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第30話 花火大会の待ち合わせと不穏な気配

 花火大会へは電車に乗って行く。

 そのため、最寄り駅が同じ春陽、雪愛、悠介は改札かいさつ前で待ち合わせ、一緒に現地に向かうことにしていた。

 雪愛は以前水族館デートの時、待ち合わせ時刻じこくぎりぎりになってしまったため、今日は時間に余裕よゆうをもって家を出た。そのおかげか、改札前に着くとまだ春陽も悠介もいなかった。

 雪愛は、よかったと一つ息をいて改札側の柱に身を寄せ二人を待った。


 春陽は駅へと向かっていた。

 あらためてになるが、春陽が学校において、前髪で目元をかくし、眼鏡めがねをかけているのは、そうすることで根暗ねくらいんキャと周囲に判断され、話しかけられることなく、人と関わらなくて済むように、というのと、自分自身の顔が嫌いなため、そもそもさらしたくはない、という思いからだ。

 だから、それでも関わってきたような、今日一緒に花火大会へ行くことになったメンバー相手には一つ目の理由が無くなる。

 残るは自分が自分の顔を嫌いということだが、それは春陽自身が自分で決めた、雪愛と出かける時はちゃんとする、という意思をくつがえすほどのことではない。

 自分の感情よりも優先するとおのれで決めたことだからだ。

 春陽にとってはただそれだけのことだが、その結果、今日の春陽は、水族館デートの時のように人目を容姿ようしとなっていた。


 春陽が改札へと辿たどくとすぐに雪愛を見つけることができた。というよりも、自然と目がそこにい寄せられたというべきか。

 静かにたたずむ雪愛は、そこだけ静謐せいひつな空気が流れているかのようで、とても美しかった。

 一瞬足が止まる春陽。それは雪愛に見れてしまったからだろうか。すぐにわれに返ると、そんな自分に苦笑くしょうを浮かべ雪愛のもとへと向かうのだった。


「雪愛。待たせてごめん」

 その声に雪愛の表情がパッと明るくなる。

「春陽くん!…ううん、私もさっき来たところだから」

 誰の声かは聞こえた瞬間にわかった。雪愛は声の方へと顔を向け、春陽を目にして、一瞬その目を大きくした。

 今日はクラスメイトが何人もいるため、学校の時と同じだと勝手に思っていたからだ。

 だが、次の瞬間には笑みを浮かべていた。

 理由まではわからなくても、春陽のそういった変化はいいことなのだろうと思うから。

 春陽はあらためて雪愛に目を向ける。

 雪愛は白ベースにピンク系統けいとうの色合いで牡丹ぼたんえがかれた浴衣ゆかたを着ており、髪もアップにし、花の髪飾りを付けていた。手には可愛かわいらしい巾着きんちゃくを持っている。

