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第六話/龍と鬼

 ギルドマスター・ゲンオーと別れた一時間後、シュテン達一行はコーシの街を出た。

「日が暮れる前に、急ぎましょう」

空を見ると、太陽は真上をとうに過ぎている。

元の世界と同じ感覚ならば、あと4時間もしたら目が効かなくなってくるだろう。

三人はモンスターの気配に気をつけつつ、ケンムの案内で現場へと向かった。

避けきれず遭遇したゴブリンなどは、シュテンが殴り飛ばした。

それに思わずケンムが苦笑した。

森を駆け抜けること一時間、小さな山をひとつ超えた頃にケンムはふと立ち止まった。

「ケンム殿、だいぶ来ましたがこの辺ですか?」

メイの問いかけに対し、ケンムは辺りをキョロキョロと見回す。

シュテンも周りを見ると、谷間になっている為か、鬱蒼と茂っていた木々が薄くなっており、広場のようになっていた。

「…ああ、この辺のようだ」

「…っ!」

ケンムが振り返ってそう微笑んだ刹那、空から大きな黒い塊がケンムの背後に降り立った。

「ケンム殿ッ!」

メイは真っ青になって飛び出した。

ケンムの背を取ったそれは、緑尾龍などというチンケなものでは無かった。

「なぜ、なぜこんな所にっ!」

メイは剣を抜く。

尋常じゃない様子をみたシュテンも遅れて追いかける。

「あれはっ…黒龍です!」

黒龍は最上級龍種である。熟練の冒険者が束になっても敵わない事がある危険なモンスターだ。

こうなればこの場をどうにかして切り抜けて、ギルドへ報告に戻らなければならないだろう。

「ケンム殿、引きますよ!」

ケンムを追い抜いて背中を付けると、防御の姿勢を取る。

シュテンも遅れてメイの横へ陣取ったその時だった。

「ああ、そうだね」

「え」

メイの背中が蹴り飛ばされた。

予想外の方向からの攻撃にメイはバランスを崩して倒れる。

シュテンが気づいて後ろを振り返ると、足元の地面に亀裂が入る。

それは瞬く間にシュテンとケンムの間に広がっていき、収まったかと思えばシュテンの居る方が陥没し始めた。

あっという間にケンムを遥か頭上に見上げるほどの崖が出来上がった。

崖は四方を円で取り囲んでおり、中にはシュテンとメイ、それに黒龍が残された。

「ケンム…殿…?」

メイは震える声で崖の上を見る。

「いやぁ、僥倖だな。こんな機会に恵まれるなんて」

ケンムは下まで聞こえる声で笑う。

「これは、一体どういう事ですか…?」

未だ立ち上がることも出来ないメイが言葉を絞り出す。

「見ればわかるだろ?その黒龍は僕が召喚したんだよ」

「召喚魔法…」

「ああそうさ、僕は表向きは剣士なんてやってるが、実のところ召喚師でね、こうして隠れて研究を進めてたんだよ」

「こんなこと…何のために!」

「聞こえなかったか?研究だよ。遂に召喚出来た黒龍の戦闘データが欲しいんだ」

「まさか、はぐれたパーティメンバーというのも…」

「ああそうさ、緑尾龍のエサになってもらった」

「ケンム殿…貴方という人はッ!」

メイが声を張るも、ケンムは笑うばかりだ。

「その威勢で、黒龍の相手もしてくれよ。万年ソロのメイさん」

「くっ…」

メイが歯を食いしばると、後ろで黒龍が唸った。

「じゃあ、じっくり見させてもらうぜ」

ケンムはその場に胡座をかいた。

「…シュテン殿、申し訳ありません」

メイは仰向けのままそう告げる。

「私がもっとしっかりしていれば…こんな事態には…」

その表情に、シュテンは酷く見覚えがあった。

前の世、大江山へ生贄としてやってきていた娘達の顔だ。

ああ、なるほど。

「ククク…ハッハッハッハ!」

突如、シュテンは大声で笑い始めた。

「…シュテン殿?」

「なるほどなァ、人間はみんなおかしい奴ばかりだと思ってたがァ…」

その声に驚いたのか、黒龍が嘶くとシュテン目掛けて爪を振り下ろした。

「…案外、鬼と変わらねェような奴もいるんだなァ」

シュテンは全身に妖力を纏うと、右手を半開きで構える。

「鬼道・装技『意鬼揚々』」

右腕へ妖力が圧縮され、大きな爪の形状を成す。

「そォらよッ!」

黒龍の爪の振り下ろしにカウンターで下から"鬼の爪"が襲いかかる。

爪は黒龍全体を切り裂いていく。鋼をも通さないとされる屈強な鱗は砕け、断末魔を上げながら黒龍は消滅した。

「人間ってェ、面白ェなァ」





「……………………は?」

一部始終を見ていたケンムはあまりの衝撃に言葉を失った。

