「おお!ショージ!」
「親父ー!」
夜の領城に打撃音と笑い声が響く。
「…何度観ても慣れねーっスねアレ」
思わず出たマンジュの声にテンショウが「はっはっは」と笑う。
「親父、遅れてごめんね」
「良い良い、こうして無事に帰ってくれたのだ。親としてこれ以上のことは無い!」
興奮冷めやまぬ様子のゲンキに対し、テンショウが咳払いをする。
「む?おお、そうであったな。シュテンよ」
「あァ?」
「この度は多大なる貢献、誠に感謝する。お主が居らねば、この街はどうなっていた事か」
ゲンキが手を差し出す。
「…?」
「アニキ、握手っスよ」
マンジュがジェスチャーと共に耳打ちする。
シュテンは見様見真似でゲンキの手を握った。
「…」
何か言葉に出来ない変な感覚がした。
「ところで、わが娘は何処に行った?」
「お嬢なら診療室に」
「ふむ、ケンムの所か。よし、我々も様子を見に行こう」
「まったくもー、全然事前情報と違ったじゃんか」
ヴェイングロリアス領から遠く離れた街の外れ、建物と建物の間の路地にワドゥとホエンは転移した。
ホエンは計画が頓挫した現状に対し、壁を蹴る。
「…あの男、行動に一貫性が無さすぎますねぇ」
「…どーゆーこと?」
「ケンムくんですよ、彼がわざわざ計画の話を漏らしたから、あの厄介な冒険者達が絡んで来る羽目になった」
「でも、彼的にはアンナ嬢を殺りたかったんでしょ?なら領地に帰るように仕向けるのは普通じゃない?」
「果たしてそうでしょうか?」
「なにさ、はっきり言いなよ」
「内心…と言うか無意識に、彼は更生したかったのかもしれませんねぇ」
「ウチらは利用されたって事?」
「まあ、あくまであたくしの想像ですよ」
「ふーん…ま、どっちにしろ次会ったら全員殺せばいいし」
「簡単に言いますねぇ」
二人はそのままスラムの陰へ姿を消していった。
ゲンキ達が診療室へ入ると、アンナがこちらへ目線を上げた。
「親父…」
「どうだ、様子は」
アンナは黙って首を振る。
ケンムはあれ以降目を覚まさないでいた。
ヨーローの杖で身体的なダメージは既に回復しているが、魔力切れと生命力の減衰は自然回復を待つしかない。
「アンナ、お前も少し休んだ方がいい」
「…ああ、もう少ししたらな」
アンナはケンムの手を険しい顔で見つめる。
「…『カガセオ』か」
ぼそり、とそう呟いた。
「奴らは一体なんなんだ…」
マンジュが少し気まずそうに頭を垂れた。
「すまねえっス、アタシが何か知ってりゃ…」
「…もういいよ、アンタは傭兵だろ?そもそも知る由がないんだ」
アンナがマンジュの肩を叩く。
「…っス」
「それにしても、アイツら妙な事言ってたな」
ショージが口を出す。
「ああ、『勇者を終わらせる』ってな」
「あれってやっぱ、神話の否定って事だよね」
ゲンキが「ふむ」と眉間に皺を寄せる。
「だとすれば、国家転覆が目的か」
シュテンが置いてけぼりを食らっているのにマンジュが気づいた。
「あ、アニキ…もしかして勇者が何か分かってない感じっスか?」
「あァ、聞いた事もねェ」
「マジっスか…えーと、勇者ってのはですね…えー」
マンジュはシュテンにわかりやすく伝えようとするも、言葉選びが分からず口をパクパクさせる。
嗚呼、こんな時メイだったらスっと説明するのだろうな。
「…あれ、そういえば姐さんは?」
「メイ嬢なら、西門の方におりましたぞ」
メイは西門のほど近くで、魔石街灯の光を頼りに剣を構えていた。
「…」
先の戦いでの、自身の行動を振り返る。
『カカッ、貴女には無理でしょう、その実力では』
「…っ」
ワドゥの台詞が反芻する。
「もっと、強くならなければ…」
「へえ、珍しい得物だね」
「っ!?」
気づくと、少女が至近距離でドウジギリを眺めていた。
「な、誰ですか!」
無気配で現れた少女に、メイは間合いを取る。
「んー腕はあまり良くないみたいだね」
「な…」
「魔剣に振られてる感じだ、使いこなせてない」
メイはぐうの音も出ない。
「刀ってのはねえ」
少女はどこからか取り出した刀を抜くと、近くの壁の方を向いた。
「こう揮うんだよ」
少女が右腕を一振りすると、傷一つなかった壁が袈裟の形に裂けた。
問題は、壁が少女の間合いの外にあったと言う点だ。
「…魔法、ですか?」
「いんや、純粋な剣術だよ」
「…」
「キミにその気があるなら、教えてあげても良いよ」
メイの眉が動く。
しかし未だ、構えは解いていない。
「どうする?」
「…」
メイは返答せず、ただ少女の顔を睨む。
一体、何が目的なのか。
カガセオの罠かもしれない。
「おーい姐さーん」
遠くでマンジュの声がした。
自分を探しているようだ。
「ん、お仲間かい?じゃ、その気があったら明日、西の森へおいで。じゃ」
「あ…」
少女は踵を返し西門を出ていった。
「…」
メイはドウジギリを鞘に納める。
「あ、いたいた、姐さーん!」
一つ息を吐いて、マンジュ達の方を向いた。
「何してたんスか?」
「いえ、少し素振りを」