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 簡単な話だ。

 論より証拠、水さえ見つけてしまえば隠匿だろうが故障だろうが原因が特定出来る。


 僕はノータイムで、表示されている『イエス』のボタンにタッチしてクローゼットからやや埃を被っていた遠隔操縦用ユニットを引っ張り出して端末へと繋ぐ。


 この遠隔操縦用ユニットは、僕が学生時代に使っていたものだ。

 様々な訓練の末、最後の最後は今まで自身で出来るようになったことを遠隔操縦でオートマトンを操って行えるようにならなくてはならない。


 手の皮が剥けて血でそうじゅうかんに手が貼り付いても、過度な集中で鼻血が止まらなくなっても、出来るようになるまで訓練をし続けた。

 おかげで指紋や掌紋がなくなってしまい、ペンなどをポロポロと落としてしまうようになった。手が滑りやすくなってしまった。


「アイハブコントロール、状況開始」


 僕は視覚共有ゴーグルを着装し、操縦桿を握って意識をオートマトンに同期しながらそう言うと。


「ユーハブコントロール、状況開始ね」


 サポートとしてヤスダがシステムを掌握しながらそう返す。


 まあ、指揮系統下にある作戦行動でもないし操縦の交代予定もないので宣言の必要はまるでないが訓練時の癖というか習慣というか僕もヤスダもこれが身体に染み付いてしまってしまっている。


 オートマトンの視界が共有され、僕はセントラル下部ライフライン階層の人型オートマトンと同化するように動き出す。


 流石ブロッサム・ノアに搭載されたオートマトンだ。

 レスポンスも良いし運動性能も申し分ないしマニュピレーターの動きも滑らかかつ繊細でストレスもない、関節モーターのトルクも高くパワーもありそう。やや感度が高くて遊びがない気がするけど、全然許容範囲だ。


「よし、おおよそのスペックを把握。このまま内部環境調査を開始する」


 僕はヤスダにそう言って、そのままオートマトンをライフライン階層に進ませる。


 この階層はまだ重力区画、一応人間でも立ち入りが可能ではある区域だ。まあ想定されているだけで立ち入るような場所じゃあない。一応空気もあるけど薄すぎたり濃すぎたり暑すぎるたり寒すぎたりする。


「この階層にある上下水道のデータを送るよ、やっぱりデータ上は問題なし。どのセンサーも異常を検知出来ていない」


 ヤスダは淡々とそう言って上下水道の通るパイプラインだけに色を付けるように3Dマップデータ僕の視覚に共有する。


「目視確認して回る。最短ルートの計算を――」


「もうやってるわよ。はい」


 僕の要求に被せるように、ヤスダは即答してデータを更新する。


 ルート通りに僕はオートマトンを走らせる。


 流石、超人世代一の頭脳とシステム掌握能力だ。

 結局僕は訓練期間中、知力面の評価はずっと二番だった。

 体力や筋力や身体操作や健康も含むフィジカル面や暴徒制圧想定の格闘訓練においてミストマンにも適わずにずっと二番だった。


 二人は天才だ。

 本物の超人だった。


 だから僕は、操縦技能を磨いた。


 EVA船外活動や危険区域での精密作業。

 人命救助、外科手術。

 操作しながらの自力演算。

 オートマトンとの意識同期。

 人型でも多脚型でも車両型でも。

 通信状況にラグがあっても。

 飲まず食わず三日三晩ぶっ通しでも。

 殴られ蹴られて怪我をしていても。

 如何なる環境、状況下でもオートマトンで何でも出来るように。

 僕は操縦桿を握り、ペダルを踏んだ。


 その結果、僕の操縦技能は超人世代で一番になった。

 超人世代は、自身が出来ることを全て遠隔操作のオートマトンでも出来るようにならなくてはならない。

 だが僕は超人世代で唯一、遠隔操作のオートマトンで自身の能力以上の結果を残せるようになった。


 まあ、結局それを活かすようなことはなかったんだけど。


 閑話休題。

 僕はパイプライン沿いをヤスダの計算通りのルートにオートマトンを走らせる。


 最高効率の動き、これは僕の肉体の延長であると同時に痛みも疲れもない機械だ。

 スペックを最大限に活かしながら、僕の手足のように思い通り動かす。


 最短最速、飛んで走って回る。

 パイプの異常を見ながら走り続ける。

 カメラとゴーグルモニターのラグを考慮して、目に映るものを確認しながら視線を次に置いておく。


 確実に、緻密に、正確に。

 ミスがないことは前提だ、僕には当然のことだ。


 そして、階層の上下水道パイプラインの確認を終える。


「――いーやビリィ、あんたやっぱ速すぎるよ。なんで私の計算より早く確認が終わってんのよ。初めて使うオートマトンでパルクールとか……壁面走行機能なんてないでしょこれ」


