暫くの間歩くと、開けた場所に出る。
「見えてきました、あれがコーシの街です」
メイが指さす方を見ると、一本道の先に大きな石造りの壁がそびえ立っていた。
「…こりゃァ」
シュテンは前世で全国を回ったが、あのような建造物は見た事がない。
本格的に異なる世に来たという実感が湧いてきた。
「さて、シュテン殿はここで暫く待っていてください」
「あァ?」
「流石にその格好では衛兵に止められてしまいますので、一度私だけで中に入って、適当な衣服を見繕って参ります!」
「あー…ああ」
そういえば褌一丁なのだった。
鬼ならば妥当な格好とも言えるが、確かに人間がこの姿で出歩いているのを見た事がない。
「ここで待ってりゃ良いんだなァ?」
「はい!ここなら強い魔物などは出ませんし、この時間は人が通る事も滅多に無いので!」
「よくわからんが、分かったァ」
「では!」
メイはガチャガチャと大きな音を立てながら走って行った。
「…あー」
シュテンはその場に座り込むと、無意識に腹の当たりを擦る。
先程メイに締め付けられた部分が妙な熱を帯びていた。
「何だったんだありゃァ」
シュテンは、生まれながらの鬼である。
生みの親にすら忌まれ、集まるのは子分ばかりだった鬼にとって、他人に抱き締められることなど未知の世界だった。
「…変な奴だなァ」
疼くような感覚を押さえ込んで、シュテンは横になり目を瞑った。
「シュテン殿」
呼ばれた気がして目を開くと、大きな荷物を抱えたメイがしゃがみこんで見下ろしていた。
「すみません、待ち長かったでしょうか」
「…いんや」
身体を起こす時、日が陰っていることに気がついた。
どうやら、派手に居眠りしていたらしい。
「シュテン殿、着替えを持って参りましたよ」
メイが背中に抱えていた巾着袋を降ろし中身を取り出す。
「服はいちばん大きいものにしました。サイズは…うん、よさそうですね」
取り出した着物をシュテンの身体に当てて寸法を計る。
「ん…あァ」
「えーっと…あと、こちらを」
更に出てきたのは簡素な作りの防具類だった。
「…要らんぞ?んな重そうなモン」
「いえ、流石にこのくらいは付けておかないと怪しまれますから、それにこれだけ付けるというのもおかしな話ですし」
そう言って最後に出してきたのは額当てだった。
「なんだこれ?」
「シュテン殿の額に埋めてある石は、民族装飾ですよね?ですが魔物の角に見えかねないので、街中では隠しておくのが無難かと思いまして」
「額…あー」
シュテンは自身の額を触り、そこに中途半端に露出した「鬼の角」がある事を思い出した。
平安の世でも、鬼の1番の特徴だったこの角を隠すのは、人として生きようとするなら必須かもしれない。
「…わかったァ、全部付ける」
「はい、それが宜しいでしょう!」
「……」
にかっと微笑むメイに、シュテンは頭を搔くしかなかった。