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第8話 裸の付き合いは本音を引き出す

 今日の予定の二つ目。 

 春陽たちは日帰り温泉施設しせつまでやってきた。ここには、温泉が露天ろてん風呂とうち風呂の二か所、岩盤浴がんばんよくにサウナ、炭酸泉たんさんせん寝湯ねゆもあり充実じゅうじつした内容だ。


「それじゃあ、二時間後に集合ね」

「また後でね、春陽くん!」

「ああ、また後で」


 麻理の言葉でそれぞれ男湯と女湯に入っていった。


 今、春陽と悠介はとなり同士ならんで座っている。二人とも細身ほそみではあるが、その身体は引きまっている。全身から汗をき出し、顎先あごさきから汗がぽたぽたと落ちていた。


 二人は最初にサウナに入っていた。


「なあ、春陽。一つ聞きたいんだが?」

「なんだ?」

「……お前、白月のこと雪愛って呼んでなかったか?」

 悠介は横目に春陽を見ながら言った。その目は若干じゃっかんジト目になっている。

「呼んだな」

 あっさり認める春陽。

 川辺かわべから戻ってきた後、ギクシャクした感じがうすれ、二人の雰囲気ふんいきやわらかくなったように悠介は感じた。

 何があったかはわからないが、よかったとその時は思ったのだ。だが、すぐに目を見開くことになる。春陽が雪愛のことを『雪愛』と名前で呼び、雪愛も『春陽くん』と呼び方が変わっていたのだ。

 一度目は聞き間違いかとも思ったが、何度もあれば聞き間違いではない。そうなると今度は一体何があったんだと気になるというもの。

 普通の男女ならしたしくなれば名前で呼び合うことなど自然なことかもしれない。悠介自身女友達で名前呼びする相手は普通にいる。

 だが、それが春陽となると話は変わってくる。春陽はそもそも他人と関わるのをけていた。それがなぜ急に、と。

 雪愛の気持ちはなんとなくこの間話を聞いたときにさっすることはできたが、あの感じでは自覚しているかあやしいレベルだろう。

 そんな二人が突然わずかだが確かに一歩近づいたのだ。


「何かあったか?二人で何か話してたよな?ほら、川辺で」

「特に何もなかったぞ?」

「じゃあなんで急に二人とも呼び方変わったんだ?」

「雪愛の方は理由は分かんねーけど、俺が好きに呼んでくれていいって言ったらそうなった。俺はそうして欲しいって言われたからだな。さすがに学校だと色々怖いが、このメンバーならそう呼んでも特に問題ないだろ?」

「今だけってことか?」

「そりゃそうだろう」

「……まあ春陽がそう思ってるならそれでいいか」

 あの呼ばれただけで嬉しそうにしていた雪愛を思い出せば、雪愛が今だけだと思っているか悠介にははなはだ疑問だった。

 学校でも変わらないのではないか、と。だが、だからと言って自分にできることは何もない。だからこその言葉だった。

「…どういう意味だよ?」

「なんでもねーよ。俺はそろそろ水風呂行くわ」

 春陽の方は、悠介の奥歯おくばに物がはさまったような物言いにまゆせたが、悠介はそれ以上この話をするつもりがないようでそのままサウナを出て行った。

 かれこれサウナに入って十五分になろうとしている。春陽もそろそろ限界だと、水風呂に向かったのは悠介が出て一分後だった。


 二人は水風呂にかった後、休憩きゅうけいスペースにあるデッキチェアに座りととのえた。もちろん水分補給ほきゅうもばっちりだ。

 その後は身体を洗い、露天風呂、炭酸泉、寝湯と時間いっぱいまで満喫まんきつした。岩盤浴には行かなかったようだ。


 一方、女性陣は、現在三人で炭酸泉に浸かっていた。

 三人は一番最初に岩盤浴に行き、身体を洗った後にこの炭酸泉に入ったところだ。

 雪愛はその綺麗きれいな長い黒髪くろかみをアップにしてまとめている。楓花も髪が長いため、雪愛同様アップにしている。

 楓花は腕や足についた小さなあわを取って遊んでいたが、ふと違和感に気づいた。


 その違和感に、まずは自分のとある部分を見た。うん、見慣みなれた光景こうけいだ。次に、麻理を見た。自分よりもわずかに大きいが、あまり差はない。やはり見慣れた光景だ。そして、あらためて違和感の正体を見た。

