夏休み初日。
今日から本格的に海の家の新メニューを作っていく。
フェリーチェが開店するまでの時間を使って新メニュー開発は行われた。
春陽は夜も一人で考えているが、試食や感想などのため、皆の
悠介と雪愛も来ており、雪愛は朝から春陽が精力的に活動するということで、軽めの弁当を作って持ってきていた。
「朝から活動するならエネルギー
どうやら春陽の食生活が改善されていないことはお見通しらしい。確かに春陽の朝は毎日水を飲むだけだ。
春陽はありがたくそれをいただいた。
中にはおにぎり二つと卵焼き、タコさんウインナー、ミニトマトと本当に軽めのものが入っていた。
春陽がそんな二人の視線に居心地悪そうにしていたのは言うまでもない。
春陽が食事をしている間、アズキはずっと春陽の
自分の特等席だと言わんばかりだ。
春陽がバイトに来ると、自分からバックヤードに行き、しっぽを
ちなみに、アズキはあれからすぐにトイレを
本当に
春陽が弁当を食べ終わり、カウンター内の
雪愛は嬉しそうにアズキを
春陽は悠介から海の家でのメニューを一つ作れると聞いた時からどんなものにしようかずっと考えていた。
そもそも、ベースは何がいいか。
焼きそば、カレー、ラーメンなど定番なものからハンバーガーや
そうして、一日目、二日目、三日目と様々な
三人には感想は本音で言ってほしいとお願いしており、基本的には美味しいと言ってくれているが、考えが煮詰まってきて作ったフルーツカレーは
ちなみに、これらの材料費は春陽持ちだ。麻理は店のものを使っていいと言ったのだが、そこは春陽が
決して甘く見ていた訳ではないが、
そんな春陽を三人は心配そうに見ていた。
四日目。
雪愛の作ってくれた弁当を食べ終えて、春陽は作業に入ったが、アイデアが出てこず、しばらく手が止まっていたところで、麻理が春陽に言った。
「ねえ、ハル。一度息抜きでもしてきた方がいいんじゃないかしら?」
「え?」
突然の麻理の言葉に
「ほら、リフレッシュした方がいいアイデアも浮かぶかもしれないし」
麻理の言葉に雪愛も悠介も
そんな三人を見て、どうやら
「……そうですね。ちょっと
「
悠介がそんな風に言うと、雪愛が続いた。
「それなら!私今日は予定もないから、一緒に行ってもいいかな?」
「それはもちろん、俺はいいが……いいのか?」
自分の息抜きに付き合わせることに春陽は
「それなら俺は今日ちょっと予定あるし、二人で行って来いよ」
悠介も春陽に付き合うつもりでいたが、雪愛が一緒に行くなら二人の方がいいだろうと考え自分は
悠介の言葉に、春陽はそれなら仕方ないなと納得したが、雪愛は一瞬目を大きくし、春陽と二人で出かけるということを理解すると、顔に熱が広がるのを感じたのだった。
こうして、
雪愛が弁当箱を片付けたりと出かける準備をしたいと言い、春陽も街に出るような
今の春陽は雪愛と出かけるときは身だしなみを整えるように心がけている。きっかけは麻理に言われた言葉かもしれないが、水族館デートのときに自分の中で決めたことだ。
二人がいなくなった店内で、
「悠介。あんた本当にいいやつね」
優しい笑みを浮かべながら麻理が悠介に言った。
「なんすかいきなり?ってか
「ふふっ。あらためてそう思ったってだけよ」
悠介は自分が遠慮したことを麻理に気づかれていたと恥ずかしそうに顔を
春陽と雪愛は電車で街まで出て、今は、三階建ての大きなショッピングモールでウインドウショッピングをしながら話していた。
色々なものを見ることで気分転換になればと考えてだ。
すでにいくつかの店を見て回っている。
「雪愛はどんなカレーが好きとかあるか?」
けれど、どうしても春陽の思考はそっちに引っ張られてしまうようだ。
それに嫌な顔一つせず考えて答える雪愛。
「んー、あんまり考えたことないけど、野菜がいっぱい入ってるのとか、チーズのトッピングとか好きかなぁ」
「なるほど……」
思考に沈み始める春陽。
どれくらい時間が
雪愛の「あっ」という声で春陽の意識が戻ってきた。
「どうした?」
言いながら雪愛を見て、春陽は心の中で自分に馬鹿野郎と叫んだ。
このショッピングモールは通路が屋外になっており、日陰ではあっても気温が高く暑い。それほど時間は経っていないはずだが、雪愛は少し汗を
