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第四話/コーシ・ギルド

「ここがコーシの街です」

街というものに疎いシュテンではあるが、今目の前に広がるそれが明らかに元の世界のそれと違う事は明白だった。

「…」

「どうされました?」

街の中には多くの人通りがある。

シュテンに染み付いた鬼としての行動が街に踏み入れることを躊躇わせた。

ひとつ深呼吸し、一歩前に出る。

こちらを気にする人間は一人もいない。

「…いや、なんでもねェ」

違和感を押し殺し、歩を進める。

「ではシュテン殿、ギルドに寄って先程拾ったオークの素材を処分しましょう」

「あ?…ああ」

言ってる事は分からなかったがどうやら何処かに行くらしい。

とりあえず頷いておいた。

そのままメイに付いて行くと、何やら仰々しい建物へ入っていく。

「あ!メイさん!」

中に入るや否や、奥から女性が駆け寄ってくる。

「また勝手にクエスト受けに行ったでしょ!」

「あ、テンニン殿…すみません」

「危ないからソロで行っちゃダメってあれ程言ったのに!」

「あはは…申し訳ないです」

テンニンと呼ばれた女性は苦笑いで頭を搔くメイに対しため息をつく。

「…で、こちらは?」

「あ、はい、こちらシュテン殿です。危ない所を助けていただいたんですよ!」

「まぁ、それはそれは…って、貴女やっぱり危なかったんじゃないの!」

「あ、あはは」

メイが目を泳がせる中、テンニンはシュテンの方を向き直る。

「メイさんがお世話になりまして、どうもありがとう」

「ん?…あァ、別に何もしちゃいねェよ、賊の方が勝手に逃げ出したんだァ」

「まぁそんな謙遜を…って賊!?あなた達盗賊に襲われたの!?」

唐突な大声に耳がキーンとする。

「メイさん?」

「し、シュテン殿のおかげで何ともありませんでしたし…」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「ひいぃ」

