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「……相対的にそちらの方が可能性があるというだけで、誰かが全くログに残らない形でどこかに水を隠すなんてことも有り得ないだろ」


 僕は僕で思うところある点をぶつける。


「それはそう。あんたの疑問も恐ろしいくらいに正しいしごもっともすぎる、相対的に可能性が高いだけで個人がシステムを欺いて水を行方不明にするなんてのも常軌を逸しているのよね」


 さらりとヤスダは僕の主張も肯定して続けて。


「むぐ、まあ、その0.3パーセントの水が物理的にこのブロッサム・ノアβの何処にあるかを、もぐもぐ、特定出来れば、逆算して原因を特定できるじゃんね、あーこれうま、また食べよ」


 なんか食いながら、適当に、核心に迫ることを言ってのけた。


「じゃあとりあえず、誰かが水を隠しているケースでの推定位置を考えよう 」


 僕はそのままヤスダの提案に則り、やや強引に考えを強要する。


「はあ……、良いよ。暇つぶしの思考ゲームに付き合ってあげる」


 ヤスダは呆れながら僕に付き合うことに同意してくれた。


「前提として人の手で水が隠されているのであれば、この都市階層の何処かにある」


 僕はとりあえずの前提を明確にする。


「あーその場合で考えられるのは……、マザーの演算に当てはまらないような謎の隠蔽技術を用いて……、超巨大犯罪組織が大量に密造酒とか作って隠してるとか? 表向き法人として登録されていて法人用の建物とかに保管しているとかね」


 ヤスダは適当なわりにありそうなラインの可能性を提示する。


「なるほど、製造自体が許されていない物の密造の線か……、その線で言うなら確かに酒類なら長期保存も可能ではあるのか……?」


 ヤスダの考察に対して僕は少し同意をする。


「まあ無いけどね。そもそも酒類は一年間の活動期間で作れる物じゃないし、作れたとしても回収するのは次の覚醒時である六百年後。流石にそこまでの長期保存は不可能だね」


 さっくりとヤスダは自身の意見を否定する。


 まあ確かにそうか、熟成にも限界はあるし揮発性の高いアルコールの保存にも限界はある。


「でも、次のグループの覚醒時までならどうだ? そもそも大規模な組織なら各グループに相当数の構成員が居ることも想定できる。それなら次のCグループ覚醒まで百年間の保存で済むだろう」


 とりあえず思いついた可能性をヤスダに返す。


「あー……それでも百年の保存は無理。ウィスキーで五十年程度が限界だし。かなり質の良いワインなら百年は持つかもしれないけど、そもそもワインは葡萄酒で水を使わないから水量に影響が出ない」


 博識な、いや酒飲みなだけか、ヤスダは酒知識を披露する。


「いや待てよ、水を吸った葡萄を用いて密造されたとかは?」


 可能性を一つずつ潰していくように僕はヤスダに問う。


「うーん……、前提としてシステムを欺いて水を隠し持つことの出来る謎の犯罪組織が大規模な葡萄畑そのものを都市階層内のどこかに秘密裏に作って、ガンガン水を吸わせれば出来なくもないけど。システムにログを残さないならオートマトンも使えないからね。マンパワーだけで、誰にもバレないように葡萄畑を作って収穫して絞って誰にも見つからないように用意した樽に詰めて誰にもわからない場所に隠すなんて無理」


 少し考えるもヤスダは物理的な観点から完全に否定をして。


「そもそもワインなら申請すれば簡単に製造許可は得られるはずだから密造する必要がない。この船は人類だけじゃなくてその技術や文化も運ぶのが目的なんだから、酒造に関しても積極的に保護されるはずなのよね」


 続けてヤスダは、動機の部分についても否定する。


 ここからこんな調子で、僕らは様々な可能性の精査を話し合う。


 ワインではなく危険な薬物の製造ラインで植物の栽培に水が使用されている可能性。

 何か政治的影響力の高いVIPが専用のライフラインに水を抱え込んでいる可能性。

 単純に移住反対派の思想を持つ集団が水を枯渇させるために隠している可能性。


 多角的に、ギリありそうな可能性を次々に僕が問いかけて、ヤスダが答える。


 半ば陰謀論や都市伝説めいた雑談になり始めたところで僕はヤスダに切り出した。


「それでヤスダ、マザーの演算を超えた人間の行動によって水量に差異が生まれた可能性は?」


 そろそろヤスダも答えるのに飽きてきた頃合いを見計らって、僕はそれを問う。


「…………はあ、無いでしょ。一応超人世代一の頭脳と呼ばれた『可愛すぎる天才』であるこの私と、首席のビリィ・ベイブルックがこれだけ考えてもこの船のシステムを欺くことは出来ないのに他の誰かが出来るわけがない」


