「ごめんね。待たせちゃった?」
麻理が男子二人に声をかける。
「いや、大丈夫っす。こっちもさっき出てきたばっかなんで」
なんだか恋人同士の
「お兄、なんか恋人の待ち合わせみたい」
「うっせー」
「待たせちゃってごめんね、春陽くん」
「いや、全然大丈夫」
こちらも似たようなものだったが、誰からもツッコまれることはなかった。
五人は今帰りの電車の中だ。
バーベキューの後に温泉に入り、皆疲れたのだろう。最初は皆で話していたが、今は眠ってしまい、静かなものだった。
春陽の
悠介は楓花の隣の席で、座席を回転させて悠介達の正面に麻理が座っており、左の窓側から春陽、雪愛、真ん中の通路を
悠介と楓花も今は兄妹仲良く
春陽は隣に座っている雪愛をチラッと見た。
雪愛は頭を春陽の肩に
次いで、悠介と楓花、そして麻理に目を向けた。
(みんな今日は楽しかったんだろうか……)
春陽は思考に
春陽が
当時そこには麻理とその
その年の初めに完成したばかりの
一階はお店になっており、麻理が夢だったカフェを開いていた。
麻理は、その夢のために、マイスターやバリスタといった資格を取るなど勉強にも
麻理も貴広もそんなことしなくてもいいと、遊んできていいと言ってくれ、けれど手伝えば春陽を
貴広は高校の教師をしており、麻理はその元教え子だったそうだ。
高校では生活
麻理が二十歳、貴広が二十七歳の時、当時麻理が
貴広が
中学に上がる時には、何か部活でもしたらどうだと強く
中一の五月四日、貴広が『春陽、今日は出かけるぞ』と言って三人で出かけた先が今日来たバーベキューと温泉だった。
最後に家に帰ってからも一イベントあり、この日春陽は初めての経験の連続に、
だが、それからしばらくして、貴広の病気が見つかり、
貴広は曲がったことが大嫌いな人だった。けれど相手の言い分をきちんと聞く
そんな人だからだろう。麻理も笑顔が
だが、だからこそかもしれない。病気が見つかった時には
その思いが麻理もそう思っているという結論に
そうして、今の、誰とも深く関わりたくない、一人がいいと考える春陽ができあがった。もしもの話に意味はないが、もしも貴広と麻理の二人とずっと一緒に過ごせていれば今の春陽は全く違うものになっていたかもしれない。
それでも追い出すこともなく、春陽が中学を卒業するまで住まわせてくれた麻理に春陽は今でも頭が上がらない。
中学卒業と同時にアパートで一人暮らしをしたいと言った春陽に、麻理は店でのバイトを条件に認めた。
麻理は麻理で春陽が自分を責めていることには気づき、何度も違うとそんなことはないと否定しているのだが、ちゃんと伝わっているように思えずもどかしく感じていた。そんな状況で春陽から一人暮らししたいと言われたのだ。家賃はどこかでバイトして
翌年は麻理と二人だし、何もないと春陽は思っていた。麻理も、少なくともバーベキューなどはやるつもりがなかっただろうと思う。
だが、おそらく麻理から話を聞いた悠介がどういう話の流れかわからないが、自分も行くからと提案したのだろう。悠介を入れて三人で今年も行こうと麻理から言われた。
それを聞いた春陽は、貴広が亡くなってそれほど時間も
結局中二の年も、前年とは違う顔ぶれの三人で前年と同じように過ごした。
その翌年には、楓花も参加するようになり、さらに
そして、今年は雪愛まで参加した。
(楽しそうには見えた。楽しいフリとかではなく、本当に楽しんでくれていたなら―――その笑顔が本当のものなら……)
麻理達は優しい人達なんだろうとは春陽自身思っている。
こうして今日という日に集まってこんな
麻理はいつも自分を褒めてくれている。悠介はダチだと言ってくれた、またバスケをやろうと誘ってもくれた。楓花はハル兄と呼び、兄である悠介と同じように
そんな日常の言動一つ一つを言い出せばキリがない。
そんな人たちが自分に心の中では負の感情を抱きながら、優しい言葉をかける、なんてことをするだろうか。
(もし、みんなの言葉がそのまま本心を言っているのだとしたら……)
目に見えない人の心というものはとても怖い。過去に、信じていた
(みんなのことを信じたい―――)
いきなり多くは無理でも、麻理、悠介、楓花、少なくとも彼女達だけは。
閉ざされていた春陽の心がそんな風に少しだけ開かれ始めた。
そしてもう一人。
春陽は、そんな思いを
雪愛。
男性が苦手だという彼女は、それでもこの短い期間に何度も春陽に仲良くなりたいのだとぶつかってきた。
春陽が避けようとしても、麻理たちをも味方につけて、自分が知らなかったところでのことも含めて何度も。
行きに悠介から
春陽自身が嫌だと思っていないのだから。
今日の雪愛の言葉の数々。それらは春陽に真っすぐ向けられていた。
負の側面なんてどこにも無い。
川辺での雪愛の笑顔が
それだけで春陽の胸の奥が再び温かくなった気がした。
悪い気はまったくしない、むしろ
もっと雪愛の笑顔を見てみたい――――まだまだ小さな、けれど確かな想いが春陽の心に
麻理は、店に
続いて、麻理は冷蔵庫からケーキを取りだし、自身でテーブルへと持っていった。
そのケーキは手作りのチョコレートケーキで、中央には『たんじょうびおめでとう』というプレート型のチョコが
全員が着席し、隣の悠介から麻理があるもの――クラッカーを受け取ると、麻理が声を上げた。
「ハル!お誕生日おめでとーー!!!」
「「「おめでとーー!!!」」」
パン!パン!パン!パン!