テンニンは頭を抱える仕草をするとシュテンの方へ手を伸ばす。

「改めてありがとうね」

「ん、あァ」

「…」

「…?」

謎の間にシュテンが戸惑っていると気づいたメイが声を掛ける。

「シュテン殿、握手ですよ、こう」

メイが自分の右手を左手で握る動きをする。

シュテンはそれを見てやっと理解し、テンニンの手を握り返した。

「ああ、貴方異人さん?気付かなくてごめんなさいね」

「いや、いい」

「私はテンニン。ここ冒険者ギルドで窓口をしているの」

「シュテンだ」

シュテンは人間式の挨拶に戸惑いつつも、その手の温もりをしっかりと感じた。

「そうだ!テンニン殿、道中でオーク素材を手に入れたのですが、引き取っていただけますか?」

「素材引取りね、了解…ってオーク!?貴女が討伐したの!?」

「い、いえ、シュテン殿が吹っ飛ばしまして…その破片を…」

「吹っ…?」

テンニンが宇宙を見たような顔になる。

「…シュテンさん、貴方冒険者ランクは?」

「ライセンスが無いようですよ?国から出てきたばかりのようですし」

「これは…大型新人が来たわね…」

テンニンがシュテンの肩…は届かなかったので腕をがっしりと掴む。

「貴方、メイさんとパーティ組む気は無い?」

「ちょ、テンニン殿!?」

「貴方なら安心してメイさんを預けられるわ、まずはライセンス登録しましょう、こっち来て」

「え、あ?」

シュテンはされるがまま窓口へと連行されて行く。

「ちょっと!テンニン殿ってば!」

「メイさんはあっちで素材を鑑定に出して!」

「もー!」

なんだかよく分からないまま話が進んでいる気がするが、これもまた人間らしさなのかと思うシュテンなのであった。





「空欄だらけだけど、これでいいや」

何やら色々と質問攻めにされるのを知らぬ存ぜぬで躱すうちに、ライセンスなるものが出来上がったらしい。

「最後にちょっとだけ実技を見せて欲しいかな、大丈夫?」

「あァ」

「じゃあちょっと付いてきて」

メイも合流して場所を移す。

付いたのは何やら広々とした部屋だった。宴会場だろうか。

「今から魔法人形が出てくるから、本気で殴ってみて」

「えっ、テンニン殿それは」

「大丈夫、怪我はしないようになってるから」

「そうではなく…」

「シュテンさん、いい?」

「ん?あァ、思い切り殴りゃいいんだな」

「そそ、じゃあ始めるよ」

テンニンが壁を操作すると、扉の奥から甲冑のようなものがガシャガシャと出てきた。

なるほど硬そうだ。

これならオークの時以上の腕試しになりそうだとシュテンは腕に妖力を込める。

「…あー、どうなっても知りませんからね」

「よッ」

シュテンは腕を振りかぶり、勢いをつけて鎧人形の顔面に叩き込む。

破裂するような金属音の後、鎧は後ろに吹っ飛んだ。

辺りには衝撃で砂埃が上がっている。

「え゛っ」

テンニンの驚愕の表情すら置き去りにする勢いで壁に激突した魔法人形は、部屋の風通しを良くした上で四散した。

「…ふゥ」

妖力の乗り具合に御満悦のシュテンと、あちゃあと思いつつニヤニヤが止まらないメイ、新設された換気窓を口を開けて眺めるテンニンと場は混沌としていた。

「え、吹っ、えぇ…」

「へ、へへへ、やっぱりシュテン殿は凄いです!」

「いや、いやいやいや!だって測定用の魔法人形よ!?普通後退する事も無いのに!」

「それをやっちゃうのがシュテン殿なんですよ!」

なぜか胸を張るメイをスルーしてテンニンはシュテンの腕を揉み始める。

「この細腕のどこにあんな力が?魔法強化してるの?いやでも魔力は検出されなかったし…」

「テンニン殿、触りすぎですよ」

テンニンは少し考える仕草をする。

「まあ、明らかに合格値は出ているでしょうし、ライセンス発行完了ね。お疲れ様」

「あァ」

テンニンは、ライセンスカードをシュテンへ手渡した。

「おーい、なんの騒ぎだ?」

後ろから男の声が聞こえる。

振り返ると、大柄な男が入るや否やぎょっとした顔で立ち止まった。

「オイオイ、なんだその穴」

「あ、マスターこれは…」

「テンニン、説明頼む」

大柄な男はシュテンに一瞬鋭い視線を送ると、テンニンの説明を受けた。

「シュテン殿、彼は…」

その間にシュテンはメイから男について聞いた。

どうやらあの男はギルドマスターとかいう、この建物で最も位の高い男のようだ。

そのギルドマスターはテンニンから顛末を聞き終わると、大口を開けて笑いだした。

「それは傑作だな!お前がやったのか」

豪快な笑顔でシュテンの方を見る。

その時には既に警戒は消えていた。

「あァ」

「悪びれる様子も無しとは大物だな」

「あ、シュテン殿は異人ゆえ…」

メイが注釈を入れると、ギルドマスターは一瞥してすぐシュテンに向き直る。

「ん?お前の故郷ではものを壊しても謝らないのか?」

「あァ?物なんてすぐ壊れる。いちいち謝ってたら埒が明かねェだろ」

「はっはっは!世の中にはそんな風習もあるのか、いやはや参った」

ギルドマスターは笑い終わるとシュテンの肩に手を置く。

「しかしな青年、この街ではものを壊したら謝って弁償するのが普通なんだ、この街に来たからにはこの街のルールに従うのが筋だぞ」

「あー…」

たしかに、いつまでも鬼時代の常識を引っ提げておくのもおかしな話だ。ここは素直に従っておこう。

「そうだな、すまん」

「うむ、良い返事だ」

「あ、あの…」

視界の右下から恐る恐るメイが割り込んでくる。

「ん?」

「べ、弁償というのは…」

「ああ、そうだな」

ギルドマスターはぽっかりと空いた穴を見つめると、「ああそうだ」と手を叩く。

「ちょうどいい、君たちを見込んで緊急クエストを出そう。その成果を持って手打ちとする」

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