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 嫌な数値だけど、算出結果を見てなんとなく納得してしまう。


 僕の想定では足りてなかった、各家庭の冷蔵庫の中に入っている飲料や水道管の中に残る水滴や空気中に混ざる湿度や衣服が吸っている湿気、人が現在体内に摂取した水分まで、マザーの演算には入っていた。


 この船に存在する全ての水の在り処と、その総量をあっという間に算出した。流石、確定予測演算装置マザーだ。

 最早アートとも言える美しい演算結果を見ながら紅茶を啜る。


 だけど見れば見るほど、疑問が湧いてくる。


 当初は浄水不可能なほどの汚水などを宇宙空間に棄てているのかとも思ったがそういうことはなく、どうやら浄水システムはかなり優秀で現状浄水不可な汚水などはないらしい。


 だとするとこの0.3パーセントの誤差はなんなんだ? この美しい演算結果にそんな0.3パーセントも誤差が生まれる隙間があるとは思えない。


 マザーへ回答を求めると。


『水量に関しての完全把握は不可能。軽微の誤差は想定範囲内として処理』


 と、らしからぬ答えが返ってきた。


 まあ確かに、そもそも常に流動的に動き続けている船内の水の在り処を完全に把握するなんて常軌を逸し過ぎてはいる。


 でもそれをやってのけるからこその、確定予測演算だ。

 砂漠の砂粒が何粒かすらも導き出すことが出来て、未来すら確定させた予測を弾き出す。

 だから僕らは今、宇宙空間を旅しているのだ。


 続いてマザーに対して、その差異が生まれる理由について回答を求めると。


『人体に保有される水分量と、演算を超えうる人間の思考によって生じた誤差の可能性がある』


 なんて答えた。


 人体に保有される水分量に関しては、まあわかる。全ての人間の生体データを把握しているとはいえリアルタイムで全てを把握出来ているわけでもない。体調によりけりだろうし、成長期の若者もいるのでそこにブレがあるのは理解出来なくもない。


 ただ、それだけで0.3パーセントの誤差が生まれるとは思えない。


 先んじて覚醒し一年を過ごして再び状態固着カプセルに入ったAグループと現在三ヶ月を活動中のBグループ、合わせて約三千四百万人でマザーが把握しきれなかった水分量が一人頭数ミリリットルだとして、全員にそれがあったとしても0.3パーセントには満たないと思う。


 そして、演算を超えうる人間の思考によって生じた誤差についてだ。


 これに関しては何を指すかはわかる。


 当初打ち出した、地球の環境変化による人類の滅亡に対して二百年で人類の生存確率を99.7パーセントまで引き上げたことに起因する。

 マザーはその経験上、人間が自身の演算結果を覆しうることを演算に組み込むようになった。


 かといって具体的に今回のは人間が何をすれば誤差が出るんだ?

 AグループまたはBグループの誰か、もしくは集団で水を循環させないように容器に入れてマザーの把握出来ないように埋めたりして隠すとか……?

 この部屋の棚裏にあった落書きのように、AIが見逃す可能性は一応あるけど……出来たとして理由が無さすぎる。意味がわからん、目的も不明だ。

 マザーにエラーを出させようと悪戯しようとしている賢しい悪ガキ集団がいて、そいつらが各種センサーやシステムの隙間をついて水を埋めて回っている……?

 まさかそんなわけ……いや、そのくらいナンセンスなことでもないとマザーが特定できないなんてことにならないか。


 でも流石に……うーん。


 特にエラーや何か問題ある様子でもないので、真面目に考える必要もないんだけど。というかヤスダとのデートについて考えていたはずなのに脱線しすぎている。


 しかしこれって……。


「……?」


 僕は一番シンプルな可能性を一人口に出した。


 ほら水道局からの請求を見ていつもと同じだけしか使ってないのに明らか料金が上がっていたら、その可能性が頭に過ぎるだろう。

 今回も規模は違えど似たような話ではある。


 ただ何故こんなシンプルな可能性に確定予測演算装置マザーが行き着かないのかといえば。


『水道となるパイプにはアン・ドゥ・メタルが使用されている為に破損はない。アン・ドゥ・メタル以外の領域に関してはシステムで把握される為確認可能であり、現状水漏れなどは確認されていない』


 とのことらしい。


 これにはどうにも僕は納得できない。


 確かにアン・ドゥ・メタルはナノマシン同士の結合により情報を与えれば、与えた通りの構築や構造に形を変える万能物質である。

 情報さえ与え続けていればその形は不変的なものとして固着される。つまり絶対に壊れないし朽ちないのだ。

 縮退炉という無尽蔵なエネルギーと、確定予測演算装置という間違いのない情報源があればアン・ドゥ・メタルは完全に破壊不可となる。


 それはそうとして。


 そんなアン・ドゥ・メタルのパイプラインが亜光速で航行する状況で二百年以上全く問題が起こらないということを前提にして。

 謎の悪ガキ集団が超絶技法で水を隠している可能性を優先していることが解せない。

 まあでも実際何も問題がないからこそ問題が起こってないのだから、たとえ水漏れしていたとしてもなんら航行に影響はないのだろうけど……。


 ………………ホントか?