あの黒龍相手に、たった一撃だ。

「に、逃げなければ…っ!」

震える足を必死に立たせ踵を返す。

「何処へ行かれるのですか?」

「ヒッ!」

驚いて尻餅を着くと、そこにはメイを抱えたシュテンが立っていた。

「お、お前ら、どうやってここまで…」

「あァ?普通に跳んだけど」

「普通に…」

無理だ、適うはずない。

頼みの綱の黒龍も一撃で倒されては魔力がもたない。

「貴方はギルドへ連れ帰らなければなりません、大人しくしてください」

「…い」

「いィ?」

「嫌だね!」

ケンムは一目散に逃げ出した。

「あっ!待っ」

「へぶっ」

メイが引き止めるよりも先に、木から伸びた拳がケンムの顔面を捉えた。

「ケンム…よお…一日ぶりだな」

再び尻餅をついたケンムの前に立ち塞がったのは、大剣を持った女だった。

「あ、アンナ!?君は死んだはずじゃ」

「アタシがあの程度で死ぬかよ!」

そう言うと、アンナと呼ばれた女はケンムの脇に何かを投げた。

「緑尾龍の頭…っ!」

「ちょいと手こずったが、あんなトカゲじゃアタシの敵にはならんぜ」

「は、ははは…」

ケンムは観念したのか、仰向けになって笑い始めた。

目が死んでいる。

アンナはシュテンたちに気づくと近寄ってくる。

「こっちからえげつない龍の魔力を感じたけど、アンタらもやられたのか」

「はい、黒龍を…」

「黒龍!?すげー、アンタらで倒したのか!」

「いえ、シュテン殿が一人で」

「ァ?あァ…」

「すげーなアンちゃん!シュテンってのか、アタシはアンナだヨロシク!」

「あ、ァ、あァ」

シュテンはあまりの押しに戸惑いながらも何とか返す。

シュテンの背中でそれを見ていたメイは話を切り出す。

「あの、ケンム殿のパーティメンバーってもしかして」

「ああ、アタシだ。あいつが何かやってたのは知ってたけど、人様に迷惑かけるようなら見逃せねえな…アンタらもすまなかった」

こうして、生きていたパーティメンバーのアンナと共に、ケンムをギルドへ突き出して、今回の件は落着となった。

事の顛末を話すと、ゲンオーは顔面蒼白で想定の倍の金額を出してきた。

「見抜けなかった俺にも責任がある、これでも足りないくらいだ。何かあったら、いつでも頼ってくれ」

そうは言っていたが、メイは察していた。

これは他言無用の方便だ。

メイはシュテンにも伝えると、シュテンは難解だという顔をしながらも「わかった」と頷いた。

その後、バタバタとギルド内が慌ただしくなり始めたため、手続き等は明日以降に回して2人は帰された。

「…ところで、シュテン殿」

「あァ?」

ギルド正面の通りで、メイは少し俯きながら、意を決して切り出す。

「今日は、流れでパーティを組みましたが、その…明日以降も、パーティを組んで頂けないでしょうか?」

メイは、息を飲んでシュテンの顔を伺う。

シュテンは考える。

どうせ行く宛てもない。人間らしさも、まだまだ分からないことだらけだ。それならば、人間と行動を共にして学ぶのが一番いいだろう。

だが、シュテンには分からないことがあった。

「さっきの、見ただろ」

黒龍を一撃で吹き飛ばした鬼の技。

テンションに任せて使ってしまったが、あれでは自分は人外だと言っているようなものだ。

「さっきの…」

「お前、俺が怖くないのかァ?」

シュテンの質問にメイはキョトンとすると、急に笑いだした。

「おかしな事を言いますねシュテン殿は。私がシュテン殿を怖がる理由があるのですか?」

「…ケンムはァ、怖がってた」

「彼はシュテン殿に殴られる理由がありましたからね、私にはありません」

「だが…」

言いかけたシュテンをメイが制する。

「最初にも言った通り、私はシュテン殿の強さを尊敬しているんです。それは怖がる理由にはなりません」

「…そうかァ」

やはり人間は難しい。

「では、組んでいただけるんですね!?」

「好きにしろォ」

「わーい!ありがとうございます!」


その後は、メイが取っている宿にシュテンの部屋を借りて解散した。

シュテンはベッドなる未知の存在と格闘することとなるが、それはメイの知るところでは無い。

そして翌朝、メイがシュテンを迎えに行き、支度を済ませて宿を出た時である。

「お、シュテンじゃないか!」

見知らぬ美女がシュテンに声をかけてきた。

メイ戦慄の瞬間である。

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