それくらいの時間は色々な店を素通りし、通路を歩いていたということだ。そんな雪愛の様子に気づかずにいたことに春陽は息抜きに来たくせに自分が考え込んでいたことを
「このお店のケーキ有名でね。思わず声が出ちゃっただけなの」
春陽の問いに恥ずかしそうに答える雪愛。
「そっか。じゃあ入ってみようか」
雪愛が食べたいんじゃないかと思ったのもあるし、雪愛を
「え?…いいの?」
雪愛が聞き返す。春陽は甘いものが得意ではないのではと思ったからだ。
「もちろん」
「…ありがとう」
店内はそれなりに混んでおり、少し待ち時間があった。
その間に雪愛から聞いた話では、この店はパイ生地が美味しく、ミルフィーユとアップルパイが人気らしい。
雪愛はどちらにしようかと楽しそうに悩んでいる。
席へと案内された二人は、メニューを見ていた。
「何にするか決まったか?」
「うん、私はミルフィーユにする。春陽くんは?」
「じゃあ俺はアップルパイにしようかな」
雪愛がミルフィーユとアイスティー、春陽がアップルパイとアイスコーヒーを注文した。
待っている間に、春陽が先ほどのことを謝った。
「暑いのにずっと外歩かせて悪かった」
春陽の顔には
「え?そんなずっとなんかじゃないよ?暑いのは夏なんだから当たり前だよ」
実際、春陽が考え込んでいた時間は長時間という程ではない。
夏に外を歩けばそれなりに短い時間でも汗は浮かんでしまうものだ。
涼しい店内と暑い通路の行き来を繰り返せば
雪愛が全く気にしていないように言うので、春陽もこれ以上の謝罪は口にしなかった。
そんな風に話をしていると、すぐに注文した品が運ばれてきて、雪愛がミルフィーユを一口食べた。口に入れてすぐから幸せそうに
そんな雪愛の様子に春陽は笑みを浮かべ、自分もアップルパイを一口食べた。サクサクとしたパイの触感と
「春陽くん、このミルフィーユすごく美味しいよ。一口食べてみて」
そう言うと、雪愛は自分のフォークにミルフィーユを乗せ、春陽に差し出してきた。
一瞬固まる春陽。これはそのまま食べろということだろうか。雪愛を見れば笑顔でフォークを差し出している。
春陽は意を決して、差し出されたミルフィーユを口に入れた。
ミルフィーユはサクサクとしたパイと甘すぎないカスタード、それにイチゴの組み合わせが
「うん、すごく美味い」
その顔は照れているのを必死に隠そうとしていたのだが、雪愛を見たら今になって雪愛が顔を赤くしていた。
(これって、間接キスじゃ―――!?)
どうやら深く考えずにやってしまい、春陽が食べたところで自分がしたことに気づいたようだ。
春陽は自分が驚かされたことへの仕返しではないが、ちょっとした
「アップルパイも美味いから一口どうだ?」
春陽にしては意地悪な笑みを浮かべている。これに雪愛の顔の赤みが増した。
ちょっとやり過ぎたかと思い、春陽がごめんとフォークを下げようと思ったところで、雪愛が勢いよくパクっと春陽の差し出していたアップルパイを食べた。目を瞑りもぐもぐと口を動かす。
「本当だ。美味しいね」
赤い顔のまま笑顔で言う雪愛。
まさか本当にするとは思っていなかったため、春陽まで顔を赤くしてしまう。
しばらくお互いに照れてしまったが、そんな自分達が可笑しくなり、二人は笑い合った。
女性客の多いこの店で、美男美女のカップルがそんな甘酸っぱいやり取りをしていれば、当然のように他の客からチラチラと見られ、二人は各テーブルの話のネタを提供することになったが、春陽も雪愛もそのことに気づくことはなかった。
その後は春陽が思考に沈むこともなく、二人でウインドウショッピングを続けていると、ある店で
「可愛いのがいっぱい」
「すごい種類あるんだな」
店内には、色や柄の違う女性用の浴衣がずらりと並んでいた。男性用はそれに比べると極端に少ない。
「この間ね、瑞穂達と浴衣見てきたの。今度の花火大会、皆で浴衣着ることにしてね。私小さい頃に着て以来だから、
「へえ。夏って感じがしていいな。雪愛なら浴衣も似合いそうだ」
「っ、ありがとう。気に入った柄があってね。着るの楽しみなんだ」
「俺も雪愛がどんな浴衣着るのか楽しみにしてる」
雪愛は春陽の
そして、