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第36話 男同士でも恋バナはする

 時は少しさかのぼり、夏休み前。

 雪愛達がオンラインパジャマパーティーをしていたときのことだ。花火大会で浴衣ゆかたを着るかどうかを決めた後に、瑞穂が海に行かないかと皆を誘った。春陽達が海の家でバイトをするため、雪愛が行きたがっているだろうから、と。結果、海に遊びに行くことはすぐに決まったのだが、このときの会話には続きがあったのだ。


「そういうことなら、風見っちとさえきちには内緒ないしょで行った方が面白おもしろくない?きっとおどろくと思うんだよねー」

 面白いイタズラを思いついたとでもいうような楽しげな顔で未来が提案したのだ。

「けど、それはなんだか春陽くん達に悪いわ」

 未来の言葉に雪愛は難色なんしょくを示す。

「んー、ゆあちは、風見っちが頑張がんばって働いてるところとか見てみたくない?私たちが来るって知ったらさー、その間だけ、無理やりにでも裏方とかに引っ込んじゃいそうじゃない?」

 このときはまだ、フェリーチェで働いていることを知らない未来からすれば、学校での春陽を見てそう感じても仕方がないのかもしれない。

「確かに風見君そういうイメージあるね」

 香奈も未来に同意するように言う。

 これには瑞穂が苦笑を浮かべてしまう。多分自分達が来る、来ないにかかわらず、春陽は堂々と働いているだろうな、と。何せ、フェリーチェでは平然へいぜんと自分達の接客をしていたのだから。

「それは……見てみたいけど…」

 未来の言葉に、雪愛は素直すなおに見たいか、見たくないかで答えてしまう。春陽が仕事で裏方に引っ込むなんてありえないことは、この中で雪愛が一番わかっているはずなのに。恥ずかしそうに答えていることからどうもそこまで頭が回っていないようだ。

 そんな雪愛も非常に可愛らしいというか、見てるこっちがドキドキするが、どうにも春陽がからむと雪愛は少しポンコツになっているのではないか、と瑞穂は思った。


 春陽がフェリーチェ以外で頑張っているところをもちろん雪愛は見てみたい。どんな新メニューを作るかわからないが、完成したものを注文して、海の家で春陽に向かって感想を言いたい。

 きっと美味おいしいに違いないから。

 雪愛は答えながらそんなことを考えていた。

「じゃあやっぱりー、サプライズで突撃しちゃおー」

 雪愛が見たいと言ったことで、方向は決まった。未来の言葉に反対する声は上がらず、春陽達には内緒で行くことになった。

 だから雪愛はその後も春陽に海へ行くことは言わなかったのだ。律儀りちぎにこの時の約束を守っていたのである。


 そんな中で、香奈が言ったのだ。

折角せっかくなら、皆でおとまりとかできたらいいのにね。海で遊んで、夜も皆でおしゃべりしたりして。すっごく楽しそう」

 香奈が自分からこういうことを言うのはめずらしい。

 聞けば自分の考えはちゃんと持っているため答えてくれるが、受け身なことが多い香奈はあまり自分からこうしたいと言うことがない。

 だからだろう。

 三人もいいね、と同意を示し何とかお泊りを実現したいと話し始める。


「ならー、私ちょっと調べてみるよー。今からでも泊まれるところないかー」

 色々と話し合った後、それなら、と未来が宿探しを買って出た。もう夏休み直前で、実際に海に行くのは一番む時期だ。今から探して宿がいているかは難しいところかもしれないが、チャレンジする価値はある。

 未来一人にお願いするのは申し訳ないと皆自分も探すと言ったのだが、探すだけなら何人でやっても同じだから、とりあえず自分一人で大丈夫、と言う未来に最終的にはお願いすることになり、三人は未来にお礼を言った。


 そして、花火大会前日の夜。

 雪愛の恋バナで盛り上がる前のことだ。

 未来から残念なお知らせがあった。

「ネットで色々調べたんだけどー、海近くのホテルとかは四人分空いてるところがなかったよー」

 未来は言いながらがっくりと肩を落とした。いっぱい調べたのだろう、本当に残念なようで頭も下がっている。

「調べてくれてありがとう未来ちゃん。私が急に言い出しちゃったのにごめんね」

「ううん、一か所くらいあるかなーって思ったんだけどなー」

 落ち込む未来と悪いことを言ったと謝る香奈、二人のループが続きそうなところを雪愛がフォローする。どちらも悪いことなんて何もないのだから。

 するとそこで、瑞穂が口を開いた。

「……確実じゃないし、無理かもしれないけど、一回佐伯に聞いてみていいかな?佐伯には私たちが行くことバレちゃうけど、確か、叔父おじさんの経営している民宿に泊まるって言ってたから、そこに空きがないか聞いてみるのもアリなんじゃないかなって」

