目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

「それが宇宙に出たら椅子に座って、茶飲んでるだけで拍子抜けしてるって? べっつに良いじゃないのよ、平穏無事が人類の祈願なんだから」


 向かいに座るヤスダはそう言って、昼飯に注文したカツカレーを先割れスプーンで掻き込む。


 暇なまま、僕があの落書きの問いに頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると友人のヤスダから昼食に誘われて出てきた。


 ヤスダは学生時代からの友人で、いくつか同じ訓練を共に受けた。

 腐れ縁というかなんというか、同じ船に乗り込み同じBグループに割り振られ同じメゾンユニバースに住んでいるので高頻度で顔を合わせる。


 親しい友人も他にいないので、雑談がてら先程見つけた落書きについて少し話をしてみたのだ。


「勿論それはわかるよ。ライフラインにトラブルがあれば都市階層に住む人間に被害が及んで、その被害によって見逃してしまったトラブルによって今も眠っている他のグループの方々に影響が出るかもしれない。だから僕が暇なのは喜ばしいことってことは重々承知だよ」


 僕はユーリンチーをライスの上に乗せて、そう返してから掻き込む。


「でも納得いかねぇんでしょ? そりゃ私もわかるけどさ。大前提として生きていけるってとこにもっと感謝しなきゃいけないんじゃね?」


 先割れスプーンを僕に向けながらヤスダは至極ごもっともな返答をする。


 ちなみにヤスダは女である、念の為。


「…………うーん、確かにその通りだと思うけど……」


 ごもっとも過ぎるヤスダの論に口を濁す。


 多分この気持ちをこれ以上言語化すると、僕のエゴでしかないような形にしか纏まらない。


「あー、でも多分ミストマン辺りもそうなりそう。あいつはDグループで治安維持だっけ、まああいつはマジの馬鹿だから多分迷わずに不満をぶち巻けると思うけど」


 先割れスプーンで僕の油琳鶏を一切れ刺して持っていきながら、さらりと旧友を巻き込んで返す。


 ミストマンも、学生時代からの友人で僕とヤスダの共通の友人で体力系の科目では同期で頭一つ抜き出た成績を誇った男だ。

 ちなみにミストマンはマジの馬鹿だが最高に良い奴だ、念の為。


「とにかくビリィ、あんたは真面目に考え過ぎてんのよ。0.3パーセント未満程度の確率の悪夢にどんだけうなされてんのよ。もっとなんか趣味とか持ったり遊びに行ったりとか、女でも作りなさいよ。今のうちにパートナー見つけてスペアエデン着いたら結婚でもしちゃいなよ」


