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第21話 彼女想いの優しいイケメン彼氏さん

 雪愛はずっと春陽のことを考えていた。

 正確には、『抱っこ、してみたいんだろ?』春陽が雪愛にそう言ってからずっと。

(どうして春陽くんはそこまでしてくれるの?)

 球技大会でもそうだった。春陽の応援に行きたいと思ったのは自分なのに、雪愛の喜ぶ顔が見たかったと言ってすごい試合を見せてくれた。

 春陽のスタンスは雪愛も少しは理解しているつもりだ。なのに、自分のためにそのスタンスと反対の行動を取っているように感じるのだ。

 色々と考えているうちに雪愛の中で一つの推論すいろんが思い浮かぶ。

(もしかして春陽くんも私のことを―――)

 にくからずおもってくれているのだろうか、と考えそうになったところで雪愛はあわてて否定する。そんな自分に都合のいいことを考えるな、と。


 雪愛がそんな風に考えていると、ついに春陽が指名された。けど、大人げないイケメンのお兄さんという飼育員の言い方に雪愛は少しムッとしてしまう。春陽のどこが大人げないというのか。今だって春陽は雪愛のためにしてくれているのに。そう、本当ならこんな風に目立つようなことしたくないはずなのに。

 春陽が見事正解を答え、前へと呼ばれた。

「さ、行こう雪愛」

 雪愛にそう言って春陽は立ち上がり、春陽にうながされ雪愛も返事をして立ち上がる。

 二人は飼育員に呼ばれた舞台上へと向かった。


 舞台上で進行役の女性飼育員は少々あせっていた。

(もしかして意外と若い!?)

 春陽達は客席の後方に座っており、遠目に見た春陽は確実に大学生以上に見えた。だが、こちらに近づいてくる二人がよく見えるようになると思っていた以上に若く見えるのだ。

 春陽と雪愛が舞台に上がる。

 舞台から客席側を見ると、舞台をかなめの位置としたおうぎ型で階段状になっている客席から多くの人に見られており春陽はちょっと落ち着かない。

 そんな中、飼育員が確認するように言った。

「えっと、大学生カップルさん、かな?」

「いえ、高校生ですけど」

 春陽の言葉に飼育員は心の中で絶叫ぜっきょうする。

(やっぱりーーーー!!!)

 だが、そんなことは一切いっさい表に出すことなく、進行していく。

「そうだったんですね。それじゃあ、どちらが抱っこしますか?」

「彼女が」

 そう言って雪愛の背に手を当てるようにして春陽が言った。

(ですよね!そりゃ彼女さんのためですよね!)

 二人で来た時からそうだろうと思っていた。どんどんと春陽を指したときの自分の言葉に罪悪ざいあく感がこみ上げる。初々ういういしい高校生カップルの彼氏さんが彼女のために頑張がんばって答えようとしていたというのに……。

「わかりました!それでは彼女さん、こちらにどうぞ、写真もりますからあちらにカメラをあずけてくださいね」

 雪愛はバッグからスマホを取り出し、カメラを起動きどうすると、このイベントの補助ほじょに入って撮影係をしている人に渡した。

 それから、飼育員は雪愛をペンギンの入っているかごの側に立たせると、そっとペンギンの赤ちゃんを抱き上げ雪愛に手渡した。

「このあたりを優しく持ってあげてくださいね」

「は、はい」

 雪愛も初めての経験に若干じゃっかん緊張しているようだ。

「うわー」

 雪愛がペンギンの赤ちゃんを受け取るとその温かさや柔らかさに思わずと言った感じで声を出した。

「すっごくかわいい」

 雪愛の目がキラキラしている。

「それじゃあ、このまま写真撮りますね。彼氏さんもぜひ一緒に!」

「春陽くん、早く早く」

「あ、ああ」

 彼氏さんという言い方を否定したいが、雪愛も気にしていないし、そこは空気を読んでグッとこらえた春陽。

 春陽が雪愛のそばに行くと、雪愛が春陽の方を向いて笑いかけた。

「見て春陽くん、小っちゃくてすごくかわいい」

「そうだな」

 本当に嬉しそうにしている雪愛に春陽の顔もほころぶ。

(何、この美男美女の高校生カップル!可愛かわいすぎるんですけど!?)