「そっかー!民宿なら可能性ありそうだねー」

 個人の民宿であれば、ホテル探しの総合サイトなどにはっていなかった可能性がある。未来の表情がぱぁっと明るくなった。

「は、春陽くん達が泊まるところ!?」

 驚きのあまり雪愛の声がひっくり返る。

「予想通りの反応だけど、泊まれたとしても部屋は別だからね?」

 瑞穂は雪愛がどんな反応をするかわかっていたようで冷静だ。冷静に揶揄からかい混じりの言葉を続ける。

「っ、そんなの当たり前でしょう!?」

 雪愛には効果抜群ばつぐんだった。見る見るうちに顔が赤くなっていく。何か想像してしまったのかもしれない。

「じゃあ、聞いてみるだけ聞いてみるってことでいい?」

 そんな雪愛の反応をさらっと流す瑞穂。

「さんせー」

「ありがとう、瑞穂ちゃん」

「え、ええ。私も反対してる訳じゃないわ」

 そう、雪愛は別に反対している訳ではない。ただ、瑞穂が突然言い出すから、春陽が泊まるところに自分も泊まるかもしれない、ということにドキっとしてしまっただけだ。それだけだ。

「ふふっ。私が言い出したことなのに、皆ありがとう。もしそこに泊まれたら何だか修学旅行の予行演習みたいだね」

 そんな会話が四人でなされていた。


 そして、瑞穂は花火大会の日に、悠介に相談した。

 和樹の彼女として彼氏にらぬ心配をかけないように、和樹には先に伝えている。和樹はあきれたようにため息をいていたが反対はされなかった。

 瑞穂から計画を聞いた和樹は、そんなサプライズを仕掛しかけられる春陽を不憫ふびんに思っていた。


 相談の結果、悠介は、啓蔵に確認してみると言って引き受けてくれた。ただ、春陽に内緒というところには、バレたとき自分が怒られるんだろうなと思いながら。


 この時、すでに春陽がフェリーチェで働いているハルだということは未来と香奈も気づいており、それならば、彼女達が来るとわかっても春陽が裏方に引っこむなんてことにはならないとわかるだろう。加えて、悠介にも行くことを知られたのだから、当初内緒にしようとした目的は無くなっていると言ってもいいくらいなのだが、誰もそこまで考えが至らなかった。というか、春陽にサプライズすることが主になっていた。


 悠介は花火大会の翌日、すぐに啓蔵に連絡を取り、瑞穂から聞いた事情を説明したが、その時は満室だと言われた。けれど、キャンセルが出ることもしばしばあるため、キャンセルが出たら連絡するという提案も同時に貰えた。


 これを悠介から瑞穂に伝え、瑞穂達はもう他に手段はないため、キャンセルが出たらそこで一泊、無理だったら日帰りで遊ぼうということに決めた。


 そして、数日後、本当にキャンセルが出て、瑞穂達が宿泊することが決まったのだ。それは海へ行く日の一週間前という本当にぎりぎりのタイミングだった。


 宿泊することが決まったのは、花火大会の後。つまりは、雪愛の心境に変化があった後だ。

 春陽と同じところに泊まると決まった雪愛は自分の部屋で一人、声にならない声を上げ、もだえることになった。


 今回のことはこうした様々な偶然が重なって予定されたものだった。



 二日目のバイトも無事に終わり、今、春陽と悠介は布団に寝転ねころがっている。ただ、まだ寝ていないことはお互いわかっている。

 窓からは月と数々の星が綺麗きれいに見えていた。

 部屋の電気も消しており、寝る準備は万端ばんたんだが、一年ぶりのバイトにも、海の暑さにも一日で大分だいぶれたのか、昨日ほどの肉体的疲労ひろう感もなく、すぐにでも寝たいという感じではない。


 そんな中、二人はぼんやりと天井をながめていた。

 すると、春陽が口を開いた。若干じゃっかんうんざりした口調だ。

 肉体的な疲労は小さくなっても、精神的疲労は今日も大きかったからだろう。その理由は―――。

「どうして、昼間の人達は俺らのこと何も知らないのに、あんな簡単に誘えるんだろうな」

 仕事中のナンパだった。

「女の人達か?」

「ああ。それに彩花さんを誘ってた人達も。あの人達は怖くないのか?」

 今日も春陽と悠介は何度か女性から声をかけられた。海という開放的な場所だからこそなのだろう。男女関係なくナンパしている人が結構いるのだ。


 毎度自分達で断ったが、断るのも結構な労力なのだ。主に精神的に。


 啓蔵がオーナーとしてそういう行いを止めてくれたらいいのに、と思うが、それがかなわないこともわかっている。

 啓蔵は個人的に仲良くならない限り、女性に対して良くも悪くもそれほど興味がないからだ。これがダサい行動をする男相手だとめちゃくちゃ頼りになるのだが……。そんな啓蔵だから彩花のことは結構守っていたりする。


