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第18話 噂なんて当てにならない。そして仲は深まる

 何とか気持ちを落ち着かせた雪愛が戻って来ると、香奈が困ったような顔で迎えてくれた。

 雪愛がどうしたのか聞いてみると、香奈は、あははと乾いた笑いをして瑞穂達に目をやった。

 どうやら瑞穂はあれからずっと考え込んでいるようだ。

 すぐに察した雪愛だが、どうしたものかと香奈と目を合わせていると、ようやく瑞穂が口を開いた。

「ねえ、未来。もしかして、噂になったのってその推し活が?」

 原因なのだろうか、と瑞穂はたずねた。

 さっきも出ていた未来の噂。雪愛と香奈は知らないため、お互い目を合わせ、首をかしげ合ってしまう。

「そーだねー。だからもう学校ではやってないよー」

「……けど、そんなことでなんであんな噂に?」

「それはねー」

 そう言って、未来は噂をわかって無さそうな雪愛と香奈にもわかるように順を追って話してくれた。


 綾瀬未来。

 彼女は中学の頃から、推しの男性アイドルグループがおり、お小遣こづかいでグッズを買ったり、コンサートに行ったりしていた。そして、それらをSNSに投稿し、同じアイドル好き同士でつながって、どこがかっこいい、こんなエピソードが、と盛り上がっていた。かなり軽めだが、いわゆるアイドルオタクと言ってもいいかもしれない。

 そんな未来は、高校に入学して、友人もでき、順調に学校生活を送っていた。

 残念ながらアイドル好きの友人とは出会えなかったが。

 特に未来も含めて女子四人でいつも一緒にいるようになり、どんどんと仲良くなっていった。

 あれは秋頃のことだったか。いつものように四人で話していると、友人の一人が隣のクラスの男子がかっこいいという話をして皆でキャーキャー言いながら盛り上がったことがあった。

 そのとき、もっと彼の色んなところが知りたいという様なことをその子が言ったのだ。

 未来はこの言葉を、自分の感覚でとらえてしまった。

 自分が推しのアイドルのことで皆と共感し盛り上がっているのと同じものだと。

 今ならわかる。そういう話をした女の子はその男子に淡い想いを抱いている場合が多いと。さらに言えば、女子同士の牽制けんせいといった意味合いもあったかもしれない。

 けれど当時の未来にはそんな複雑なようで単純な心情が本当にわからなかった。


 結果として未来は、その子の言葉から自分でも情報を集めようと思ってしまった。アイドル好き同士でやりとりするときはお互いの情報で話が盛り上がるから同じ感覚だった。

 こういうのは話しているときも楽しいが、情報集めも楽しいのだ。

 だから、未来はその男子と彼が仲良くしているグループの皆と仲良くなり、色々な話をして、いい感じのエピソードが聞ければ、それを友人たちに話すということを繰り返した。

 最初は本当に自分と同じように、えーそんなことがあったんだ!とか彼性格もかっこいいじゃんとか言って皆で盛り上がっていたのだ。


 だが、徐々にその風向きは変わった。

 もしかしたらそれよりも前から不平不満はまっていたのかもしれない。

 その男子に好意を寄せていたであろう友人は未来がその男子と仲良くなっていき、色々と話すのを良く思っていなかったのだろう。

 いつものように未来が話すと、

「ねえ。未来ってさ。最近男子との距離ちょっと近すぎじゃない?」

 そんなことを言ってきた。

 本当は件の彼と、と言いたかったのだろうと今ならわかる。

「えー?別に普通に話してるだけだよー」

 未来が話す男子は別に件の彼だけではない。男子との距離と言われても未来には普通に話しているだけとしか思えなかった。

「そうやってしゃべり方から可愛かわい子ぶって色んな男子にアピールしてるじゃん。そういう見境ないのやめた方がいいよ」

「そんなんじゃないんだけどなー」

 そうやって、と言われても、未来の間延びした話し方はただのくせだ。男子に可愛さをアピールする気なんて全くない。むしろはきはきと話せる人を尊敬しているくらいだ。それに今のところ未来にはアピールしたいような好きな男子はいない。

 なんで急にこんなに責められているんだろうと未来はつい苦笑いが出てしまった。


 だが、この後に起こったことが決定的だった。

 件の男子が、未来が自分のことをこんなところがかっこいいなどと周囲に話していると誰かから聞いて、未来は自分に気があると思い、未来に告白してきたのだ。

 それに驚いたのは未来だ。

 友人たちにそういう話をしたことは事実だが、それは友人が知りたいと言っていたからで、彼に恋愛感情なんて無いのだから。

 当然、未来はお断りした。


 しかし、その事実を知った友人は未来を徹底的に嫌った。

 いつも一緒にいた二人も味方につけて、未来のありもしない噂を流していく。

 しかもその内容はどんどんひどくなっていった。

 未来は、男子をその気にさせて、告白してきたところをこっ酷く振る。男子をもてあそぶ酷い女。男あさりばかりしてヤリまくっている。終いには、彼女がいても関係なく奪うビッチだと。

