と考えるのが妥当だと思います」

メイは無意識に、刀の柄を握る左手に力が入る。

「やっぱりそうっスよね…」

場に重い空気が漂う。

「あ、いたいた、おーい」

聞こえてきた呑気な声に一瞬で空気が軽くなる。

声の主はショージだ。どうもこの爽やかな声はシリアスな雰囲気と相性が悪い。

「3人ともー、戻っといでー」

メイがひとつため息を吐いて、苦笑いで二人と視線を交わす。

「戻りますか」

「そうっスね」

マンジュも苦笑を返し、歩き始めた。

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