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第13話 応援は力になる。される側もする側も

 中間テストが終わった翌日。

 今日から球技大会本番まで、昼休みの時間にグラウンドと体育館が開放される。体育倉庫、体育館倉庫もそれぞれ開放され、練習したい者は自由に練習ができるようになっている。さすがにバレーやバドミントンのネットを張ったりはできないが。


 春陽達のクラスではサッカーに出る九人全員が本番まで連日グラウンドへと向かっていた。早弁して昼休み丸々使って練習している日もあった。ゴール前の場所取りのためらしい。

 サッカーの練習に行っている石橋健吾を除くバレーに出る五人は、できてもレシーブやトスの練習だけだということもあり、期間中、一、二回食後に練習したようだ。


 ちなみに女子は、学校全体で見ても毎日テニスコートや体育館に行くものは少数派だ。やっても一、二回だし、汗をくほどのことはしない。普段はしないことを楽しんでいる、といった感じだ。汗を掻くとその後のケアが大変、ということもあるかもしれない。体育の後と同じだ。だが、本番は真剣になる。その方が楽しいからだ。

 雪愛達も一度だけ四人でシャトルを打ち合った。四人とも中学の授業でやったことはあったようだが、それ以来ぶりで、それぞれ感覚を少しは思い出したようだった。


 さて、バスケに出る和樹を除く四人は、教室で話をしていた。めずらしく春陽が昼休みに教室にいる。そのことに隆弥と蒼真がおどろいていて悠介は苦笑くしょうを隠せなかった。

 そして、昼休みの練習をどうするかという話からバスケをしたことがあるかという話題へと移っていき、

「えっ!?じゃあ安田は中学の時バスケ部だったのか!?」

 悠介が驚いて隆弥に聞き返す。

「うん。でも本当全然だよ。僕背も小さいし動きも遅いから。だから中学まででバスケはめたんだ」

 男子の中でも背が低い隆弥。背が低い場合動きで翻弄ほんろうするタイプが多いが、どうやら隆弥にはそのスピードも無かったようだ。しかし、経験者というのは悠介には嬉しい誤算ごさんだった。

「いや、十分すげーよ!」

「ああ。俺は中学の体育でやっただけだ。というか運動全般ぜんぱんやってこなかった」

 悠介の言葉に同意しながら蒼真が自分の経験を話した。だから球技大会なんて本当に嫌だと顔にありありと出ている。中肉中背の蒼真は勉強に力を入れており、運動はけてきたタイプらしい。

「でも体育でやったならルールとか基本的なことは知ってるってことか?」

「それは、まあ、そうだけど……」

「十分じゃねえか。バスケって面倒なルール多いからな」

 悠介が笑って自然にフォローを入れる。実際トラベリングやダブルドリブルなどルールを知らないとそこから伝えるのは中々骨が折れるため、悠介は本音ほんねで言っている。


 するとそこまで黙っていた春陽が口を開いた。

「安田はもしかして外から打てるのか?」

 春陽に問いかけられるとは思ってもいなかった隆弥は驚きに目を大きくする。

「えっ!?あ、うん。そうだね。できることって言ったらそれくらいかなって思って。スリーの練習ばっかしてたよ」

 まさか、春陽からバスケの内容を聞かれるとは思っておらず、そのことにも驚いた。言っては何だが、春陽とバスケが全然結びつかない。蒼真と同様運動を避けてきたタイプだと思っていたからだ。

 春陽は隆弥の答えに、そうかと頷き、続いて蒼真に話を振った。

「高橋はやりたくないかもしれないが、バスケに出ることは決まってるんだ。折角せっかくならシュート決めたくはないか?」

 次に驚いたのは蒼真だ。隆弥との話にも十分驚いたが、まさか自分にまで、と。春陽への印象は隆弥が抱いていたものと大差ない。だが、春陽の言ったその内容に蒼真は顔をしかめた。中学の体育でさえ、シュートを決めているのなんて運動が得意なやつだけだった。自分みたいなのは右往左往うおうさおうするだけで、たまにパスが飛んできてもすぐに誰かにパスを出すくらいだ。

「…そんなの、できるわけないだろ」

 だからしたい、したくないではなくできないと返した。

 だが、春陽は続ける。

「いや、ミドルならちょっとコツをつかめばそれなりに入るようになる。相手も全員バスケが上手いってわけじゃないしな。どうだ?」

 蒼真だって男子だ。運動ができるやつに羨望せんぼうしたこともある。でも自分には無理だとあきらめていた。だから春陽の言葉に期待しそうになる気持ちとそれを否定する気持ちが混同こんどうした。春陽になぜそんなことが言えるのかと懐疑かいぎ的な思いもある。

