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第16話 二人で過ごす昼休み

 雪愛は一人屋上にいた。

 春陽が以前言っていた通り、通常の昼休みだけでなく、こんな日でも他に人はいない。

 もうすぐ春陽が来るはずだ。


 雪愛は屋上からぼんやり風景を見ながら、今日のことを思い返していた。

『がんばれ、雪愛』

(~~~~~~っ)

 最初に浮かんできたのは、春陽からの応援だった。思い出すだけで雪愛のほほに赤みが差していく。あれは、本当に、本当に嬉しかった。


(今日の春陽くんすごかったなぁ)

 気を取り直して、次に思い出したのは春陽の応援をしていた時のことだ。

 応援中、ずっと心臓が高鳴っていた。春陽から目が離せなかった。

 真剣な表情、自分ではどうやっているのかもわからない動き、まさかあんなにバスケが上手いなんて雪愛は思いもしていなかった。

 また新しい春陽を知ることができた。

(なんでバスケ部入らなかったんだろ?バイトがあるから、かな?)

 バイトと部活の両立が難しいことは雪愛にもわかる。

(それに、ふふっ。佐伯君だけじゃなくてみんなともすごく仲良くなってた気がする)

 バスケに出ていた五人は本当に楽しそうだった。春陽も楽しそうで、見ていて本当に『仲間』って感じがしたのだ。そんな春陽を見て雪愛も温かい気持ちになった。

 突然眼鏡を渡された時は本当に驚いた。けど、前髪からのぞくく春陽の目がすごく真剣で、本気なんだって伝わってきた。

 そんな春陽の表情と春陽が自分に眼鏡をあずけてくれたことに雪愛は顔が熱くなるのを感じたが短い時間だったので気づかれてはいないだろうと思っている。

 最後の試合、終わった後中々顔を上げない春陽には少し心配になった。けれど、その後みんなで笑い合っていたから雪愛はほっと安堵あんどした。

(あれだけ頑張ったんだもの。きっとお腹空いてる、わよね?)

 そう思って、手提てさげ袋に目を向ける。

(喜んでもらえたらいいな)


 そんなことを考えていると屋上への扉が開かれた。

 ギィという音でそのことに気づいた雪愛は扉の方へと身体を向ける。

 入ってきたのはやはり春陽だった。

「悪い。待たせたか?」

「ううん、大丈夫だよ」

「……今日は負けちまってごめんな。折角せっかく応援に来てくれたのに」

 バツが悪そうに謝る春陽。

「えっ!?そんな!謝らないで。春陽くんすごかったよ!」

 謝罪なんてありえない。だから雪愛は慌ててしまった。

「ありがとう。けど、勝って雪愛に喜んでほしかった。……いや、違うな。俺が雪愛の喜ぶ顔が見たかったんだ」

 それなのにダメだったと春陽は苦笑を浮かべる。

 春陽のその言葉に雪愛の顔が瞬間沸騰ふっとうする。

「に、二試合目は勝ってくれたじゃない。春陽くん達が勝って本当に嬉しかったよ?それに最後の試合だって本当にかっこよくて―――っ~~~~」

 回らない頭の雪愛は思わずと言った様子で言葉が出てしまった。自分で言った言葉に恥ずかしくなってしまう。今まで男子に『かっこいい』なんて言ったことは一度も無い。正直思ったこともなかった。それが、自然に出てしまい恥ずかしくなったのだ。

「ありがとう。雪愛の応援すごい力になった。ちゃんと雪愛の声聞こえてたんだ。二試合目もそのおかげで勝てたよ」

 そんな雪愛の内心に気づかず春陽は追撃する。

「……それならよかった。私も春陽くんの応援すごく力になったよ。ありがとう」

「そっか。なら、俺もよかった」

 雪愛は顔を上げられなくなり、うつむき気味に何とか言葉を返したのだった。春陽からは見えないその顔は真っ赤になっていた。


 そんなやり取りをした後、春陽が空気を変えるように雪愛に用件を聞いた。

「それで、今日はどうしたんだ?何かあったか?」

 雪愛は手提げ袋を持つ手に力がこもる。

「あ、あのね。春陽くん、いつもお昼は菓子パンだって言ってたでしょ?今日はいっぱい運動するし、お腹空くかなって思って。それでね、それで……お弁当を、作ったんだけど、……一緒に食べたいなって」