 ヤスダは負けを認めつつ自身の天才性をひけらかすことを忘れない回答をした。


 ちなみに、可愛すぎる天才ってのは一部メディアが一回だけ使ったものだが妙に気に入ったヤスダはそれを擦り続けている。


「でも……、マジに水漏れは考えられないのよねぇ……」


 可愛すぎる天才はそのままもう一つの可能性について思考を始める。


「確かにアン・ドゥ・メタルがそんな虚弱性を持ち合わせているとは――」


「じゃなくて」


 ヤスダは僕の言葉に被せるように続けて。


「水漏れしてたら吹き飛ぶのよ。この船」


 と、0.3パーセント未満の悪夢を口にした。


「この船、ブロッサム・ノアβは縮退炉の副作用によって生まれた重力を利用して船内全体の重力を制御しているでしょ」


 机を細かく指で叩きながらヤスダは説明を始める。


「ブロッサム・ノアβ中央に位置する都市階層から重力的には下の階層に食料品の管理ブロックとか貯水領域とか浄水設備などがぎっしりある中で、更に下に縮退炉と亜光速エンジンがある」


 ヤスダはつらつらと続ける。


「水が漏れているとなると、縮退炉の重力に引かれて縮退炉と隣接するエンジンまで到達する」


 説明というより自分の中で事象を整理するようにヤスダは語る。


「この量の水がエンジンと縮退炉によって受ける影響は単純な熱膨張による水蒸気爆発とかではなく、縮退炉のマイクロブラックホールによって粒子が加速されて……まあ単純にこの中央階層からさらに上階の状態固着で人類や動植物が保管されている階層までを貫くように消し飛ぶ。さらにマザー自体も物理的に破壊された場合、縮退炉の制御も行えずに爆縮を行う可能性もある。そうなれば周囲に航行している他の船もブラックホールに溶けてこの移住計画そのものが終わるのよね」


 ヤスダは専門的な説明は省きながら、恐ろしさだけを残して簡単にそう述べた。


 ……なるほど。

 確かにそれは有り得ない。


「……つまり最悪の場合、計画そのものを破綻させる可能性があるような事象をシステムが見逃すわけがなくマザーの演算結果に必ず変動が起こりうるし少なくとも修正ログが残るか」


 僕はヤスダの話にそう返す。


「その通り。そんな危機が起こりえないようにこの船は出来ているし、万が一にもそんなことが起こったのなら必ず検知出来るように出来ている。過剰なまでに安全性を突き詰めて造られたこの船でそんなことは有り得ないのよ」


 ヤスダは絶対に有り得ないというその根拠を、簡潔に述べた。


 話しながらヤスダは僕の端末へ、水漏れした場合に起こりうる最悪のケースの裏付けとなるデータを共有する。

 共有されたデータに目を通すけど、なるほど確かに……、こんな規模の爆発が起こりうる事態を見逃す可能性は無い。

 でも、実際に水は消えている。


「つまり、探すんなら都市階層より下ということか」


 僕はヤスダにこの流れの総括を突きつける。


 絶対に有り得ないということには触れず、一番高くて嫌な可能性を考えればそれしかない。

 最悪のケースに備える、一番嫌だと思うことを起こらないようにして、起こったところで迅速に解決する。


 人々を助けて守れる超人に成るべく、僕が徹底してきたことだ。


 十中八九が無駄に終わる、でもそれは問題が無かった時の事象に過ぎない。

 残りの一や二を確実に潰してきたから僕は首席の成績を修められた。


 だから、そんな風に出来てしまっている僕は絶対に有り得ないとされている事態にも、ごく僅かな疑念が残るだけで動かずにはいられないのだ。


「はあ……、既にシステムに申請を行って内部環境調査用オートマトンのコントロールを一機だけ貰ってる。まあ天才としては月並みの言葉だけど、こんなこともあろうかとってやつぅ?」


 そう言いながらヤスダは僕の端末に、オートマトンのコントロール権譲渡画面を表示させる。


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