駅とは反対方向に向かっているので、どうやら駅と自宅の間にフェリーチェはあったらしい。春陽の住むアパートとは真逆の方向だった。
フェリーチェを出てから二人に会話は無かったが、
「……同級生だってこと
「ううん。でもどうして知られたくなかったのか聞いてもいい?」
「…あんまり学校のやつと関わりたくなかったんだ。
「…じゃあ、どうして助けてくれたの?」
「……自分でもわからない。考えるより前に
「そうなんだ…」
雪愛はもっとハルのことが知りたくてさらに一歩
「あの…クラスとか名前とかは教えてはもらえない?」
「?麻理さんから聞いてるんじゃないのか?」
「ううん。麻理さんから聞いたのは同級生だってこと――後は、
「……それなら別に良くないか?学校でわざわざ話したりすることもないだろうし」
「よくない!
同級生とわかってハルも認めたためだろうが、いつの間にか呼び方がハルくんになっている。が、春陽は特に気にしていない。同級生ってバレたんだし、さん付けはおかしいよな、くらいにしか思っていない。
「??どうして?
「っ!?…それは本当…。でもね!ハルくんは全然
それどころかハルと話しているのは
春陽はなぜ雪愛がこんなに自分のことを知ろうとするのかわからない。どうやら雪愛の噂は本当で、自分は嫌ではない、ということはわかった。だが、どうしてそれが仲良くなりたい、になるのか。嫌な感じがしないだけで自分も雪愛の苦手な男なのだ。仲良くなろうとなんてしなくていいはずだ。助けられたことに
「店に来るなら、そこで会うこともあるだろうし、それでよくないか?」
春陽はわからないからこそ雪愛の言葉を
雪愛は自分の言葉が
しかし、同時にここで何を言ってもハルは答えてくれないだろうとも思う。もう少しで家にも
だから、雪愛は決めた。
別に本人に聞く必要はないのだ。各学年八クラスもあるから大変だが、
そして、
そう決めたら雪愛の心はすっと軽くなった。
足を止めてハルと向き合うように立つ。
「それだけじゃ嫌だけど。今はわかったと言っておくわ。そこが私の家だからここまでで
雪愛が
今はわかったという言い方に
「いや、大したことはしてないから。それじゃあここで」
雪愛もそれじゃあ、と返すとそのまま家の方に歩いていった。
春陽のいるところから雪愛が見えなくなるまで見送ったところで春陽はしみじみと
「今日は本気で
春陽はとぼとぼとした
家に入った雪愛はリビングに
どうやら母はすでに帰ってきているようだ。
リビングの扉を開け、母にただいまと声をかけた。
「おかえりなさい、雪愛。遅かったわね」
雪愛の母、
沙織と雪愛はよく似ている。髪は肩のあたりまでと雪愛よりも短いが、スタイルもよく、二人が並ぶと姉妹に見えるほど若々しい。とても高二の子供がいるようには見えない。二十代
「母さんこそ思ったより早く帰れたのね。お仕事お疲れ様」
「ええ。クライアントの
「今日はね、前から行きたかったフェリーチェでオムライス食べてきたの。すごくおいしかったよ」
「っ!?…そうなの。あなた前から行きたがっていたものね」
「うん!他のもおいしいって言ってたしまた行きたいなって。今度は母さんも一緒に行こ?」
「そうね。都合がつけば一緒に行きましょう。さあ、あなたも早くお風呂入ってきちゃいなさい」
「はーい」
そして、雪愛はお風呂に入り、ピンク色のパジャマに着替えた後、沙織と一緒にハーブティを飲んで、寝る準備を
雪愛の部屋は女の子らしい
ベッドに横になりながら雪愛は今日のことに思いを
その中心は、
(ハルくん……)
ハル、つまりは春陽のことだった。
(どうしてこんなにも気になるんだろう……)
出会いは確かに
男達に
けれど、それだけならば感謝こそすれ、ここまで気になるものだろうか。
(同じ名前の
『ハル』という名前を聞いた時に、雪愛の頭に一瞬
(もう五年以上も前になるんだなぁ。もう一度会いたくて何度も公園に行ったっけ)
ハルの顔などは
もしも、再び出会えていたら、雪愛はそれが初恋であったと気づいたかもしれない。しかし、
その後の雪愛はどんどん男性が苦手になっていき、告白をされることはあっても自身の恋とは
雪愛は
そこには、ハルからもらった髪留めが今も大切に
(あのアドバイスのおかげで、その夜は母さんと二人でいっぱい泣いたっけ。けどそのおかげで母さんと二人で悲しみを乗り
どうしても当時を思い出すと次々と思考が当時のことに
けれど、過去の『ハル』と今日出会った『ハル』を重ねているという訳でも無さそうだと雪愛は自身の
二人が同じなのはその呼び名だけで、記憶の中の『ハル』とは印象が
結局気になる理由は雪愛自身わからないまま、あらためて、明日学校で彼を見つけたらなんて話しかけようか、なんてことを考えながら雪愛は眠りにつくのだった。
雪愛が小学五年生の頃、父の
『
『だな。すぐ勉強しろばっか言うしな。すっげーうぜぇ』