 雪愛の言葉に春陽は目を大きくした。

 仮にもし悠介がメッセージのやり取りを知っていたら、それしかないだろ、とジト目で言われてしまいそうだが、春陽には誰かからお弁当をもらうなんていう発想が無かった。だからその答えには辿たどり着けなかったのだ。

「……いいのか?」

 何とかそれだけを口にする春陽。

「っ!うん!もちろん!」

 雪愛はまるで花が咲いたような笑顔になった。


 こうして屋上で二人きりの昼休みが始まった。

 雪愛の作った弁当は、唐揚げ、卵焼き、ミニハンバーグ、ウインナー等々美味しそうなおかずが詰まっていた。男子が好きそうなもののオンパレードだ。ちなみにウインナーはタコさんになっている。ご飯は食べやすいようにかおにぎりだった。

「めちゃくちゃ美味おいしそうだな」

「ふふっ。ありがとう」

 いただきますをして、片手におにぎりを持ち、春陽は最初に卵焼きを食べた。

「うまいっ!」

「よかったぁ。たくさんあるからいっぱい食べてね」

 確かに二人分にしては量が多いが、春陽も男子高校生だ。試合後でお腹が空いているのもあり、これくらい余裕である。

 それからもパクパクと食べていく春陽。雪愛もそんな春陽に安堵の息を吐き、いただきますをして一緒に弁当を食べていく。

 内心では春陽に美味しいと思ってもらえるかずっとドキドキしていたのだ。

 特に卵焼きは味付けの好みが分かれる。しょっぱいのか甘いのか。雪愛は今回、ご飯に合うようにと思いしょっぱいのを作ってみた。春陽の誕生日の時に、麻理から春陽が甘すぎるケーキは得意ではないと聞いていたことも影響した。


「雪愛はすごいな。こんな美味しいのを自分で作れるなんて」

「そんな、大したことないよ。春陽くんも料理できるじゃない。あの時のオムライス本当に美味しかったもの」

「ああ、店の料理は練習したからな。けど、例えば卵焼きなんて作ったこともないぞ?こんな綺麗に美味しく作れる気が全くしない。まあ家では料理なんてしないんだけどな」

 春陽の料理技術はかなりかたよっていた。

「そうだったの!?」

 春陽の料理がすごく限定的だったことに驚く雪愛。普段の食事内容を聞いた時、家で料理はしないのだろうとは思っていたが。


 その後も楽しく弁当を食べる二人。

 雪愛は気になっていたことを春陽に聞いた。

「そう言えば、春陽くんあんなにバスケ上手いのにどうして部活入らなかったの?やっぱりバイトが忙しいから?」

「ん?ああ、俺バスケ嫌いだったんだよ」

 少しかげりのある笑みを浮かべる春陽。

「えっ!?それってどういう……」

 さらりと言われた言葉に驚き困惑してしまったのは雪愛だ。

「ごめん、ごめん。バスケは小学生の頃からやっててさ。中学の時、バスケ部に入ったんだけど、先輩達には俺が目障めざわりだったみたいでな。まあ嫌がらせがすごくて。最終的には怪我けがまでさせられて、それで部活を辞めて以降はバスケとは関わってこなかったんだ。悠介も中学でバスケ部だったんだけど、俺が辞めた後すぐ辞めちまって」