 春陽と雪愛を近くから見ていた飼育員が内心でテンションを上げる。

 そこに、撮影係から声がかかった。

「彼氏さん!もう少しってもらえますか?」

 もう少し、もう少しと撮影係の指示にしたがった結果、春陽と雪愛は密着みっちゃくするように並ぶこととなった。

 そのことに若干顔を赤くする二人。

「それじゃあ笑顔でいきましょう!」

 撮影係のその合図で、春陽と雪愛の初デート記念のツーショット写真(ペンギンの赤ちゃん付き)が雪愛のスマホに保存された。

 その後、ゆっくりと飼育員にペンギンの赤ちゃんを返すと、飼育員がかごに戻し、くくった。

「それでは、最後の組となりました、と美人な彼女さんの高校生カップルのお二人、ありがとうございましたー!」

 飼育員のその言葉に客席からも前二組と同じように拍手はくしゅが送られた。

 春陽を示す言葉が先ほどとかなり違うが、今度は雪愛も何の不満も無かった。彼氏、彼女と言われるのは恥ずかしいが、わざわざ否定するのも何か嫌で、春陽が自分のことを考えてくれて優しいのは事実だからだ。

(本当にごめんね!)

 心の中で自分の勘違かんちがいをあやまる飼育員だった。

「春陽くん!本当にありがとう!」

 こうして本日一番の目的だったイベントは雪愛の満面の笑みで終わった。


 イベントが終了したにもかかわらず会場に残っている男女がいた。

 女性の方が何か考え込んでいて席を立とうとしなかったのだ。

「なあ、今のって白月さんだったよな?となりにいたのって―――」

「ちょっと待って。今考えてるから」

 途中でさえぎられた男性がため息をく。

 その女性、瑞穂は先ほど見た光景が信じられず、ずっと同じことを考えていた。

(なんで雪愛があの店員さんと?雪愛は風見とデートするんじゃなかったの?)

 雪愛達と水族館に来る日がかぶってしまったのは本当に偶然だった。瑞穂が予定を組んだ後、雪愛の服を見に行った時に雪愛達の予定を聞いた時は驚いた。それでも被る可能性は最初からあったし、雪愛達とばったり出くわしてもそれはそれでいいかと思い予定を変えることはしなかった。相手の都合もあって今日しか自分達の都合がつかなかったというのもある。

 問題が難しくペンギンを抱っこすることができなかったのは残念だったが、最後の正解者として舞台に雪愛達が上がったのにはすごく驚いた。

 けど、それ以上に、隣にいる男性が春陽ではなく、前に行ったカフェの店員だったことに心底しんそこ驚いたのだ。

 雪愛に春陽以外にも仲のいい男性がいるとは思いもしなかった。雪愛が二股ふたまたしているとも思えない。なんで、どうしてと瑞穂は答えの出ない問いをり返していた。

 少し考えればわかるはずなのだが、春陽の見た目があまりに違うため、同一人物だという可能性は最初から頭になく、一緒にいたのがその春陽だと瑞穂が気づくことはなかった。



 すべてのイベントを堪能たんのうし、館内を一周した春陽達は今お土産みやげショップに来ていた。

 ショップ内を見て回っていると雪愛が一つのぬいぐるみに目をめた。それは今日抱っこしたペンギンの赤ちゃんのぬいぐるみだった。

 雪愛はぬいぐるみが並ぶ中から一つを手に取った。

「それ気に入ったのか?」

「うん。この子が一番可愛いと思って。私赤ちゃんペンギンのぬいぐるみは持ってなくて。さっきの子がすごく可愛かったから……」

 手に持ったぬいぐるみに視線を向けたまま答える雪愛。

 どうやら買おうか迷っているようだ。

 すると、春陽がそのぬいぐるみをひょいと雪愛の手から取り、ちょっと待っててくれと言ってレジへと向かった。

 突然のことに茫然ぼうぜんと雪愛が待っているとすぐに春陽は戻ってきて、「今日の記念に」と小さく笑いながら、ぬいぐるみの入ったお土産袋を雪愛に手渡したのだった。

「あ、ありがとう」

 強烈きょうれつ既視きし感に襲われ雪愛は思わず言葉にまってしまった。

 今の一連の出来事を前にどこかで経験した気がするのだ。必死に考えをめぐらせると思い出すのにそれほど時間はかからなかった。

 小学生のときの大切な思い出だ。もう断片だんぺん的にしか思い出せなくてもあの時の髪留めは今も大切に保管している。

(ハルくんのときと似てる……)