 うん、間違いない。そこには都市伝説のようなものとして、そうなるらしいと聞いたことがあるが、今まで見たことのない光景が広がっていた。

 服の上からでも大きいことはわかっていた。わかっていたが、まさかくなんて!と楓花の衝撃しょうげきすさまじいものだった。

「ふぉぁぁぁあああああ!!!?」

 その衝撃そのままに楓花は目を見開き、思わずさけんでしまった。

「楓花!お風呂でさわがないの!」

 だが、楓花に麻理の注意は聞こえていない。目は雪愛の胸に釘付くぎづけだ。

「ゆ、雪愛さんのお、おっぱいが浮いてる!」

「えっ!?」

「…………」

 驚いたのは雪愛だ。まさかそんなところを見ていたなんて。楓花の目がちょっと怖い。麻理はスルーした。

「雪愛さん!雪愛さんって何カップあるんですか!?教えてください!」

「ええっ!?」

 雪愛は突然何を言い出すのだこの子は、と思ったが、楓花の目はマジだった。雪愛の胸を凝視ぎょうししてはなれない。

 雪愛は楓花が教えるまであきらめないだろうことを感じた。

「………Fよ」

「え、ふ……」

 楓花は雪愛の答えたサイズをつぶやくことしかできなかった。

 楓花の友人の中では大きい子でもCカップの子がいるくらいだ。自分自身はAだし、麻理は良くてBだろう。Fというのは未知みち領域りょういきだった。


 麻理も最初から雪愛の胸が浮いていることには気づいていた。そして自分にはないそれに愕然がくぜんとした。自制じせいできたからいいが、内心では『うがぁぁああああ!!!』と叫んでいた。巨乳へのコンプレックスは本物のようだ。