『死んじゃったもんはしょうがねえじゃん。泣いたって生き返るわけじゃないんだし!』
それはもしかしたら、
目に涙を
『お前ら!女の子一人に何やってんだ!』
それは同じ年くらいの男の子だった。
彼は一度家に帰ったのか、ランドセルは持っていなかった。
何だよお前、お前には関係ないだろ、という男の子達だったが、
『この子泣いてるじゃないか!お前らが泣かせたんだろ!』
その子はすごい
外から見たら、一人の女の子を囲む三人の男の子の構図は完全にイジメているようにしか見えなかった。
自分達が雪愛を泣かせた、ということに同級生の男の子達は後ろめたくなったのか、学校で先生にでも
『もう大丈夫だから』
そう言って、その男の子は雪愛の頭を優しく
その手の優しさに、
その間もその男の子は黙って頭を撫で続けてくれた。
まだ、息がひっくひっくとなっていたが、涙も止まり、だいぶ落ち着いてきた頃、その男の子は雪愛の様子を
『俺は―――。みんなにはハルって呼ばれてる。君は?』
雪愛も名乗り、当時友達にゆーちゃんと呼ばれていたからそうハルに答えた。
いくつか
『ゆーちゃん、その…何があったのかって聞いても大丈夫か?言いたくなかったら言わなくていい。ただ人に話すだけでも楽になるって言うからさ』
ハルの頭に真っ先に思い浮かんだのはイジメだった。
その言葉に雪愛は少し
父親が突然事故で死んでしまったこと。母親は全然泣いていないこと。自分ばかりが悲しんでいるのがなんだか母親に申し訳なくて、今日もこの公園で悲しみに暮れていたこと。そこで、同級生の男の子達に余計悲しくなる言葉を言われたこと。
わんわん泣いた後で息も
けれど、ハルは最初こそ驚いた顔をしたが、相づちを打つだけで、黙って雪愛の話を聞き続けた。
雪愛が言いたいことを言い終わり、一息
『お父さんのこと大好きだったんだな。そりゃ
同情してくれているのか、そう言ったハルの顔はひどく哀しげだった。
その言葉に雪愛はうん、と
『ん~、そんな風に考える必要はないんじゃないかな?お母さんもお父さんのこと大好きだったんだろ?』
雪愛はうん、と頷いた。洋一と沙織は本当に仲が良かった。そんな両親のことを雪愛は大好きだったし、両親も雪愛を愛し大切にしてくれていた。
『ならさ、お母さんも悲しいに決まってる。だからさ、ゆーちゃんが家で我慢するんじゃなくて、お母さんと一緒に泣いてあげたらいいんじゃないかな。きっとお母さんは大好きで大切なゆーちゃんが悲しんだまま元気がないのをなんとかしたくて、ゆーちゃんの前で泣かないように頑張ってるんじゃないのかな。二人とも悲しいのに相手のこと考えてその気持ちを
雪愛は思いもしなかったその考えに驚きを隠せなかった。
いいのかな、そんなことをして。そうできたら、母とこの悲しみを
『お母さんの気持ちをゆーちゃんが聞いてあげて、ゆーちゃんの気持ちをお母さんが聞いて。そうして、お父さんを
その後も、ハルと雪愛は色々な話をした。雪愛にも徐々に笑顔が見られるようになった。しばらく話し、
帰り道、最初は話していた二人だったが、だんだんと会話がなくなってきていた。
雪愛がもうすぐお別れなのが
そんな風に歩いている途中に小さな
その店先には髪留めが並んでいて、雪愛はついつい目を向けてしまった。わ~っと目を
うん、と頷き、二人でお店の前に行き、これ、すごく
値段を見ると三百八十円。当時の雪愛は毎月のお
学校の帰りだったため、今はお金は持っておらず、買えるわけではないが、今度お小遣いで買おうかなと考えていると、ハルがその髪留めをひょいと雪愛の手から取り、ちょっと待っててと店の中に入っていった。
『今日ゆーちゃんに会えた記念』
と笑って言って、その髪留めを雪愛に手渡した。
茫然としたまま、いいの?と聞く雪愛にハルはもちろん、と言ってまた笑った。
ハルの顔を見て、手の中にある髪留めに目を向け、もう一度ハルの顔を見て、ありがとう!と今日一番の笑顔で雪愛はお礼を言ったのだった。
その笑顔を見て、よかったとハルは
そして再び歩き始めて少しした頃、雪愛の持っている
十分もしないうちに雪愛はこちらに向かってくる沙織を見つけ、ハルに母親が来たことを伝えた。
『じゃあ、俺はここで。またね、ゆーちゃん』
ハルはそう言うと、今来た道を戻っていってしまった。
雪愛は今日はありがとう!またね、ハルくん!と大きな声でハルの背中に向けて言葉を送った。
その後、雪愛は何度もハルと出会った公園に足を
自分の通う小学校にはハルはいなかった。この辺りは、学区の
最初は毎日のように。雨が降っていてももしかしたら今日こそはと思い公園へ行ったのは一度や二度ではない。
しかし、一度も会えることはなく、だんだんと公園に行く
この日の事は現在では大まかにしか覚えていない。
しかし雪愛にとってとても大切な思い出であることは間違いない。
『俺は
当時のハルが名乗った名前を雪愛が