「ところでシュテン殿、そのような格好で森に入り何をされていたのですか?」
「あ?…あァ」
自身の服装を再確認する。
「やっぱァ変か、コレ」
「まぁ…あまりにも薄着と言いますか、危険な森に入るには些か無謀と言いますか」
シュテンはメイの装備へ目を遣る。
金属製の胸当てや兜など、シュテンの感覚からしたら少々奇抜なデザインではあったが、全身を鎧で固めている。なるほど重装備だ。
メイが童である事を差し引いても、あの源頼光より手厚く固めている。
もしやこの辺りでは鬼など目でもない妖怪や獣が出るのだろうか。
「あのぉ…」
シュテンが考え込んでいるとメイが視線に割り込んでくる。
「ひょっとして、どこか遠方から来られたとか…?森の中で迷われていた、とか?」
「ん…」
遠くかどうかはわからないが、迷っていたのは確かだ。シュテンは素直に頷くことにした。
「あァ、気付いたら森の中に居てなァ、此処が何処なのかわからん」
メイの表情がぱあっと明るくなる。
「でしたら!私が街までご案内しても宜しいですか!」
「あァ?あー、まァ…おゥ」
シュテンはあまりの迫力に思わず了承したが、正直願ったり叶ったりだ。
文字通り右も左も分からない状態じゃ行き倒れ確定だっただろう。
「ありがとうございます!ではこちらへ!」
メイは装備をガシャガシャ鳴らしながら大きくお辞儀をすると、道なりに歩き始めた。
「ところでシュテン殿はどちらから来られたのですか?」
「あァ?…」
シュテンは言い淀む。
この身体が森の中で目覚める前など知る由もない。
しかし、ここが何処なのか見当をつける必要がある。
「丹後から来たんだが、ここは何処なんだ?」
「タンゴ…ですか。聞いた事がない地名ですね。今から向かう街は、コーシと言います」
「…あー」
シュテンは生返事を返す。
どんな田舎者でも、丹後国を知らない人間が居るとは思えない。
やはり、別の世に飛ばされてしまったのだろうか。
少しカマをかけてみることにした。
「なァ、メイ」
「なんでしょう?」
「この世で一番エラい人間って誰だァ?」
シュテンが居た世であれば、人間は迷わず皇の名を返すだろう。
「この世で一番偉い人ですか…」
息を呑んで回答を待つ。
「変な事を聞くお人ですね、そんな事…」
ぴくり、とメイが何かに気づく素振りを見せる。
直ぐに、近くの茂みがざわつき始めた。
「あァ?」
ガサガサ大きな音を立てて出てきたのは、緑色の大きな人間だった。
多分人間だろう、妖気は感じないし。
前世のシュテンと同じ程の体格があるが、多分人間だ。
そう思ってボケっと眺めていたが、シュテンの横で金属がガチャガチャ音を立て始めた。
よく見ると、メイが震えている。
「お、オーク…!」
みるみる顔も青ざめていく。
「おィ、あれ人間じゃねェのか?」
「何言ってるんですか!オークですよオーク!危険な魔物です!」
どうやら人間では無いらしい。
「マモノ…妖怪って事かァ?」
「…?よく分かりませんが、早く逃げなければ殺されてしまいますよ!」
「あー…」
どうやら似て非なるものらしいが、そのオークとやらは敵で間違いないようだ。
これは、今の力を計るのに丁度いいのではなかろうか。
「よォし、メイは下がってなァ」
「えっ、シュテン殿!?いくらシュテン殿でも無謀ですよ!」
「いィから、任せとけェ」
シュテンは無理やりメイを後ろに押し遣ると、オークの方を向き直り一歩踏み出した。
瞬間、イノシシの様な雄叫びを上げてオークが襲いかかってくる。
「…速さも気迫も大したことねェな」
オークは大きな拳を振りかぶるとシュテンの顔めがけ振り下ろした。
「シュテン殿ッ!」
どぉんと大きな衝撃音と砂埃がメイの視界を奪う。
「やはり無謀です、いくら力が強いとはいえ…」
メイはシュテンをもっとしっかり止めていればと後悔した。
「折角出会えた、お強い御仁なのに…」
「…ヘェ〜、結構やるなァ」
ハッとして顔を上げる。
シュテンは、何食わぬ顔でオークの拳を掴んでいた。
それも片手で。
「シ、シュテン殿!」
「ま、こんなもんだろうなァ」
シュテンは掴んだ拳ごとオークを押し返す。
オークは目の前の光景が信じられないとばかりに戸惑いの表情を浮かべながら、後ろにバランスを崩す。
「お返しだァ」
シュテンは逆の手で拳を作ると、少量の妖力を込める。
「そォらよっ」
その拳でオークの顔面を小突く。
オークの顔はクッションのように凹み、1秒遅れて森の奥へ吹っ飛んで行った。
オークの驚きと恐怖に満ちた叫び声が段々小さくなっていき、そのまま聞こえなくなる。
シュテンは殴った手を観察する。
どうやら、妖力のコントロールは鈍ることなくこなせているらしい。
妖気を込めすぎていたら、最悪この場で爆発四散されて全身血まみれになる可能性もあった。
シュテンは安堵の溜息を吐く。
「シュテン殿ぉ〜!」
「ぐえっ」
唐突な後ろからのタックルに、溜息で少しずつ抜けていた空気を一気に持っていかれた。
「どうなる事かと思いましたよぉ!」
メイが腰に抱きついたまま上を向いて大声をあげる。
「あァ?あのくらい、なんて事ねェだろ」
「普通は男3人がかりで倒すものなんですからね!」
マジかよ人間って貧弱だな。
シュテンは鬼の力が残っていたことに少し感謝した。
もし完全に人間になっていて、鬼の感覚で行動していたら今頃オシャカだ。
「心配、したんですからね!」
「…あー」
締め付けを強めるメイに、シュテンは頭を搔く。
「…こんなん無茶でも何でもねェのに」
「それでもですっ」
シュテンは眉をひそめて、空を見上げた。
「よくわからんねェ、人間ってのは」
メイにも聞こえない程の小声で、そう呟いた。