 そんな雪愛は、可愛さと大人っぽさが同居し、とても綺麗きれいだった。

「浴衣、よく似合ってる。髪も大人っぽくて。すごく綺麗だ」

 雪愛相手だと春陽は素直すなおだ。

 しかし、自分の言葉にれは感じているようで右手を後頭部こうとうぶにやっている。

「っ、ありがとう…」

 ストレートなめ言葉に雪愛のほほが赤らむ。

 今朝けさ見た夢ともかさなって余計よけいにだ。

 そんなふわふわした雰囲気ふんいきができあがってきたところに声がかけられた。

「よー。悪い悪い。俺が最後になっちまったみたいだな」

 その声の主に春陽はすぐに気づき、視線を向ける。

おそいぞ悠介」

「約束の時間には間に合ってるだろうが。白月は浴衣なんだな。やっぱ浴衣って夏って感じがしていいな。俺らも着ればよかったか?」

「ふふっ、ありがとう」

 悠介が来たことで、春陽と雪愛の間にできていたふわふわした雰囲気は霧散むさんした。

「俺は浴衣なんて持ってない」

「それは俺もだよ。だから買えばよかったかって意味で言ってんの」

 悠介が春陽にジト目を向ける。

「二人とも浴衣似合いそうだね」

 そこに雪愛が素直な言葉をはさむ。

「……次、機会きかいがあればな」

「くくっ、そうかよ」

 今のやり取りだけでも春陽が雪愛に弱いことがうかがえる。

 春陽の恰好かっこうを見ても悠介に雪愛ほどの驚きはない。自分の気持ちよりも雪愛の前で身だしなみをととのえることを優先したのだろうとほぼ正解の結論にいたっている。

 球技大会の頃からその片鱗へんりんはあったからだ。

 そんなところも笑いがこみ上げる理由だ。ただ、他のやつらは驚くだろうなとそんなことを思うのだった。


 春陽達が現地に辿り着くと、そこは人でごった返していた。

 グループメッセージで現在地の確認をすると、すでに春陽達以外は集まっているようで、その正確な場所を送ってもらった。

 駅の出口を抜けたすぐ左手側、そこにみんなでいるようだ。

 浴衣を着て早く歩くことができない雪愛が人とぶつかることをけるため、先頭から悠介、雪愛、春陽と並び、雪愛をかばうように進んでいく。


 そうして、出口を抜け左手を見れば、和樹の頭が見えた。

 近づきながら手を上げ、声をかける悠介。

「よー和樹。みんなも早いな!」

 和樹の身長が一番高く目立つため、和樹の名を呼ぶ。

 近づけばおのずと皆も見えてくる。

「お、来たな」

 そんな悠介の声に最初に気づいたのも和樹だった。

 和樹の言葉に、皆和樹が視線を向けている方向に一斉いっせいに目をやる。


 そうして、辿り着いた悠介、雪愛、そして春陽を見て、皆目を大きくした。

「「「「「「っ!?」」」」」」

 ちなみに、和樹、隆弥、蒼真はラフな私服姿だが、女子は全員浴衣だ。

 瑞穂は濃紺のうこんベースに青系統で山茶花さざんかが描かれた大人可愛い感じの浴衣。香奈は紫ベースにカラフルな花火柄の綺麗目な浴衣で、未来は淡い黄色ベースに朝顔が描かれている可愛らしい浴衣だ。