「……まあそりゃできるならな。けど毎日練習とかは嫌だぞ?」

 そんな様々な思いから蒼真は後ろ向きな肯定こうていをした。

「ああ、一回だけでいい」

 春陽のそんな積極的な姿に悠介は嬉しさを隠しきれない。

「よっしゃ!じゃあ一回は四人で練習行こうぜ!」

 悠介のその言葉で練習することが決まり、その後も昼休みが終わるまで四人で雑談ざつだんを続けたのだった。雑談時の春陽が自分から積極的に話しかけるということはなかったが、悠介は終始しゅうし楽しそうだった。隆弥と蒼真もこれまであまり話してなかったメンツでの会話を楽しみ、四人は親しくなっていった。


 そうして、球技大会当日を迎えた。

 天気は快晴で雨天中止は無さそうだ。

 月曜に発表された試合スケジュールでは、春陽が雪愛の試合を見に行けるのは一試合目だけだった。雪愛は春陽の二試合目と三試合目を見に行ける。


 登校後、全員が体操服に着替え、担任の東城から当日の注意事項が話された。最後に、優勝目指して頑張りましょう!との声で朝のホームルームは終わり、その後はそれぞれのスケジュールに合わせて個別行動だ。

 球技大会の種目になっている部活をしている生徒達は審判しんぱんも行うため、結構いそがしい。


 春陽のクラスは、朝一の試合に女子のテニスと男子のバレーが入っているため、多くのクラスメイトはそのどちらかの応援に行っている。

 そんな中、春陽と悠介は第一、第二体育館が並ぶところから少し外れた渡り廊下の近くで柔軟じゅうなん運動をしていた。ここからなら外に設置されている時計もちゃんと見える。

 悠介が春陽にこれからどうするか聞いたら柔軟でもしてると言うので悠介も付き合っている形だ。


「俺らもうずっと帰宅部だし、正直朝一の試合じゃなくてよかったな」

 柔軟をしながら悠介が言った。朝はまだ身体が固まっているので、日頃から運動をしている訳ではない二人にとって、ほぐす時間があるのは正直助かっていた。

「ああ。けど、二試合目と三試合目は時間があんまり空かないからな。体力的にきつそうだ」

「眼鏡はどうすんだ?外すのか?」

「…いや、邪魔じゃまになったら外すかもしれないけど基本はこのままだな」


 のんびりとそんな話をしながらじっくりと柔軟を続け、そろそろ雪愛が出るバドミントンの試合時間が近づいてきた。そのことを時計で確認した悠介は春陽に伝え、二人で試合のある第二体育館へと向かった。


 ちなみに、コートの振り分けは、第一体育館がバスケ二面、バレー一面、第二体育館がバドミントン二面、バレー一面となっている。


 春陽達が第二体育館に着くとすでに多くの生徒がいた。人の熱気で少々あつい。雪愛達の試合をするコートはクラスメイトが集まっていたためすぐにわかった。

 三つのコートそれぞれで試合が行われるため、応援も含めれば人の数が多いのは当たり前なのだが、明らかに男子生徒の数が多い。その男子生徒達は学年もクラスもバラバラで一つのコートをなるべく近く、もしくは遠目から見ていた。そう、雪愛がこれから試合をするコートだ。

 第二体育館に入ってすぐ彼らの目当てを察した悠介は苦笑いを浮かべたが、わざわざ触れる話題でもないと小さく息を吐いた。

「お、あそこみたいだぞ。クラスのやつが集まってる」

 悠介がそう言い、二人でクラスメイトの側へと向かった。


 最初に気づいたのは瑞穂だった。

「雪愛。風見と佐伯来てるよ」

「え…あっ!」

 瑞穂の言葉に雪愛が周囲に目を向け、すぐにクラスメイト達の集まっているところに春陽と悠介の姿を見つけた。


 実のところ、昨日の夜に春陽と雪愛はメッセージのやりとりをしており、その時、春陽は雪愛の一試合目の応援に行くことを伝えていた。雪愛も春陽の二試合目と三試合目の応援に行くことと、を一つ伝えていた。そのお願いの内容に春陽は首をかしげたが、わかったと返事をした。


 雪愛が春陽を見つけ、目が合ったと思った瞬間、春陽もそう思ったのか、小さく笑みを浮かべた。

(不意打ちだよ春陽くん……)

 春陽に笑みを返されるなんて思っていなかった雪愛の心臓がトクンと高鳴たかなった。


 バドミントンはダブルスで三ゲーム行われる。時間の関係で、一ゲームは十五点先取制となっており、デュースはない。一ゲームずつダブルスの選手を交代していく。

 先に二ゲーム勝てばその試合は勝ちだが、これは学校行事であり、試合に出れないという人が出ないようにということと、同率の場合トーナメントに進むクラスを勝利数で決めるため、必ず三ゲーム行われる。