「男でも女でもナンパする人の気持ちはわかんねえよ。相手のことは後から知っていければいいって考えてるのかもな」

 悠介がわからないと言いながらも自分の考えを言葉にする。そこにナンパする人への好意的なニュアンスはなかった。

 春陽には、関係をきずくことが怖くて仕方がない。その関係を深めようと思えば尚更なおさらだ。

 その思考の流れで、春陽の頭の中に今一番関係を深めたい相手のことが思い浮かぶ。


「……なあ、悠介。お前って彼女いたことあったっけ?」

「ああ?いたことねえよ。急になんだよ?」

 唐突な春陽の質問。その内容に、驚きとともに若干イラッとする悠介。

 このコミュ力激高のさわやかイケメンは彼女がいたことがないらしい。まあ春陽は知っていたのだが。

「じゃあ、告白したことってあるか?」

 悠介の問いには答えずさらに質問する春陽。

「ねえよ。ってかお前、俺の好きな人知ってるだろうが。ずっと変わってねえんだからそんなもんあるわけねえだろ。なんなんださっきから」

 悠介の『イラッ』の度合いが少し増す。

 悠介は一途いちずに誰かを想っているそうだ。そして、それは春陽も知っていることだった。

「そうか。…そうだったな。悪い」

 謝ったかと思えば春陽はそのまま黙ってしまった。

 しばらく春陽が続きを言うのを待っていた悠介だが、黙ったままのため、自分から言葉をかけることにした。

 どうしてナンパの話からこんな話になったのか。

 春陽が自分からこんなことを聞いてきたことは今まで一度もない。

 そんな春陽が今切り出してきた理由。

 春陽が黙ってしまった時間で落ち着いてみれば、その理由は考えずともわかることだった。

「春陽?どうしたんだお前?……白月と何かあったのか?」

「っ、いや、何かあったとかじゃないんだけど……」

 春陽は息をみ、言葉をにごした。

 悠介は今度は何も言わず、春陽が続きを口にするのを待つ。

 二人の間に沈黙が流れる。

 春陽がその沈黙をやぶるまで、体感では結構長く感じたが実際はそれほどっていない。

「……俺は、雪愛のことが好き、みたいだ…」

 自分から切り出しておいて黙っているのも悪いと思ったのか、それとも最初から誰かに聞いてほしかったのか、春陽は自分の想いを吐露とろした。

 だが、自分のことを言うのは慣れていないのか、はたまた恥ずかしいのか、言葉を区切りながらになってしまった。

「っ!?春陽、お前……」

 おどろいたのは悠介だ。

 無自覚に、けれど確実に好きだろうと思ってはいたが、まさか春陽の口から聞くことになるなんて、と悠介の心の準備の方ができていなかった。

 けれど、あの春陽に好きな人ができた。

 そしてそれを言葉にして伝えてくれた。

 春陽のことを知っているからこそ、それは悠介にとっても友人としてとても嬉しいことだった。

「そうか。そうかぁ。お前ら仲良いしな。いいじゃんか。そう思えた何かがあったのか?……花火大会の時とかか?」

 直近にあった大きなことと言えばそれしか思い当たらない。

 もしくは、その前のメニュー開発の時か。

「まあ、あったと言えばあった。……元々、自分の中で雪愛の存在が大きくなってはいたんだ。それで……、花火大会の日に自覚した。悪い、急におかしな話して」

「いや、全然。くくっ、けど本当いいことだと思うぜ。お前、誰かを好きになったの初めてだろ?……告白、するのか?」

「したい、とは思うけど……、正直怖い気持ちもある。俺なんかがいいのかって気持ちも……」

「ばーか。好きな気持ちにいいも悪いもないだろ。誰にもお前の気持ちを否定なんかできねえんだよ。怖いってのは、まあ、俺にもよくわかるけどさ」

「ああ。…お前はお前で苦労してるんだよな」

「うるせっ」


 突如として始まった男同士の恋バナはテンションが上がるでもなく、静かな雰囲気でその後もしばらく続いた。


 話しながら悠介は思った。

 明日は、雪愛達がここに遊びに来る日だ。

 悠介はそのことを知っている。

 今日こんな話をしたのはただの偶然だ。

 それもわかっている。

 だが、何かが起きそうな、そんな予感がするのだった。



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