 エフという雪愛の答えに目が死にかけている。


「ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんでさわってみていいですか!?」

 楓花は両手をわきわきさせながらじわじわと雪愛ににじりっていく。それは触るというよりもむ気満々のようだ。

「さわっ!?ちょっ、楓花ちゃん待って。ちょっと怖いわよ!?」

 雪愛は自分の胸元を腕で隠すようにして楓花に言った。

 腕に押されて雪愛の胸が形を変える。

「減るものじゃないし、ちょっとだけですから。その感触をぜひ―――あいたっ」

「落ち着きな楓花」

 麻理が楓花の頭をぺちっとたたいてめた。

 思わずといった感じで頭に手をやる楓花。痛くはなさそうだが、うらみがましそうに麻理を見る。

「だって、麻理さん。エフだよ。エ・フ!どんな感じか気になるじゃん」

「雪愛ちゃんが引いてるわよ」

「雪愛さん…ダメ?」

 雪愛が引いていると言われ、雪愛を見る。確かに引かれてる…。それでも諦めきれないのか今度はちょっとしおらしい。

 そんな楓花に、はぁっと深いため息をいて雪愛は言った。

「……指で触れるくらいならいいわよ」

「雪愛さん!」

 雪愛からの許可きょかをもらった楓花は雪愛の近くに行くと、そっと指の腹を雪愛の膨らみに押し当てた。

 自分の指がしずみ込んでいく感覚。力を抜けばやわらかく押し戻そうとする。それを体験した楓花は、

「ふぉぁぁぁあああああ!!!?」

 再び叫んだ。

 麻理に再び注意された楓花だが、今の感動体験は余程よほど衝撃が強かったのか、自分の指を見つめていた。

 その衝撃から少し持ち直した楓花が、

「雪愛さん!どうしたらそんなにおっぱい大きくなれますか?」 

 今度はそんな質問をした。

 楓花はこの話題では先ほどからなぜか雪愛への言葉づかいが丁寧ていねいになっている。

「そんなのわからないわよ……」

 雪愛はつかれたように答えた。雪愛自身は大きくしたいと望んだ訳でもない。何かをした訳でもない。自然と大きくなってしまったのだから。

「何か、何かありませんか!?」

 楓花は必死だ。どうやら楓花としては大きくなりたいらしい。

「はぁ……。よくは知らないけど、胸の筋肉をきたえるとか、バランスのいい食事を取るとか、かしら?」

 雪愛はため息を吐くと、一般的なバストアップ法を言った。

 楓花もそれくらいは知っていた。というか現在進行形で実践じっせんしている。

「ちなみに……雪愛さんが中三の頃ってどれくらいでした?」

「……Eよ……」

 雪愛は楓花の様子から非常に言いづらそうに、しかし本当のことを言った。

「っぐはっっっ!!!」

 楓花は絶望ぜつぼうした。元々のポテンシャルが違いすぎた。雪愛は自分と同じ年の時にすでにE。自分はAだ。


「で、でも楓花ちゃんもまだまだこれから大きくなることはあるはずよ!高校の友だちもこの一年で大きくなったって言ってたし」

 ちなみに、それは瑞穂のことだ。サイズがCからDになってしまって、肩が凝るからこんなにいらないし、下着を買いえなきゃいけないのが面倒だと愚痴ぐちっていた。雪愛も同じ思いだったため、その時は愚痴で結構けっこう盛り上がった。


 雪愛は楓花の落ち込んだ様子からなんとかはげまそうと声をかけるが、それは悪手あくしゅだった。

「……その人のサイズって?」

 雪愛自身楓花にわれて、しまったと気づいたが遅かった。

「っ!?………Dになったって……」

 大きい人がさらに大きくなる。それは自分のように小さい人が大きくなるのとは似ているようで違う。楓花にとってはただの追い打ちだった。

「………神様は不公平ふこうへいだぁ…」

 楓花はがっくりと項垂うなだれた。


 そこでこの話題になってから初めて麻理が口を開いた。

「楓花。胸なんて大きくてもいいことなんてないでしょ。肩はるし、服だって似合いにくかったりして――」

「……麻理さんに何がわかるの?」

「ああっ!?」

 思わずと言った感じで出てしまった楓花の言葉に、麻理の目が一瞬でり上がった。

「ひっ!ごめんなさい!」

 そこで、雪愛が麻理に同意するように言った。

「ま、麻理さんの言う通りよ。肩は凝るし、着れる服も限られる。下着もかわいいのは少ないしね。夏なんて汗もかきやすいし。……何より男性の視線がね。あれは気持ちのいいものではないわ」

 最初は心底しんそこ面倒そうで、最後は少しかげのある表情を浮かべていた。

 麻理はその表情を見て何か思うことがあったのか思案しあん顔だ。

「視線って……?」

 楓花も雪愛の表情には気づいたが理由がわからなかった。

 楓花自身、スタイルのいい人に目がいってしまったことはある。露出ろしゅつが多かったりすると、すごっ!って感じだ。友人とまちを歩いているときなどに今の人すごかったね、なんて話をしたこもある。イケメンや美人を見た時もそんな話をした覚えがある。

 楓花の疑問に雪愛は何と答えたらいいものかと考えた。女性同士だし、麻理にはたくさん親切しんせつにしてもらいお世話にもなっている。楓花とも今日一日で随分ずいぶん仲良くなれた。だから答えたくない、という訳ではない。

「うーん、なんて言えばいいのかな。……自分のことを性的な目でばかり見られてる気がするっていうか……」

 それは楓花にはまだよくわからない感覚だった。

 だが、麻理は何かを察したのか雪愛に聞いた。

「……もしかして、雪愛ちゃんが男性が苦手っていうのはそれが原因?ごめんね?前に悠介から学校でそんなうわさがあるって聞いて」

 麻理の言葉に雪愛は苦笑にがわらいを浮かべた。

「春陽くんにもそんな噂があるって以前言われました。友達にも言ってますから知ってる人は結構いるのかも。……苦手っていうのは間違ってはないんですけど実は正しくも無くて…。私、男の人が嫌いなんです」

 楓花の息をむ音が聞こえた気がした。

 麻理は無言をつらぬいている。

「さっきの話じゃないですけど、中学生になったあたりから胸が大きくなっていって……、そしたら、そこばっかり見てくる同級生とか、先生にもそんな人がいて。それが嫌で嫌で気づいたらって感じです」

 雪愛はそう言って苦笑くしょうを深める。

 思春期ししゅんき多感たかんな時期に、そんなことがあれば仕方のないことだろう。自分自身でも身体の変化に戸惑とまどう時期に、不特定多数の異性からそんな目を向けられ続ければ嫌に思うのも無理もない。