 それから間もなく、雪愛達の試合が始まった。ちなみに、朝はいつも通りだったが、今の雪愛は試合に向けてなのか、髪型をポニーテールにしている。気合十分といったところだろうか。

 一ゲーム目は、いい勝負をしたが、対戦相手のクラスが勝った。これで次のゲームを落とせばこの試合の負けが決まる。

 雪愛達は皆で負けた二人をはげましている。応援しているクラスメイトもドンマイドンマイと声をかけていた。


 すぐに二ゲーム目だ。次は雪愛と未来が出るようだ。すると最後が瑞穂と香奈なのだろう。

 次負ければ試合が決まってしまうためか、雪愛は自分でも気づかないうちに少し緊張していた。

 瑞穂達が雪愛と未来に優しく声をかけてくれているが、雪愛の反応が少しぎこちない。ラケットを握る手にも力が入っていた。

 そんな状態でコートに入っていく雪愛の目が無意識にクラスメイト達の方に向けられた。

 正確には春陽へと。

 目が合った瞬間、春陽が少し驚いたように目を大きくしたが、笑みを浮かべて、小さく口が動いた。それを見て、雪愛は一瞬身体をビクッとした後、一度頷き、表情が柔らかな笑顔になった。どうやら緊張は解けたようだ。どうしてか、その頬は薄っすら赤みを帯びていたが。

 その笑顔に周囲にいたクラスメイトの男子達がザワついたが、雪愛も春陽も気にしていなかった。


 春陽の隣で見ていた悠介は、固くなっているように見えた雪愛の様子が変わったのを見て、その原因であろう春陽に聞いた。

「今、白月こっち見てたよな?春陽何かしたのか?」

「別に。大したことじゃない」

 春陽の回答は実にそっけない。

 だが、その回答は何かをしたという意味で―――。

「そうかよ」

 悠介は、くくっと笑った。


『がんばれ、雪愛』

 春陽の口はそう動き、雪愛はしっかりとそれを受け取っていた。



 雪愛がコートに入ると、周囲の男子生徒達がザワザワとし始めた。やはり彼らの目当ては悠介の予想通り、雪愛のようだ。

 瑞穂と香奈は去年も経験した現象に苦笑いしている。この後は雪愛の動きに合わせるように、おおっ!といったような声が上がる。どこを見ているのか、瑞穂達は考えたくもない。せめて自分達のクラスメイトにはそういうのは止めてほしい、少なくとも気づかれないようにしろよと言いたい気分だ。

 そして、少し緊張しているようだった雪愛が嫌がっていないか心配して雪愛を見るが、どうやら心配無さそうだ。どうしてか、さっきまでがうそのように落ち着いている。


 雪愛と未来のゲームも接戦だった。

「未来!」「うん!」

「ゆあちお願い」「ええ!」

 互いに声をかけ合いながら雪愛達はラリーを続けており、一点取っては取られてを繰り返している。

 試合の勝敗がかかった熱戦に瑞穂達の応援にも力が入るが、男子達の声が鬱陶うっとうしい。雪愛がラケットを振る度にどよめきが起こるのだ。雪愛の胸が体操服越しでもわかるほど激しくれるから。一人一人の声は大きくないが、タイミングが同じため目立っている。

 だが、試合に集中している未来と雪愛に気にした様子はない。昨年は雪愛も男子の声や視線を鬱陶しく思っていたが、今年は違うようだ。なぜなら春陽が見てくれているから。春陽が応援に来てくれたことが、雪愛にとって大きな力になっていた。


 試合が終盤に入る頃にはその一進一退の攻防に応援組も熱中し、男子生徒による変な声は目立たなくなった。一方で、雪愛と未来の息が上がってきている。同点の時間が長く、落とせないゲームという精神的なプレッシャーもあり大分疲れているようだ。だが二人の集中は途切れていない。

 試合はとうとう同点のままマッチポイントを迎えた。

「ゆあち」

「ええ、わかってるわ、未来。次で最後ね」

 二人ともれてきた汗を無造作に腕でぬぐう。

「うん。絶対勝とうねー」

「ええ!」

 そして最後のラリーが始まった。これがマッチポイントということで互いに慎重になっているようだ。そんな中先に仕掛けたのは相手チームだった。それを未来がなんとかひろう。相手チームが連続で攻める。今度は雪愛が拾う。そんな展開が何度か続き、決めきれないことに相手選手があせったのか、ここでミスをしてしまう。攻守が切り替わった。未来がスマッシュを打つ。それを相手はなんとか拾った。シャトルは大きなえがいて雪愛のもとへ。雪愛は渾身こんしんのスマッシュをストレートに打ち、シャトルは相手コートに落ちた。

 瞬間、応援組から歓声かんせいが上がる。

「ゆあちー!」

「未来!」

「えへへー、やったねー」

「ええ。勝ててよかったわ」

 二人も嬉しそうに笑っている。

 こうして二ゲーム目はなんとか雪愛達の勝利で終わった。


 今、雪愛達は六人で勝利を喜び合っている。クラスメイト達も勝利にいており、春陽は小さな、悠介はテンション高めな笑顔で拍手はくしゅを送っていた。

 そんな中、雪愛はクラスメイトの方を向くと、一人の人物に向かって満面の笑みを浮かべるのだった。

(やったよ!春陽くん!)