「どうかしたか?」

 春陽が雪愛の様子に首をかしげながら聞いてくる。

「っ、何でもないの。本当にありがとう、春陽くん。すごく嬉しい」

 春陽のその言葉で、春陽と一緒にいるのに一人で物思いにふけるなんていけない、と考えるのを止める雪愛。

「よかった。どういたしまして」

 その後、もらうばかりではということで、雪愛も何か春陽にプレゼントしたいと言い出し、あらためてショップ内を見て回ることになった。

 特に欲しいものはなかった春陽だが、雪愛が春陽にプレゼントしてもらったぬいぐるみを小さくしたようなペンギンが付いたキーホルダーを見つけた。

「これなんてどう?……おそろいなんて嫌かな?」

 そのキーホルダーを見て、家のかぎになら付けられるか、と考える春陽。

「いや、それがいい」

 春陽の言葉に雪愛はすぐに会計を済ませ春陽へと手渡した。

 お礼を言って受け取った春陽はショップを出たところで袋からキーホルダーを取り出すと、家の鍵に付け、鍵を振って雪愛に見せた。

「どうだ?」

「うん。すごくいいと思う!」

 二人の顔には笑みが浮かんでいた。



「なあ、瑞穂。一体どうしたんだよ?」

「雪愛に会って聞きたいことがあるの」

 今瑞穂達は誰かを探すように館内を歩いていた。

 イベント終了後もイベント会場にいた二人は完全に雪愛達を見失っていた。

「いや、こんなところで人を見つけるとか無理だろ」

「それはわかってるけど!なんかモヤモヤするの」

「んなこと言ってもなあ………あ」

 男性の方が頭に手をやりながら前方を見ると、そこに雪愛達を発見した。

 何?と瑞穂が男性の方を向いて聞くと、いた、と一言。

 すぐに瑞穂が男性の視線を追うと瑞穂もショップ前にいる雪愛達を発見した。

 途端とたん、急ぎ足になる瑞穂。

「あ、おい、瑞穂。待てよ」

 男性がそれを追いかける。が、男性が追いつくよりも瑞穂が雪愛達のところに着く方が早かった。

「雪愛!」


「えっ!?」

 突然名前を呼ばれたことに驚く雪愛。

 声のした方へ振り向くとそこには瑞穂が立っていた。

「瑞穂?」

「雪愛、あんた風見とデートで来るんじゃなかったの?なんでその人と一緒にいるの?その人、前に行ったカフェの店員の人だよね?」

 怒涛どとうの質問に雪愛が言葉に詰まる。

「え?ちょ、待って瑞穂。ちょっと落ち着いて」

 そこに瑞穂を追いかけていた男性が追いつく。

「白月さん、突然ごめん」

 心底申し訳なさそうに謝る。

「……新条君?」

 そう、瑞穂と一緒にいたのは和樹だった。

「瑞穂、一回落ち着けって」

「だって!」

「だってじゃないっての。春陽も急に悪かったな」

 その言葉に瑞穂が固まる。

 春陽も今まで誰にも気づかれることがなかったのに、和樹に一目で気づかれたことに目を大きくしていた。雪愛も驚いている。

「え?え?……この人、風見なの?」

 瑞穂は混乱したように、和樹と春陽を交互こうごに見ながら言った。

 そこで、雪愛が一つ息を吐いて、瑞穂に言った。

「春陽くんよ。春陽くんと水族館に行くって言ったでしょ?それなのに他の人と来るわけないじゃない」

(この人があの風見!?)

 混乱する頭で、どうにか雪愛の言ったことを理解し、瑞穂は言葉を失うのだった。


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