この世界は、救われた。
――伝説の漆黒の勇者によって。
彼女の名はエリザベート。
勇猛であり聡明だ。
全世界を震撼させ災厄最悪に堕とした冷酷で巨大な悪、脅威の魔界の王ヴァーノンを見事に討ち取ったのだ。
世界の平和は、少女勇者一人と聖獣一匹のトドメによってもたらされた。
漆黒の勇者エリザベートが翻したのは、黒く輝いたマント――。
彼女が纏うのは、艶めく漆黒の鎧――。
エリザベートの黒く眩い美しく長い髪は、豊かに揺れた。
黒曜石の宝石が放つ輝きのような美しい双眸の瞳は、意思を強くたたえ浮かべている。
瞳の奥に強い正義の光と慈悲深きやさしさを灯して。
この世の誰も抜けない岩窟の地中に突き刺さった聖剣エクスカリバー、その聖剣を抜くことが出来たのは、ただ一人の女性だった。
彼女は優しく、強く、懸命で聡明――。
何度絶望にまみえても立ち向かう姿は、逞しく美しい。
それは、紛れもなく勇者である証だった。
彼女は、様々な圧倒的困難に負けなかった。
長い旅路、痛く苦しい魔物との戦いにも屈せず、助けを乞う人々のために決して諦めなかった。
――そして、彼女はこの世を統べる野望を抱いた大魔王ヴァーノンを倒した。
この世界とあらゆる人民を救済した英雄漆黒の勇者エリザベートは称賛と憧れと感謝の嵐のなか、だが彼女は自国ランドン公国には戻らなかった。
待ち望んだ勇者の凱旋に主役はいない。
彼女は世界を救ったあと、その姿を
痕跡は……どこにもない。
漆黒の勇者が起こした奇跡――、魔王ヴァーノンの大災厄打破後、あれから数年が瞬く間経ち人々の暮らしは平和に過ぎ去っていった……。
いまだに勇者の所在は不明であり、その先の足取りを誰も知らない。
『……勇者はすでに死んだのでは?』
『……彼女は瀕死の怪我を負っているようだ』
平和になった世界では、まことしやかに語られる噂の物語の続きだけがひとり歩きをしていくのだった――。