 三ゲーム目は瑞穂の大活躍で、瑞穂と香奈のダブルスは圧勝だった。

 これで雪愛達は一試合目を二対一で勝利した。


 雪愛達の二試合目と春陽達の一試合目は予定時間が見事にかぶっている。雪愛達の三試合目は春陽達の二試合目直前なので、春陽が雪愛を応援するのはトーナメントに行かない限りこれで終わりだ。


 次の試合まで間が一試合しかないため、雪愛達はコートを外れてそのまま第二体育館でクラスメイトの何人かと共に喜び合いながら話している。他のクラスメイトは一斉にサッカーの一試合目に出場もしくは応援のためにグラウンドへ向かった。春陽と悠介は柔軟の続きとアップを済ませ、一試合目に臨むべく第二体育館を後にした。

 その途中。

「なあ、悠介」

「なんだ?」

「応援、来てよかった」

「っ!そうだな」

 春陽は最後に見せてくれた雪愛の笑顔を思い出していた。

 悠介は春陽の顔がとても優しい表情になっていることに気づいたのだった。



 春陽達のアップ中に、隆弥と蒼真が合流し、試合開始ぎりぎりに和樹が合流した。

「悪い。ぎりぎりになった」

 走ってきたのか和樹は少し息が上がっていた。

 サッカーとバスケに出場し、サッカーの審判もある和樹は今日一日結構忙しい。

「いや、大丈夫だから。息整えろよ」

 悠介の言葉に誰も反論などない。みんな和樹が忙しいことはわかっているからだ。

 少し間を空けてから悠介は和樹が走ってくることになった原因について聞いた。

「それで、サッカーは勝ったか?」

「ああ。なんとかな。それで、作戦とかはあるのか?」

 サッカーの一試合目は勝ったようだ。

 息を整え答えた和樹が逆にバスケについて質問する。それに答えたのは春陽だ。

「このチームにセンターができるようなやつはいないからな。外よりに攻める。新条は中でも外でも自由に動いてくれればいい」

「えっ?風見?」

 春陽が答えたことに驚きを隠せない和樹。てっきりこのチームの中心は悠介だと思っていたため、春陽が答えたこと、しかもどうやらバスケにも詳しいことが意外過ぎたのだ。

 和樹の驚きと疑問に苦笑いを浮かべるのは隆弥と蒼真だ。二人は以前やった昼休みの練習で存分に驚いたため、和樹の気持ちがよくわかる。加えて、試合になったらさらに驚くのだろうなとも思っての苦笑いだ。


「ま、基本的に春陽からパスが来るから俺たちは攻めようぜって感じだな。隆弥は外に開いて、蒼真は右側に張るから、新条と俺はそれ以外で中よりだな。ディフェンスは2-1-2って感じでゾーンだ。俺と新条はゴールよりの方な」

 ちなみに外側の2が隆弥と蒼真で1が春陽だ。

 悠介が春陽の言葉を引き継いで和樹に説明する。この短い間に隆弥と蒼真のことも名前呼びになっている辺り、相変あいかわらずのコミュ力だ。

「あ、ああ。わかった」

 戸惑いながらもなんとか頷く和樹。

 そこで思い出したように和樹が付け加える。

「あ、後、俺のことも和樹でいいから。みんなのことも名前で呼んでいいか?」

「おう!」

「もちろんだよ!」

「まあ別にいいけど」 

 和樹のその言葉に対する、悠介、隆弥、蒼真の三人の返事だ。春陽だけは面倒そうな顔をしていた。これだからコミュ力の高いやつは、とでも思っているのかもしれない。

 そんな春陽の反応にみんな似たような表情を浮かべている。

 悠介にとっては慣れたもので、隆弥と蒼真もわずかな付き合いながら何となく春陽が人付き合いを苦手にしていることはわかり、和樹はまあそういうやつもいるよなといった感じだ。


 そして、春陽達の一試合目。相手にも現役バスケ部はいなかった。

 隆弥がスリーを決めた。

 蒼真がミドルを決めた。

 悠介と和樹が外から内からと攻め込んだ。

 その中心で決定的なパスを出していたのは間違いなく春陽だった。


 こうして、一試合目は春陽達の勝利で終わった。


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