「そっか……それはつらかったわね」

 同じ女性として、当時の雪愛を思うと胸がいたんだ。自分がそんな目で見られれば相手をぶんなぐっていただろう。特にその教師、そいつは今からでもぶん殴ってやりたいほどだ。生徒にトラウマを与えるなんて教師の仕事をなんだと思っているんだと怒りがふつふつといてくる。

 楓花にはそんな経験は無かったが、自分がもしそうだったらと思えばやはり嫌だろうと思った。女の子同士であっても、そういった話をすることすら仲良くなった子だけだ。


 楓花は雪愛の話でどうしても一つ気になってしまい、雪愛におそる恐る聞いた。

「雪愛さんはお兄とハル兄も嫌い?今日もしかして楽しくなかった?」

 今日自分は雪愛と出会えて嬉しくて楽しかったが雪愛にとっては嫌な時間だったのではないかと心配になったのだ。


 その問いにあわてたのは雪愛だ。

「そんなことないわ!バーベキューとっても楽しかった。春陽くんも佐伯くんも嫌な感じは全然しないの。楓花ちゃんとも仲良くなれたし今日は本当に来れてよかったって思ってるわ」

 雪愛の必死な表情と言葉に楓花が安心したように小さくそっかとつぶやいた。

「私も!雪愛さんと仲良くなれてすっごくうれしい!」

 そして笑顔で自分の気持ちを伝えた。その笑顔を見て、誤解ごかいされなくてよかったと雪愛は安堵あんどの息をいた。


 二人が落ち着いたのを確認し、麻理は空気を変えるように雪愛に言った。

「ねえ雪愛ちゃん。私としてはハルの呼び方が変わったことについて聞きたいなあと思うんだけど」

「えっ!?」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべていることから楽しんでいるだけかもしれない。


 麻理の言葉に、おたがい名前で呼び合えるようになったことの嬉しさとその過程かていがちょっと強引ごういんだったかという気恥きはずかしさで雪愛の顔がお風呂とは関係なく見る見るうちに赤くなっていく。


「あ、それ私も気になってた!」

 楓花も追随ついずいする。

「それじゃあ逆上のぼせちゃいけないし、すずむのもねて露天風呂行かない?それならゆっくり話もできるし。ね?」

 楓花は元気よく、雪愛は消え入りそうな声で「はい」と返事をした。



 露天風呂では特に楓花が盛り上がっていた。


 楓花はキャーキャー言いながらテンション高く雪愛に質問しては、またキャーキャーというのをり返し、雪愛はそれに、しどろもどろになりながらも自分の気持ちを正直しょうじきに答え、麻理は過度かど揶揄からかうこともなく微笑ほほえましそうに雪愛を見つめ、時折ときおり楓花の暴走ぼうそうを止めながら、三人で話に花をかせた。

 ちなみに、この話の中で、楓花は雪愛を雪愛ねえと呼ぶようになった。

「ハル兄はハル兄だし、雪愛さんのことも雪愛姉って呼ぶね」ということらしい。


 そうして、あっという間に時間は過ぎ、麻理達はそろそろ出ようか、と脱衣所だついじょに向かった。


 脱衣所にて。

 雪愛は今ドライヤーで髪をかわかしている。

「雪愛姉可愛すぎるんですけど。こっちまで顔が熱くなって鼻血出ないか本気で心配になった」

「ふふっ。そうね。こっちまで幸せな気持ちになったわ」

「あんなに可愛くておっぱいもおっきくて、なのに名前呼びできるってだけであの笑顔はもだえ死ぬかと思った」

「胸は関係ないでしょうが。…それだけ純粋じゅんすいなのよ」

「雪愛姉の男嫌いって、絶対後ろに『ハル兄をのぞく』って付くよね」

「それにハルが気づければいいんだけどね」

「あー、ハル兄鈍感どんかんだからなぁ」

「ハルも純粋なのよ。あたたかく見守ってあげましょう」

「もちろんだよ!こんなおもしろ――じゃなくて、素敵すてきな二人のこと見逃みのがせないもん」

「楓花はちょいちょい暴走しすぎよ」


 二人がそんな話をしていたことを雪愛は知らない。


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