 そんな雪愛に気づき驚かせてしまったことを謝る春陽だが、そうなった理由も語った。普通に話しているが内容はひどいものだ。

 雪愛の表情がくもっていく。

「そんなっ……」

「そんな顔しないでくれ。今回悠介に誘われて最初はやる気なかったんだけど、今はやってよかったって思ってるんだ。あいつらもすごい真剣でさ。楽しみながらも勝つことを目指して。そんなあいつらと試合ができて……、やっぱバスケは面白かった。そう思えたのも全部雪愛のおかげなんだ」

 そう言って優しく笑う春陽。春陽が自分の事をこれほど語ることはまずない。雪愛を喜ばせたいと思って本気でやろうと決めた春陽だったが、悠介、隆弥、蒼真、和樹とやったバスケは本当に楽しかった。

 春陽達五人は確かに『信じ合える仲間』だった。

 彼らとバスケができたことで春陽の中のバスケに対する思いに確かな変化があった。

 だからだろうか。雪愛にきちんと伝えたいと春陽は思ったのだ。雪愛に知ってもらいたい、という思いもあったかもしれない。

「……ううん、私は何もできてないよ。けど、春陽くんがバスケをするところを見れてよかった。楽しめてよかった。佐伯君たちに感謝だね」

 雪愛もそう言って優しく笑った。


 その後は互いの試合の話などをしながら、気づけば弁当は空になっていた。


「ごちそうさま。。ありがとう雪愛」

 素直な気持ちが春陽の口から零れた。

「ふふっ。どういたしまして。でも大げさだよ」

「いや、本当。俺買い食いばっかだからさ」

「ちゃんとしたもの食べなきゃ駄目だよ?」

「へーい」

「もうっ。やる気ないでしょ春陽くん」

 また同じ注意を受けてしまい、藪蛇やぶへびだったかと思う春陽。

 そんな春陽を見て雪愛は笑った。


「なあ雪愛。弁当のお礼がしたいんだけど何がいい?」

「え?いいよ、そんなの。そんなつもりで作ってきたんじゃないもの」

「いや、何かさせてくれ。俺にできることなら何でもいいんだけど。何か欲しいものとかしてほしいこととかないか?」

 春陽にそこまで言われてしまい、雪愛は欲しいもの、春陽にしてほしいことと考えを巡らしていく。しばらく考えていたが、ふと先日SNSで見たイベントを思い出した。けど、そのためには春陽の時間を拘束しなければならない。ただでさえバイトで忙しいのに。そう思うとやっぱり言い出せない、と悩んでしまっていた。

 雪愛が何か思いついた、というか悩んでいるように見えた春陽はもう一度聞いた。

「何かあるか?聞かせてくれると嬉しい」

 そんな言い方ずるい、と思う雪愛だったが、意を決して春陽に話すことにした。忙しいからそれは無理だと言われたら諦めようと心に決めて。

「あ、あのね。この前、水族館でペンギンの赤ちゃんを抱っこできるイベントがあるって知ってね。それが来月にあるの。行きたいなって思ったんだけど日曜限定のイベントだからまだ誰も誘ったりできてなくて、一人はさすがに無理かなって諦めてて……」

 雪愛は小さい頃、まだ父親の洋一が生きていた頃によく家族で出かけた水族館が大好きだった。部屋にはイルカやペンギン、アザラシ、カワウソといった可愛いぬいぐるみがいくつか飾られている。洋一が亡くなってからは足が遠のいていたが、SNSでそのイベントを知って久しぶりに行ってみたくなったのだ。

 しかし、雪愛は自分の趣味に、それも休日に友人を付き合わせることに申し訳なく思い、誘うのを躊躇ためらっていたらしい。

 雪愛の言いたいことを察したのだろうか。

「一緒に行っていいのか?」

 春陽はそんな聞き方をした。行けばいいのか、なんて言い方をすれば無理をさせていると雪愛は思って遠慮えんりょしてしまったかもしれない。春陽にとっては無意識かもしれないが相手に優しい言葉が選ばれていた。