 未来が気づいたときには女子からは軽蔑けいべつの視線で見られ、男子からは冗談交じりに俺とも、なんて言われた。

 根も葉もない噂のためか、彼女達にそんなに影響力がなかったのか、それほど噂が広まらなかったのが唯一の救いだ。


 それ以降、未来は学校内で男子と普通に話すことはあっても、必要以上に親しくなることも、自分から男子の話をすることもなくなった。


「私が悪かったんだよねー。その子は私がその彼と仲良くするのが許せなかったんだろーねー。結局、告白までされちゃったしー」

 はははと元気なく笑う未来。

「友達も離れていっちゃって、一年の最後の方はきつかったなー。だから二年になってみんなと仲良くなれて嬉しかったんだー」

「未来……」

 三人とも言葉が出ない。

 香奈は悲しそうに顔をゆがめ、瑞穂は何かやんでいるようだ。そして、雪愛は先ほど感じた想いもあり、考え込んでいた。

 未来が春陽を好きかもしれないと聞いて胸が痛んだが、もし春陽から未来に告白したら自分はどう思うのだろう、と。色々考えたが、自分が胸を痛めることはあっても、それで未来を悪く思うということはないだろうなと思った。春陽が未来に告白すると決めたのに、それを未来のせいにするというのは筋違いだろうと。


 未来の友人だというその彼女からしてみれば、自分の気持ちを知っているくせにくだんの彼をたぶらかしたかのように感じたのかもしれない。未来に自分の気持ちを察しろと言いたかったのかもしれない。けれど、その男子が未来に告白したのは未来に全責任があるなんて言えないだろう。その後に彼女達が流した未来の噂は、未来がしたことに対してあまりにも酷過ぎる。


「けど、本当に最初は楽しかったんだー。皆で同じ人のことをワーワー話して、共感して、この話はウケるかなーとか考えるのも楽しかったんだー。でも、もう学校内では怖くてできないからー、それなら外の人でなら楽しく話せるんじゃないかなーって。でもゆあちもここに来てるなら、やっぱりそういうのもダメかなー。どこで誰と誰にどんな繋がりがあるかわかんないもんねー」

 そう言って未来は笑った。

「そんな、駄目なんかじゃないわよ」

 雪愛だって、春陽のことをもっと知ってほしいと思って未来達に話したことがある。共感してもらえるのも嬉しいだろう。意味合いは違うかもしれないが、それが悪いことだなんて雪愛は思っていないし、思いたくない。

 香奈もうんうんと頷く。


 すると、瑞穂が未来の方を向き、頭を下げた。

「ごめん、未来。私あんたのこと最初疑ってた。あんたのいたクラスに知り合いがいて、私も気をつけた方がいいって言われて」

 瑞穂の言葉に香奈と雪愛は驚き、目を大きくする。

 香奈も雪愛も未来と仲良くなって日は浅いかもしれないが、そんな噂を聞いたとしても信じられないという思いは一致していたからだ。

「そうだったんだー」

「うん。でも一緒にいるようになって、言われてたこと全然違うんじゃないかって感じてて。今日教えてもらえてよかった。本当ごめん」

「いいよー。もー」

 それでも瑞穂の顔色はすぐれない。

 すると、未来が笑いながら瑞穂に言った。

「みずっちがを気にしてたってことはー、みずっち好きな人いるんだー?それとも彼氏かなー?」

「なっ!?」

 驚きの声とともに瑞穂の顔が赤くなっていく。

「その反応はー、図星かなー?」

「そうなの瑞穂!?」「そうなの瑞穂ちゃん!?」

 雪愛と香奈の反応は見事に被った。

「ちょ、雪愛も、香奈まで!」

 その状況に楽しそうに笑う未来。

 その後、雪愛達三人は瑞穂を質問攻めにするが、瑞穂は決して口を割ろうとしなかった。

 だが、そんな四人は傍から見ていても本当に楽しそうに、仲良く笑顔でお喋りを続けていた。


 そんな雪愛達をカウンターの内側から見ていた麻理は、近くにいる春陽に言った。

「雪愛ちゃん、すごく仲の良い友達がいるのね」

「ん?ああ。あの四人は学校でもいつも一緒にいますよ」

「あの子何度か来たことあるし、ハルのこと気づかれなかった?」

 未来を指して麻理が聞いた。

「いや、多分気づかれてないと思いますけど」

「あんたのそれ、本当すごいわね」

 呆れたような苦笑を浮かべる麻理。それとはもちろん春陽の見た目の違いについてだ。

「……でも、もうあんまり意味ないかもしれません」

「どういうこと?」

「球技大会が終わってから、一緒にバスケ出たやつらと昼飯食べるようになったり、休み時間もそいつらとか、あそこにいる女子とかと話すこともあって。地味に一人で過ごすとかできなくなってきてるんで」

 春陽の言い様に麻理は思わず笑ってしまう。

「何それ?普通のことでしょうが」

「人と関わると疲れるんですよ。気もつかうし…」

「普通にしてればいいのよ。それこそ悠介といるときみたいに。誰も嫌いな相手に関わろうとなんてしないんだから」

「……そうかもしれませんけど…」

 それでも春陽は人と関わるのが怖いのだ。どんな拍子に手のひらを返されるかわからないと思ってしまう。少しずつ、改善されてきてはいるようなのだが。

 春陽のそんな気持ちを麻理もわかっている。

「それにね、ハルは自分の顔が好きじゃないのかもしれないけど、顔を隠そうとしている人とは色々勘ぐって関わらないようにする人はいても、今みたいに普通に顔を出してる人と理由もなく関わらないようにしようとする人はいないのよ?ハルはイケメンだから余計ね。何が言いたいかって言うと、それでも学校でのハルと親しくなった子達なんでしょ?ハルも意味を感じなくなったのなら、顔を隠すようにする必要なんてないと私は思うわ」

 麻理は出会った時から春陽のことをわかったように言う。それがまたまとていることが多いからたちが悪い。

「…………」

 黙ってしまった春陽に麻理は優しく笑う。

 最近春陽の様子がわずかだが確実に変わってきていると感じる。

 今の話だと周囲の環境も変わってきているようだ。

 いい方向に。

 麻理はそれが嬉しくて堪らなかった。



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