クラッカーの音とともにみんなの声が重なる。
「ありがとう」
春陽は小さく笑ってお礼を言った。
これが、今日を
というよりもこれが本命だったりする。
貴広がいた最初の時はプレゼントをもらったが、その後は春陽から提案し、プレゼントは無しにしてもらった。
麻理が綺麗に切り分け、それぞれに渡していく。
チョコのプレートはもちろん春陽の分に
「わあ!麻理さんのケーキ今年はチョコなんだ!楽しみ!」
楓花はテンションが上がり、
「これ麻理さんの手作りなんですか!?すごい!」
雪愛はその綺麗なケーキに
「ありがと。見た目より甘さ
それから、ケーキを食べながら今日の思い出話に始まり、学校での出来事など話題は
一時間程があっという間に経ち、六時を回ったところで解散することとなった。
中学生もいるし、それぞれ夕飯の時間もあるからという理由だ。
悠介と楓花が一緒に帰っていくのを見送ると春陽が何か言う前にと麻理が先手を打った。
「さて、片付けは私がやっておくからハルは雪愛ちゃんを送っていってあげて」
いつもは最後、麻理と春陽で片付けをして、去年からは春陽は自分のアパートに帰っていた。
「わかりました。すいません、任せちゃって」
「すいません!」
一緒に
「気にしないで。今日は来てくれてありがとう雪愛ちゃん。本当に楽しかったわ」
「私こそ!本当に楽しくて。誘ってくださってありがとうございました」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいわ。これからもハルのことよろしくね?」
「っ、はい!任されました!」
「ふふふっ。じゃあ気をつけて帰ってね」
「はい!」
「………………」
春陽は何だこのやり取りはと思いながらも無言を
雪愛の家への帰り道。
「
雪愛の言う通り、春陽は店を出るタイミングで眼鏡を外していた。髪まで
「ああ、もともと
「そうだったの!?」
雪愛は学校では眼鏡をかけているし、バイト中はコンタクトをしているのだろうと思っていた。それがまさか伊達メガネだったとは。
「前髪で目元隠して、眼鏡かけて自分から人と関わろうとしなきゃ、見た目と態度でみんな勝手に俺を陰キャと思ってくれるから楽なんだよ」
「そうだったんだ……」
雪愛は春陽の新事実をまた一つ知った。
雪愛の家までの道のりは一度行っているので今回はスムーズだ。
今日も自然と春陽は車道側を歩いている。
そのことについ笑みが浮かぶ雪愛。
「どうした?」
それに気づいて春陽が声をかける。
「ううん。何でもないの。今日は本当に楽しかったなぁって」
「それならよかった」
悠介とも友人になれたし、楓花とも仲良くなれたし、麻理とも今までより仲良くなれたと
「それに、春陽くんとも前より仲良くなれたって思うから」
笑顔でそんなことを言う雪愛に、
「そうだな」
と言って春陽の口元にも小さくだが笑みが浮かんだ。
春陽のその返事と表情が嬉しくて、雪愛は笑みを深めた。
「それにしても春陽くんのお誕生日、バーベキューに温泉に、イベント盛りだくさんって感じだね」
何気なく雪愛は言っただけだった。だが―――。
「いや、多分それは俺がそれまで誕生日を
えっ?と雪愛は驚きと疑問の表情で春陽の顔を
「悪い、今のは忘れてくれ」
「………うん」
春陽に言うつもりが無い以上、雪愛には
そうして、歩いていると雪愛の家の前に着くのはあっという間だった。
「それじゃあ―――」
「待って」
一言言って、
「どうした?」
「あのね、渡したいものがあるの。麻理さんからプレゼントは無しって聞いてたんだけど……。受け取ってもらえたらって」