 フル稼働の関節負荷の数値を確認しながらヤスダが呆れるように漏らす。


「これの性能が良かったんだよ。ほら、次の階層に行こう」


 負荷の確認が終わったところで僕はそう返して、与圧ハッチの物理レバーを握る。


「次の階層は重力制御がない、ほぼ0G状態だけど微妙に縮退炉に引っ張られるから……ってまああんたに言うことじゃないか。データは送ってあるからね」


 次の階層のデータを共有しながらヤスダはそう言ってサポートを続け。


「ああ、行くぞ」


 そう返して与圧ハッチを開き、次の階層に移る。


 この階層には貯水区画がある。

 ブロッサム・ノアβ内で使う水だけではなく、スペアエデン到着後のテラフォーミングでも使用する水分を凍結保管している。

 金魚を新しい水槽に移す時に前の水槽の水も少し混ぜるみたいなものだ。


 漏れ出ているとしたら、ここの水だ。

 まあ杞憂なら杞憂でいい、何も起こっていないに勝る結果はない。

 でも僕たちはたった0.3パーセント未満の不安要素の為に超人として育てられたんだ。杞憂は僕らの習性、万が一に備えずにはいられない。


 なんてことを考えながらほぼ真空のほぼ無重力環境を、最小限の推進剤で進み慣性と反力を使って速度を落とさずにパイプラインを目視確認しながら進む。


 EVA船外活動の訓練より簡単だ。通信も安定しているし壁に囲まれているので慣性に流されて宇宙空間に投げ出されることもない。

 まあ壁まで凄まじい距離があるので流されたくはないし、流されはしないけど。


 マニュピレーターや脚部にある補助推進スラスターを細かく使い、マニュピレーターを振って内部ジャイロで姿勢制御を行う。

 オートバランサーはオフにしている、直感的操作にオートバランサーの補正は邪魔になる。

 徹底した反復訓練と実技講習によって条件反射の域にまで身体に染み付いた、感覚と直感だけでオートマトンを動かす。


 皮一枚の内側で。

 僕の真ん中から、ふつふつと湧き出てきて表に出てこようとする。

 緊張感、高揚感、全能感、疾走感…………いや。


 


 ああ、僕は今人類を救うために活動している。

 楽しくて仕方ない、僕はこの為に超人になったんだ。

 これをやる為だけに生きてきた。

 これをやる為だけに蹴落として殺してきた。

 本懐を遂げているんだ。

 嬉しくて楽しくて、踊り出してしまいそうだ。


 そんな不謹慎な思いが、溢れ出てくる。


 笑みを噛み殺して、皮一枚に喜びを封じながらオートマトンを操る。

 集中しろ。今僕は0.3パーセント未満の悪夢と戦っているんだから。


「――――…………うん、異常ないね」


 提示されたルートを確認し終えたところで、ヤスダはオートマトンと共有した視覚の映像解析を終えて結論を出す。


「そうか……、やっぱ杞憂だったみたいだね。よし、じゃあこのまま重力階層に戻してからコントロールをAI制御に――――」


 僕はヤスダにそう返していたところで。


 視界の端に、きらりと光る何かを見つける。


「――ヤスダ! 一秒前、視界内七時方向。一瞬だけ光った、解析頼む!」


 直ぐに視線を何かが光った方に戻すが、光は確認できずにヤスダへ解析を求める。


「解析結果、ライトによる反射光……反射物質は99.9パーセントと認める……」


 ヤスダが解析結果を述べたところで。


「確認を継続する」


 僕はそう言って、反射光を確認したところに接近する。


 ここはほぼ真空の階層、水はすぐに凍りついてしまう。

 こんなところに氷の粒があるのは、おかしい。

 でもまだ一粒、奇跡的になんかしら理由で経路を辿りこの階層に紛れ込んだ一滴の水が凍りついていただけかもしれない。


 でも、水はあった。

 すでに水漏れの確率は0.3パーセントを超えている。


 光ったのは貯水区画の壁面、パネルラインの隙間だった。

 接近して確認をするが既に氷の粒はライトの光で蒸発していた。


 一度、ライトを消灯しヤスダに光量を調節してもらってルートから外れた場所の探索を行う。

 反射した地点を中心に球体状に範囲を広げていく。


 まだ他の水がどこかで凍りついていると考えられる。マザーが把握している水量と0.3パーセントの差異、かなりの量のはずだ。


 消えてなくなるわけでもない、仮説が正しいのなら必ず存在する。


 僕は慎重に目視確認をしていくと。


「……あった。嘘でしょ……? こんなの……」


 ヤスダは珍しく絶句しながら感想を述べる。


 でも流石、ヤスダは冷静だ。

 僕は言葉も出ない。


 

 視覚共有で目の前に現れたのは、


 しかも周りには水に関する設備が一切ない区域、完全にヤスダが提示したルートから外れた場所だ。

 でもやはり水漏れはしていたんだ。


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