 0.3パーセント未満の悪夢に取り憑かれた僕は、正常な判断が出来ていないのかもしれない。

 この世で最も信頼性が高いものに対して、疑念を晴らすことが出来ずにいる。


 うーん……、いや、一人で悩んでいても仕方がない。

 こういう時はヤツの知恵を借りよう。


「あ! ダーリンどうしたのぉ? さっき会ったばかりなのに寂しくなっちゃったぁ?」


「……な、ヤスダ、おま、飛ばし過ぎだ……っ、怖い怖い怖い! シンプルに気色悪い!」


 連絡して開口一番端末から聞こえてきたヤスダのアクセルを踏み抜いたテンションに、驚いて震えた声で返す。


 いやまだその段階のアレじゃなかったろ……、ええ……、そんなガッツリ彼女感出してくるのなら僕もノリノリで彼氏面するぞ? いいのか? 外すなよこのハシゴ。


「……いや冗談だし。で、なに? あんたと違って暇じゃないんだけど」


 ややむくれるヤスダに僕は、暇が故に拗らした疑問を順序建てて計上したデータをまとめて説明した。


 ヤスダは都度呆れながら相槌を打って、僕の疑念と仮説を咀嚼して飲み込み。


「……いや、あんた暇すぎるでしょうに」


 呆れ返りながら、当然の感想を述べた。


「まず何で私とのデートプランを考えてたら水の総量と循環量の比較になんのよ。デートに集中しなさいよ、あんた何の為に閉鎖環境訓練で真っ暗な部屋で無地のジグソーパズルやってたの?」


 ヤスダは半笑いで僕に皮肉めいた言葉を投げる。


 いや別に僕はデートプランを集中して考える為に、不定期でトラブルが起こる暗室の閉鎖環境で指先の感覚だけを頼りに三千ピースのジグソーパズルを完成させたわけじゃあないけども。


 まあ確かに集中力を欠いた行いではあった、反省しよう。


「んで、ヤスダはどう考える? 0.3パーセントの差異が何処へいったのかと、それにマザーの判断について」


 僕はヤスダの考えを聞く。


 ヤスダは小柄なのに大食らいで体重を超えるベンチプレスを軽々上げる大概なフィジカルを持つが、特筆するのはその頭脳だ。


 同期の中で一番の秀才であり、ブロッサム・ノアβの量産効率を上げるプロジェクトに参加したり船内で使われているいくつかのAIはヤスダの理論をベースに思考パターンの強化学習を施した物もある。


 ハード面でもソフト面でもこの手の話でヤスダ以上に頼れる者は、少なくとも僕の周りにはいない。


「んー? 普通に私もマザーと同意見だけど。この船のシステム的にアン・ドゥ・メタル使用箇所に問題は起こりえない。だったらまだ誰かが水を隠してる方が現実的だし、その場合は航行プランへの影響も特にないから何か動くこともないね」


 と、ヤスダは僕の疑念を真っ向から潰し、そのまま語り続ける。


「アン・ドゥ・メタルって船の装甲板とか縮退炉とかマザーの一部回路とか状態固着睡眠カプセルまで、絶対に壊れちゃいけない場所に使われてんの。だからアン・ドゥ・メタルが関わる場所にはかなり特殊で堅牢なシステムが構築されていて、何千何万の多角的な視点によって形状や構築に変化がないかを監視されている。確かに縮退炉を積んで二千年以上も亜光速で航行する物質が少しも変形しないなんてことはないけど、それもマザーの演算によって船全体で目に見えないくらい微小にアン・ドゥ・メタルの形状をフレキシブルに最適化させて対処している。だから水漏れなんてベタなトラブルは起こりえないのよね」


 ヤスダはかなり噛み砕いて、僕の仮説に対しての指摘をする。


 まあ確かに、ヤスダほど詳細にシステムや構造を理解出来ているわけじゃないけれどもその程度の基礎知識は頭に入っている。

 アン・ドゥ・メタルに不測の事態は起こりえない。


 


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