そう言って、持っていたバッグから小さな箱を取り出す雪愛。
箱には可愛らしいリボンが付いている。
「……ダメかな?」
「っ!?あ、いや。……悪い。驚いただけだ。ありがとう。開けてみていいか?」
そう言って春陽は小箱を受け取った。
「う、うん。あのね、男の人へのプレゼントってどんなのがいいか全然わからなくて。バイト中の春陽くん、よく
ちょっと
小箱の中身は髪留めらしい。
春陽は
中には雪愛の言うとおり髪留めが入っていた。
銀色のシンプルな髪留めにはアクセントに小さな四葉のクローバーが
「ありがとう」
「うん!フェリーチェってお店の名前にも合ってると思ってそれにしたの」
フェリーチェ―――意味は幸せだ。
優しく笑う春陽に雪愛の心臓が
すると、春陽が髪留めを手に持ち、実際に髪を留めようとする。しかし使ったことがないからか中々うまくいかない。
「……悪い。つけてもらってもいいか?」
「っ!?あ、うん。ちょっと動かないでね」
春陽は雪愛に髪留めを渡すと、少し
雪愛は春陽から髪留めを受け取りそっと春陽の髪に
(サラサラだ)
雪愛はドキドキしながらもそんな感想を
「できたよ」
すぐに、髪を留めることができた雪愛は春陽に声をかけた。
元の姿勢に戻った春陽は、
「どうだ?」
自分では見えないので、雪愛に感想を聞いた。
「すっごく似合ってる!」
雪愛は笑顔で言った。
「そっか。ありがとう。大事にする」
春陽も笑みを浮かべていた。
「雪愛は誕生日いつ?」
「えっ!?」
突然の
「雪愛の誕生日はいつ?」
春陽は
「私の誕生日、十二月二十四日なの。クリスマスイブなんだ」
誕生日がクリスマスイブということもあり、家ではクリスマスと誕生日が同時に祝われる。友人とクリスマスに遊ぶときなんかもクリスマスプレゼントの交換が自分に対しては誕生日プレゼントも
そういった経験もあり、ちょっと恥ずかしいようだ。後は単純にイブが誕生日という事実に対してか。
「わかった。絶対覚えとく」
「っ~~~~………」
雪愛の顔が恥ずかしさとは違う理由で赤くなっていく。
「それじゃあ、今度こそまたな。プレゼントありがとう」
春陽が今度こそ別れの
「うん。またね。こちらこそ今日はありがとう。お誕生日おめでとう」
春陽は空の小箱を手にアパートへと帰っていった。
その日の夜。
雪愛は一人ベッドで枕を
沙織とご飯を食べているときも、
今は部屋で一人のため、
嬉しくて嬉しくて、顔は熱いし、心臓の音も煩いし、本当にどうにかなってしまうんじゃないかと思うほどだ。
「今日は本当に
バーベキューは初めての経験で
雪愛―――そう呼ばれるだけで本当に嬉しかった。
プレゼントを渡したときの春陽はちょっと反則なくらい優しい
そこでまた雪愛は悶える。
これの繰り返しだ。
だが、一つだけ気になっていることがある。
春陽が途中で止めてしまった言葉だ。
『いや、多分それは俺がそれまで誕生日を祝ってもらったことなんてなかったから』
(あれはどういう意味だったんだろう。…お祝いをしないお家だったとか?)
考えても答えは出ない。
春陽のことをもっと知りたい。そして自分のことも春陽に知ってもらいたい。そんな風に思う雪愛だった。
さすがに疲れていたのか、それほど時間はかからず眠りに
二日後、連休最終日の夜。
麻理から一通のメッセージが届いた。
『雪愛ちゃんのプレゼントだって聞いたから』
という一文とともに
そこには、隠し
雪愛は
そしてそれを見て、雪愛がニヨニヨ顔になったのは言うまでもない。
しばらく悶えたことも言うまでもないことだった。