地球最後の居住区域であり、移住計画に参加出来なかった人……つまりブロッサム・ノアβへ乗らなかった人々が死を待つだけの場所である。
信仰上の理由で地球に残る選択をした方や覚醒期間四年の船内生活中に寿命を迎えてしまう確率の高い高齢の方、自発的な行動が困難で付きっきりの介護が必要な知的障害を持つ方、更生の余地がないと判断された犯罪者など。
そんな移住計画へ参加出来なかった人々が、最期の時を過ごすための場所。
この移住計画で地球からスペアエデンへと向かったのは約五十三億人。
環境の変化や出生率管理によって人類はかなり減ったとはいえ、全世界人口はもう少しだけ多い。
その少しの差は、地球に置いてきた。
私たちが置き去りにしたんだ。
生き残るために、生存戦略として、重力と共に振り切った。
全人類が頭の片隅にあるのに、忘れて生きようとしている事実。
「私はその罪ごと、仕方ないとする人類の業ごと、スペアエデンへと連れていく。それが、
私の目を熱を帯びて揺れて見える瞳を真摯に合わせて、そう前置いて。
「意識改革、これこそが私の革命さ」
革命家アトラ・フライトは宣った。
ちゃんと思想が強い。
いやどうでもいいことだとは思わないし、言いたいこともわかる。
そういう考え方があるってこと自体は否定出来ないし、むしろ移住計画がここまで順調に進んでいる今なら考え始めても良いことだとも思う。
最近、少なくともブロッサム・ノアに人類が乗り込んで出発するまで人類にそれを考える余裕はなかったんだから。
……でも、じゃあどうしろって話でもある。
「そこで私は考えた」
私の思考に重ねるように、アトラは語りを続ける。
私はより集中して、やや前のめりに話に聴き入ることにする。
アトラは正直今のところ単なる変な人だ。
革命家を自称して。
外で布面積と遮光性が低いセクシーランジェリーを披露したり。
初対面の私にメイクを頼んだり。
旧式の古い端末を本気で使っていたり。
でも、どことなく品性を感じる。教養の高さ……というか能力の高さが滲み出ている。
超人世代とまでは言わないけれど、私たちの世代よりもずっと移住計画に向けた教育をしっかりと受けてきている雰囲気がある。
さらにその思想に対する熱意、本気さが伝わってくる。
気になる。
そんな彼女が掲げる、革命に対する具体的な方策とは――――。
「
革命家アトラは、たっぷりと言葉に自信を乗せてそう宣った。
……………………ん? あれ、今なん……え? なんか聞き違えたか……?
私の頭の中が静かに疑問符で埋め尽くされていく中、そのままアトラは語りを続ける。
「さっきみたいなセンサーのない無法路地に人を誘い込んで、お化けみたいなメイクとか演出をして残されてきた人々の怨念とか呪いとか霊障みたいなオカルトじみたそういうので驚かす」
堂々とアトラは方策を語る。
「この科学技術の境地みたいなこのブロッサム・ノアβ内での霊障なんて、絶対に話題になる。噂になる、この移住計画で振り落とされた犠牲者の怨念が船に乗り込んでいる……なんてね。そうすれば否が応でも、考えなくちゃならなくなる」
したり顔でテンポよく嬉々として語る。
「一応現段階のイメージとしては、ホラーメイクをした私が物陰に隠れて人が来たところで『お化けだぞー!』と言いながら襲いかかる感じかな」
人差し指を立てて人に見立てながら、私にイメージを共有して。
「そこで私が『よくも私たちを置いていったなー!』と、二百年の移住計画で振り落とされた人々の無念を恐怖と共に思い出させるという作戦だ」
やや声量を強めたり緩急をつけて、満足そうな顔でアトラは語り終えた。
ち、稚拙……っ!
え? そんな思想があって、そんな単なる悪戯を……嘘でしょ……っ。
まさかこれ、初めて見るけど……これが馬鹿ってやつなんじゃ……。
この科学技術や人類文明の境地と称される、惑星移住計画が行われている現在に……淘汰されたと思っていた。
色々と言いたいことというか思うことがある。
というか逆になんも言えないまであるんだけど。
とにかく。
「……ホラーを舐めすぎでしょ…………はあ、いい? ホラーってのは――――」
私は我慢できず、アトラの稚拙なホラー知識に対して私の胸中をぶちまけた。
幽霊だとか怨念だとか呪いだとかゴシックホラーとは何かだとかスプラッタ系とパニックホラーの違いとか。
そんな私の単なる趣味の話を端末に入れていたホラー映画のプレイリストを共有しながらアトラに語る。
本当にただの趣味。
確定予測演算装置マザーがあるこの現代において、オカルトなんてものは完全に「気のせい」だと断定されているんだけど。
やっぱりそれでも宗教観や民族慣習から生まれる小さな「あれ? もしかして……」の積み重ねは確実に存在している。
そんな事実が私は好きで、ホラー映画をよく見ている。
ちなみにお化けとか自体は全然信じてないというか、私も「気のせい」でしかないと思っている。
そんなとんでもない荒唐無稽な科学を超えた何かがあるんなら、人類は二百年も使わないでもっと簡単に奇跡を起こせただろうし。
本当に死んだ人間が幽霊になれるんなら、人類は別に滅んでも良いと諦めていたと思うから。
閑話休題。
私はつらつらとホラー講義を行って、淡々と聞いていたアトラは。
「うん、おおよそわかった……なるほど、因果応報や勧善懲悪よりも理不尽からくる不安や焦燥を焚き付けるような流れと予想外の実害が大事なんだな……思っているよりホラーとは計算されたものなのだな」
手元の端末にメモしていた情報をまとめて、呟く。
「基本的にはホログラムにホラーテイストなメイクをした私を映して無法路地に投影……それ以外にも場の湿度や温度の管理、加工した音声、光量調整、それと多少の実害……これは血液を浴びせたり違和感のある接触なども必要だね。それら全てを船のシステムとは繋げずにスタンドアローンで動くように構築しないとな……既存機器の改造で済むもの以外はハードから造るか」
そのままアトラはつらつらとメモを見ながらそう言って、急に私に向き直し。
「では、準備が出来たら連絡する。それじゃあ」
突然、アトラに矛先を向けられ慄く間もなくそう言われながらかなり旧式の端末を渡される。
え、なにこれ、えー物理ボタンが付いてる。学校の資料でしか見たことないんだけど。
というか次回があるの……?
まあ、確かに今回はホラー講義をしただけでメイクもしてないというかなんにも持ってきてないから出来ないし当然ではあるか。
っていうか、これ大丈夫なやつなんだよね? 私も共犯とかにならない? いやまあ事情を説明したらマザーの演算でちゃんと正誤判定してくれるだろうし、悪戯の域でしかないしなんとかなるか。多分。
私はメイクをするだけ。
いつも私自身はソフトゴシックに留めているからね、思いっきりゴシックメイクや覚えたけど使い道のなかった傷メイクとかを他人で試せる良い機会と考えればちょっと楽しみまである。
ソフトゴシックメイクですら何となーく移住計画の無駄に含まれてる雰囲気がある中で、学校にばっちりゴシックメイクを決めていく勇気はないし。
この場を丸く収めるために使えるんだったらメイクくらいしてもいいか。