美しき精悍な顔立ちの男は、しばらくのお忍びの宿にお菓子工房の二階を借りていた。
「はあ、びっくりした。だがやっぱりそうに違いない」
自身が伝え聞いていた『彼女』の外見とはだいぶ違っているのだが――。
彼女は黒い豊かな黒髪だったはずでは?
出逢ったあの
だが、あんな獣を従えているではないか。
そう、聖なる獣は気高く力強い輝きを纏っていた。
一緒にいるのは魔物では無かった。
決して禍々《まがまが》しくはない。
コツコツコツ。
(誰か来る)
階段を上がってくる。
店主の足音の特徴ではない。
コンコン。
戸がノックされた。
出るか、否か。
男は意を決して出ることにした。
スッと手を伸ばして長い愛用の剣を握る。
「誰だ?」
短く問うと美しい爽やかな声がかえってきた。
「忘れ物です」
ギイッ。
古い木の薄い扉を開けると。
「あっ」
「どうも。イルニア国の第3王子のルビアス様ですね。忘れ物ですよ」
黒耀石の瞳。
強い輝きの瞳。
確信したのだ。
この者がずっと探し続けた人物であると。