駅に着いて複雑な路線図を眺め、池のあるところの最寄り駅を確認してメトロに乗る。
思えば不思議な話だ。
今、私はブロッサム・ノアβって大きな宇宙船に乗りながら自転車に乗って列車に揺られている。
地球を出航してもう三百年も光の速さで飛び続けているなんて、まるで実感がない。
人類の存亡をかけた移住計画の真っ只中だなんて全然思えない。
現実味がないというか、あまりにもこの都市階層はただただ街すぎるというか。
なんなら地球の私が住んでいた所より全然都会だし空気も綺麗だし自然も生きている。
人も多い、こんなに人類って生きてたんだってちょっと驚いたくらいだ。
なんだろ、なんかモヤる。
別に今んとこ良いことしか考えてないのに……、なんかね。
上手く言語化が出来ない、というか実は特に何も感じてないのに何か感じようとして無駄にイライラしているだけなのかもしれない。
そんな、結果的には何も考えてないのと同じ状態で列車に揺られつつ目的地へ。
「おお……」
駅から出て思わず驚きの声を漏らしてしまう。
結構場所によって雰囲気違うのね。建物や信号機や遊歩道なんかのデザインな第十七番地区とは全然違う。隣の芝生が青く見えてるだけかもだけど、お洒落に感じる。
たかだかメトロで十数分の距離でも、外国に旅行をしたような気分だ。
池まではレンタル自転車……いや歩いてこ、もうちょい街並みを見たい。
多分、大人ならこんなのんびり歩いたりはしないんだろう。合理性と効率化が染み付いてる、せっかちとは違うんだけど無駄は無くすのが当然って教育を受けてきたからね。
少なくともうちの両親なら迷わずレンタル自転車……いやタクシーを呼ぶ。
でも私は合理性と効率化はそこまで必要ないと教えられ始めた世代、多分クラスの半分くらいの人間に歩く選択肢が出てくると思う。
さらに私は端末のルート案内からも外れちゃう。
遠回りというか、池は気になる程度で目的ではない。
目的は今のうちに都市階層を見て回りたい……いや違うか、学校サボって何もしないのも嫌だからなんかしておきたいだけか。
端末の画面を閉じて、何となく気分で道を進んでいく。
いやー本当に全然街並みが違うのね、行ったことないけどヨーロピアンテイストというかそんな街並みだ。
文化保全というか保管の一貫なんだろう、私の住む第十七番地区は……なんだろ私が住んでたところより小綺麗だけど何となく馴染みがある感じするからなんかアジア圏の感じがある。多分ジャパンっぽい感じなのかな? フジヤマもタワーもないけど、近くに鳥居とかはあるし。
閑話休題。
ヨーロピアンテイストな石畳の路地をするすると気の向くままに進んでいくと。
なんかちょっと、薄暗い雰囲気が漂う。
なんだろ、単純に小汚い。
街は基本的に清掃用のオートマトンで不自然な程に清潔だ、そりゃ一応ここは宇宙空間なわけで不衛生からくる健康被害とかは絶対に許されない。
そもそも不衛生からくる健康被害とか、過去の歴史で人類が散々してきた失敗を二百年も人類存亡に尽力してきた大人たちが排除してないわけがない。
これも文化保全の一貫……?
まあでも珍しいのは珍しい、池より見応えがあるかもしれない。
この薄暗いホラーチックな雰囲気が興味をそそる。
なんて考えながら路地を進んで行くと。
私は今まで見てきた百を超えるホラー映画にはなかった初めての、しかも強烈な恐怖に出会うことになる。
「………………え……?」
私は路地を進んで出会ったそれに、思わずマヌケな声を漏らしてしまう。
それ。
つまり、路地の真ん中で堂々と
下着姿といってもインナーシャツに部屋着用のステテコとかそういう話じゃなくて、ブラとショーツのみ。
しかも布面積が小さくて露出度の高い、黒いレースで若干透け感のあるなかなかにエロティックな下着姿。
何処で売ってんのよそんな華美な下着……、いやこんな裏路地とはいえ白昼堂々となんて格好を。
単純に趣味趣向の話……? 私にはわからないけど、露出度を高めて承認欲求を満たしたり他者に見せて性的な興奮を得たりしているみたいな……。
いや、流石に何かのトラブルか……? 例えば何かしらの精神的な疾患や知的障害があったりして、入浴とか着替えのタイミングで何かの拍子にパニックとかになってしまって裸のまま家を飛び出してしまったとか。
もしくは何か犯罪に巻き込まれていることも考えられる。服を脱がされて外に放り出されたとか……いや流石にそんな凶行を船のシステムが見逃すわけないし確定予測演算装置による検証で特定されたら状態固着睡眠カプセルに入る時に絶対捕まるからそれはないか。
色んなケースが頭の中を駆け巡って、逆にノーリアクションになってしまう。
というかパニックだ。
え? なになになにどうしたらいいの? 下手に声とか荒げちゃったら、パニックを誘発させてしまうし。
もし趣味趣向の人なら、邪魔をされたと逆上して襲いかかってくるかもしれない。
えー、思ったより複雑な状況だ。もしかして無視して逃げるのが最適解だったりする……?
「……ん? なんだいお嬢さん、迷子かな?」
下着姿は混乱する私を見て、穏やかに問いかける。
怖い怖い怖いなにこれ、どういうこと?
こんな不適切な格好で外を歩いたらすぐに治安維持アラートが鳴り響いて、警備ドローンやオートマトンや直接治安維持担当の人が飛んできて注意を受けたり、場合によっては拘束される。
でもアラートは鳴ってない……、え? いいの? この格好……いやダメでしょ、おっぱいほとんど見えちゃってるけど。
「ん? ああすまない、こんな格好で驚かせたね。少々検証を行っていたんだ……それほど私は自身の裸体に自信があるわけじゃあない」
目を丸くする私に気づいて、そう言いながら彼女は振り返り傍らに畳んでおいた衣類を手にして着替え始める。
いーや全然わかんないし、裸体に自信がないにしては露出度が高すぎるって……いや後ろ側もう紐じゃん! おしり丸見えだけど! それ下着としての機能を果たしてるの?
そんな私の視線を気にもとめずに着替え終えて。
「さて、お嬢さん。私の名はアトラ・フライト――――」
混迷を極める私に対して、淡々とコートについた埃を叩きながらそう名乗り。
「――
不敵に不適に、アトラ・フライトはそう自称した。