「いいの!?…でも春陽くんバイトで忙しいんじゃ」

「こっちが一緒に行っていいか聞いてるんだからそんなこと気にしなくていい。問題ないから」

 実際、春陽は働き過ぎなくらいなので、麻理が断ることはない。日頃からもっと休んでいいと言われているくらいだ。春陽は知らないが、麻理は折角の高校生活、バイトばかりではなく、もっと春陽に学校の友達と遊んだりしてほしいと願っている。

「ありがとう!春陽くん」

 満面の笑みを浮かべる雪愛。

 その笑顔に心臓が高鳴るのを感じた春陽だった。

 その後、いつがいいかと決める二人。雪愛はいつでも大丈夫なので春陽の都合に合わせるということで、春陽が麻理に休みをもらったときにする、ということで決まった。


 こうして、初めて二人で過ごした昼休みは温かく胸の辺りがポカポカするような楽しい時間となったのだった。



 球技大会は、男子がサッカーとバレー、女子がテニスでトーナメント進出を果たした。春陽達のクラスは意外とと言っては何だが、スポーツが強かったようだ。

 屋上から戻った春陽は悠介達に誘われ、バスケのメンバーで応援に回ることにした。なぜか、雪愛、瑞穂、香奈、未来の四人とも一緒に回ることになり、大人数での行動となった。ちなみに、春陽は屋上を後にする際、ちゃんと雪愛から眼鏡を受け取っている。

 移動中、瑞穂が春陽に近づき小さな声で話しかけてきた。

「ねえ風見、雪愛のお弁当美味しかった?」

 チラッと瑞穂を見るとニヤニヤと笑っている。

 後ろを見ると、香奈も未来もこっちを見ている。

 どうやら彼女達は事前に知っていたらしい。

 春陽は一度息を吐くと瑞穂に答えた。

「ああ。美味うまかった」

「ふーん。雪愛には伝えた?」

「当たり前だろう?」

「へえ。風見って結構素直なんだ。面白いやつだね」

 瑞穂が言ったのは正直な感想だ。普通の男子なら雪愛から手作り弁当なんてもらったらもっと照れるか隠すかするところだと思う。聞いてきたのが雪愛の友人である自分なら尚更だ。それを春陽は何当たり前のこと聞いてるんだと言わんばかりだ。何となくだが、瑞穂は春陽に雪愛と同じ雰囲気を感じた。恋愛ごとにうといというか、そんな感じがしたのだ。

 実際、瑞穂達は雪愛と合流してすぐ、どうだった?と雪愛に聞いているのだ。雪愛は美味しいって言って食べてくれたと嬉しそうに話してくれた。それで瑞穂は春陽にも聞いてみようと思ったのだ。

 瑞穂は俄然がぜん春陽に興味がいてきていた。

「ちゃんとお礼してあげなよ?」

「わかってる」

 春陽の返事に瑞穂は満足したようだった。


 その後、どういう訳か、瑞穂の提案でメッセージアプリでグループを作ることになった。春陽、悠介、和樹、隆弥、蒼真、雪愛、未来、香奈、瑞穂の九人でだ。今度このメンバーでどこか遊びに行ったりしようということらしい。春陽に拒否権はなく、強制参加だった。


 球技大会についてだが、バレーとテニスはトーナメント一回戦で負けてしまった。

 しかし、サッカーは順当に勝ち上がっていき、なんと決勝戦まで行った。和樹の活躍はすごいものだった。運動神経がいいため、どんなスポーツもできるということだったが、やはりサッカーは別格だった。決勝で三年生に負けてしまったが、和樹が出場しているということもあり、春陽は最後までクラスメイトと一緒に応援した。

 当然、応援には雪愛もいたが、特に誰かの名前を呼んで応援する、といったことはなかったため、サッカーを選んだ男子達が望んでいた形になったかは彼らにしかわからない。


 予選にただ出るだけで後は何もせず寝て過ごしていた去年とは全く違う。春陽が最初から最後まで十二分に参加した球技大会がこうして終わった。


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