 僕から取り上げた油琳鶏を頬張りながら、続けてそう言う。


 趣味か……。

 いやこれでも紅茶を飲むようになったりと、暇な時間を埋めようと努めている。


 女……。

 女かぁ……、そもそも自室で完結する仕事だし出会いが……いや、だから遊びに出ろって話か。


 うーん、しかし……。


「いや僕に女はおまえしかいない、そう言うんならデートにでも連れて行ってくれよ」


「ぶっふぉッ‼」


 僕の申し出にヤスダは頬張っていた油琳鶏を吹き出しそうになり両手で口を押さえる。


 そこから水を飲み干して、少し咳き込んでから僕に向き直して。


「な、ま、ま、まあ、い、いいけどぉ⁉」


 耳を赤くしてどうにも満更じゃなさそうに、ヤスダは答えた。


 まさかこのタイミングで学生時代からほんのり秘めていた思いが叶うとは……。

 まあ僕に恋人が出来そうな話はさておいて。


 この後昼食を終えた僕らは普通に帰宅した。


 自室に戻り食後の紅茶を啜りながら、壁に書かれた『Why are you here?』を見つめる。

 僕がここにいる理由か。


 死にたくないから、僕も新天地に行って生きていたいから。

 それもある、でも決してそれだけじゃあない。

 僕らが子供の頃からやってきた学習や訓練は、僕にはとても耐えられないほどに辛いものだった。


 死にたくないからって理由だけで続けられるものじゃあない、何度も殺してくれと思ったし、死のうとも思った。


 走って吐いて、走って覚えて試されて吐いて走って走って吐いて、泣いて吐いて、覚えて覚えて覚えて試されて走って、吐いた。

 出来ないということが出来なくなるまで、徹底的に訓練を続けた。


 頑張って、ひとつずつ出来ないものが無くなると出来ないままの人々が振り落とされて行く。

 でもこれはスポーツ競技や、受験競争などではない。


 当時の僕たちは本気で、ここで超人になれなければ地球に置いていかれると思っていたんだ。

 だから僕が蹴落として行った人々はそのまま落ちて死んでしまう。


 僕は何度も人を殺していた。


 それを自分が死にたくないからという理由だけで続けられるほど、僕は強くなかった。


 僕が船に乗る資格を得るのは人々を助けて守る為に、人類存亡の為に、僕は超人になるんだと本気で思わなくては続けることが出来なかったんだ。


 でも今は、0.3パーセント未満の確率で起こりうる悲劇に備えて端末に表示される優秀なAIの報告を眺めつづける悪夢にうなされている。


「何故ここにいるのか……か」


 僕はぐるぐると頭の中で壁からの問いをはんすうして、一人呟いた。


 なんて、悩むのは一旦やめにして。

 こういう感傷に浸ることで目的の妨げにならないように思考を切り替えることも訓練されているのだ。悲しいことに。


 とりあえずヤスダとのデートについて考えることにした。


 どこに行こうか……、まあ僕が考えるよりヤスダに任せていた方が十中八九良いのだろうけど一応考えておこう。

 端末でセントラル内の商業施設や、娯楽施設を検索してなんとなく3Dマップで確認する。


 へえ、改めて本当に色々あると感心してしまう。

 スペアエデンでもそのまま使うことを想定されている為、完全な都市機能を持つ。

 学校もあるし病院もあるしデパートやレストラン、遊園地なんかも存在する。

 五十機以上建造されたブロッサム・ノアβ全ての都市階層は基本設計はほとんど同じではあるものの都市に入っている企業や乗船している人間によって色が違うらしい。

 スペアエデン到着後に行き来が出来るようになるのも楽しみだ。


 はー、この池というかほぼ湖のようなものがある公園はかなり興味が湧く。

 どのくらい深いんだろう、水量もかなりある。


 ……これってどのくらいで入れ替えてるんだろう。


 そんな小さい素朴な疑問が浮かんだのでなんの気なしに水道管理画面から詳細情報を開く。


 池の総水量が……はいはい、それで毎日……へぇ、あーそうか結局一年後には全部水を抜くから全部を循環する必要はないのか……なるほどね。


 なんて管理画面を見ながら一人で頷く。


 これだけの水量を池に回すなんて、そもそも地球からどれだけの水を汲んできているんだろう。

 暇が故の疑問の連鎖、好奇心とも呼べないほどの、なんとなくでデータベースを眺める。


 ……はー、やっぱ凄い水量なんだな。

 まあ最大全長二百五十キロメートルを誇るブロッサムノアなら載せることもできるし、一億人が乗り込んで一千七百万人が一年暮らすだけの水が必要だしスペアエデンでのテラフォーミングにも使われるので妥当な量なんだろうけど。


 じゃあどのくらいが毎日生活に使われていて、毎日どのくらいが浄水に回されて、大元の貯水領域に戻されているのだろう。


 大元の貯水領域は、水を凍結させて体積を減らしている。これも縮退炉という無尽蔵超高出力エネルギー源が為せる技だ。

 この都市階層の以外のいくつかの階層に空気を送るのにも、水は使われていたはずだ。


 なんてぼんやりと考えながら、様々な数値を眺めていく。


「………………?」


 僕は数値を眺めながら、つい声を漏らす。


 なんか……いや気のせいか?

 数値の中で違和感を感じる。

 十中八九気のせいなんだろうけど……。


 なんて思いつつも、机に手書きボードを出して端末で計算させつつ、出た数値をメモしていく。


 初期総量、都市階層での貯水量、使用水量、浄水に回されている量、その他の冷却や空調で使われている量、現在の貯水領域にある貯水量などなど。


 とりあえず洗い出して、計算してみる。

 膨大な量がかなりのに渡って移動し、貯められているとはいえ総量は決まっている。


 だが、どう計算してもデータ上の水量が初期総量に届かないのだ。


 まあそりゃ文字通り水物なので多少の誤差は出るのだろうけど……。

 手計算ではなく、洗い出した数値を確定予測演算装置マザーを用いて再度より精度の高い数値へと洗い出し直す。

 更にマザーの人の域では算出不可能な演算で初期段階の水の総量と現在の水の総量を比較する。


 するとが生まれる。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?