 皆浴衣に合わせて髪をアップにしたり、髪飾りを付けたりしており、とてもよく似合っている。


「待たせてわりーな、って、おお、女子全員浴衣じゃん。野郎とのギャップがすげーな」

「待たせちゃってごめんなさい」

「悪かったな」

 三人とも待たせてしまったとあやまっているが、待っていた側はそれどころではない。

 この場に悠介と雪愛と一緒にあらわれる者など春陽しかいない。

 しかし、それがわかっていても理解が追い付かない。

 瑞穂と和樹はまさかそう来るとは思っていなかったと驚いたが、以前に見ている分耐性たいせいがあり、すぐに立ち直った。

「風見!あんた良かったの!?」

「良かったのと言われても……。良いも悪いもないんだが」

 それはそうだろう。誰かに強制された訳でもないし、なのだから。

 そこに他の皆も復活したが、先に声を発したのは女性陣だった。

「ハルさん、だよねー?」

「あのカフェの……」

「ん?ああ、二人ともフェリーチェに来てたもんな。あそこでバイトしてるんだ俺」

 未来は雪愛へと視線を向ける。

 雪愛はその視線に気づき、こまったような笑みを浮かべながらうなずいた。

「そっかー、…そっかー」

 それで未来も確信した。

 風見春陽があのハルだとわかっただけで、雪愛の話す春陽と自身の持つイメージのギャップが急速に解消されていくから不思議だ。

 香奈も未来と似たような考えに至っていた。


 それと同時に、未来は、四人でフェリーチェに行った日にハルに恋愛感情はないとはっきり否定できて本当によかったと安堵あんどした。

 雪愛の恋の邪魔じゃまをしようなんて全く思っていないのに、意図いとせずそうなってしまうところだった。同じあやまちをり返したくはない。

 けれど、ハルについてあんな話になった時点で雪愛を傷つけてしまっていたかもしれない。そう考えると胸がくるしくもなった。

 本当に誰と誰がどうつながっているかなんてわからない。

 未来は、もう絶対にしないとあらためて心に決めるのだった。


 蒼真と隆弥からも言葉が投げられる。

「おま、学校と全然違うじゃないか!」

「本当だよ。別人みたいだ!」

「人と関わりたくなかったからな。けどお前ら相手にそれはもう意味がないだろ」

 だから気にするな、学校では今まで通りだ、と言う春陽に、もっと早くに教えろ、水くさいじゃないかと応酬おうしゅうが続く。

 男性陣三人のやり取りに悠介と和樹は視線をわし肩をすくめて笑い合った。


 すると、悠介が空気を変えるように言う。

「女子達みんな下駄げただし、そろそろ出発してゆっくり屋台でも見ようぜ?」

 下駄で早く歩くのは難しいため、ゆっくり移動しなければならない。

 花火は日が完全に落ちてからで、屋台の並ぶ通りを抜けて、河川敷かせんじきに降りて見ることになる。

 それまでの数時間をどう過ごすかだが、悠介の言葉に皆同意し、一行は屋台を見て回ることにした。




 春陽達が集まっていたところから少し離れたところに、ガラの悪い集団がたむろしていた。

 そんな集団の中で、ただ一人、周囲と明らかに違う見た目の気弱そうな青年がいた。

 そしてその青年の目は真っ直ぐ雪愛に向いていた。

「白月さん……?」

 茫然ぼうぜんと雪愛の名をつぶやく青年。

「なんで、なんで、なんで、なんで……。白月さんは男なんかと一緒にいたら駄目だめでしょ。何で笑ってんの?」

 その目は気弱そうな見た目とは違い、その場にいる誰よりもくらよどんでいた。

 つめみながらブツブツと独り言を続ける。

「佐伯に新条、安田、高橋。もう一人一緒にいた奴は誰だよ!?………あのメンツ……もしかして、あれ、風見なのか?」

 もう一人いた見れぬ男、青年から見ても整った容姿の男が誰なのか、その思考は正解へと辿り着いてしまう。

 青年は自分の言葉に目を大きくする。

 

 それが彼の認識で、

 

 それが彼の中での事実だった。


 そこに仲間の一人が声をかける。

「おい、どこ見てんだよ?」

 そう言って、青年の目線を辿る。

「お前、あの美人見てたのか?はははっ、お前みたいなやつが相手にされるわけねえだろ。しかも男と一緒に来てるじゃねえか」

 雪愛へと行きついた仲間の男は青年を馬鹿ばかにしたように言葉を続ける。

「んなキモイことしてねえでさっさと行くぞ。途中とちゅうで適当に女もつかまえっからよ。お前金は大丈夫だよなぁ?」

 最後だけ仲間の男の目が険呑けんのんになる。

「だ、大丈夫。ちゃんと持ってきたから」

 慌てて答える青年。ここで言葉を間違えればなぐられることは経験上わかっているからだ。

 その言葉に満足したのか、青年の肩を抱きながら仲間の男が言う。

「そうか、そうか。さすがだぜ。お前みたいに一人さびしくいるようなやつと一緒にいてやるんだからそれくらい当然だよな!」

「う、うん……」

 青年は必死に笑みを作って答えるが、その顔は引きっている。

 だが、そんなことには興味きょうみがないのか全く気づく様子もなく、仲間の男は行くぞと青年の背中を一度たたき他の仲間のもとへと歩いていった。

 そこでようやく一息けた青年は歩きながら再び思考する。

「白月さんのためにも、あのゴミを排除はいじょしなきゃ。そのためには……準備…そうだ、準備しないと……安心して白月さん。僕が助けてあげるからね。僕が一番白月さんのことわかってるから」

 青年が何をするつもりなのか、準備とは何なのか、それはまだ誰にもわからない。


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