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「おまえは何故、ここにいる? ……ねえ」


 僕、ビリィ・ベイブルックは自室の壁に殴り書きされた謎の問いかけを見つめて読み上げ、考える。


 朝起きて自室の棚上に吊していたカレンダーにバツを入れようとしたら手を滑らしてペンを棚の裏に落とし。

 朝っぱらから棚を動かして、そのままでは芯が露出し続けて乾いてしまう可哀想なペンを救い出したところで。


 棚の裏に書かれた落書きを見付けたのだった。


 なんだこれ? こういうデザイン……、んなわけないか。前の住民が書いたものだろう。

 しかして、ここはオートマトンによって退居後に徹底的な修繕と清掃が行われるはず。

 どうにもこの落書きはオートマトンの清掃範囲から漏れていたようだ。備え付けの棚の裏だし、まあそういうこともあるのかもしれない。


 とりあえずの納得をして、僕は問いかけの内容について考える。


 僕がここにいる理由か。


 ここ。

 つまり人類生存環境保全亜光速超長距離恒星間航行方舟ブロッサム・ノアβ41である。

 より正確には都市階層は南ブロック第十七番地区、メゾンドモンステラの五〇二号室か。


 現在僕たちは人類の存亡をかけて、二百年の月日をつぎ込んで行われた移住計画によって宇宙空間を航行する船の中で生活をしている。


 この船が出来る二百年前、確定予測演算装置マザーによって、人類の滅亡までのタイムリミットが算出された。


 思った以上に近い将来に終わりを迎えることを知りケツに火がついた人類は信じられない早さで技術を発展させて。

 二千五百光年離れた惑星、通称スペアエデンへ移住計画を進めた。


 光の速さでも二千五百年かかるくらい離れた場所に移動する為、二千五百年間人間を保存出来る状態固着睡眠カプセルを一億人分積んだ光の速さで二千五百年動き続ける超巨大な宇宙船を五十機以上も建造して。


 確定予測演算装置マザーは人類生存確率99.7パーセントを打ち出して人類は移住計画を実行したのだった。


 とはいえ、0.3パーセント未満の不確定要素があったので全てをAIに管理させるのではなく定期的に人の手で補おうと百年に一度グループ毎に目覚めて、航行プランの進捗やカプセルに問題がないかのチェック、外壁装甲や動力のメンテナンスなどを行うことにした。


 一億人をAからFまでのグループに分け、百年に一度一つのグループ約一千七百万人が目覚めて約一年間を都市階層にて船に関する仕事や若い世代への教育学習をして生活をする。

 どうにも二千五百年間カプセルにいるより、定期的に起きて動いていた方が身体にも良いらしい。


 単純にAからFの六つのグループがあるので一回目はAから百年ずつずらして覚醒し、その後は六百年に一回目覚めて一年間暮らしを四回繰り返す。しろくにじゅうし、単純な計算だ。

 つまり僕らの体感としては四年間をこの街で過ごし五回目の目覚めは全員新天地であるスペアエデンに着いているということになる。


 つまり今この現時点で既に地球を出発してという月日が経過しているのだけど、正直全く実感がないというのが本当のところだ。


 それほどまでにこの都市階層は、完璧に、忠実にただの街なのだ。


 一気圧で重力も地球と同じ、朝日が昇り夕日が沈む。たまに雨も降って少し肌寒いこともあればやや陽射しが照ることもある。

 ちなみにこの街はスペアエデン到着しテラフォーミング完了後には、そのまま都市として使うらしい。


 なんてことを起きしな見つけた恐らくAグループの前の住人が百年前に書いたであろう落書きのせいで、寝ぼけ気味の頭で考えさせられつつ紅茶を淹れてデスクに座る。


 さて、今日も仕事だ。


 僕の仕事はこの都市階層南ブロック第十七番地区のライフライン整備だ。


 電力供給や水質管理、空調やネットワーク設備に至るまで、僕らの生活を支える様々なインフラが通っている。

 それらを一挙に統括して管理しているのが僕、ビリィ・ベイブルック二十四歳ってわけだ。


 そう、これこそ僕がここにいる理由。


 …………なんて、仰々しく言ってみたけど個人がそんな多岐に渡るライフラインを管理できるわけもなく、勿論僕の他にも多数の同僚が存在しているし何より基本はAIによる自動制御であり確定予測演算装置もあるので正直ほとんどやることはない。


 システムがまとめた数値や状況を把握して、AIが把握漏れしていると思われる異常を見つけてマザーへ自動で報告し修正をかける。


 物理的な故障なら自動修復作業用オートマトンがそのまま修復を行い、ソフトウェア側の故障ならマザーが修正して一応また担当の人間がチェックを行う。


 つまり、僕は暇なのだ。


 故郷を離れ二百年の眠りから覚めて一度目の都市階層暮らしが三ヶ月ほど経ったが、めぼしいトラブルなどは特になく僕は安寧の日々を過ごしている。

 部屋の端末に表示される数字を横目に固いスコーンと紅茶を嗜んで、ちょっと太ったくらいだ。


 しかして「おまえは何故、ここにいる?」ねえ。


 いやそりゃ、個人として単純に死にたくないから移住計画に従って船に乗ったということもあるし、人類の存亡をかけた計画における0.3パーセント未満の不安要素を払拭するために少しでも協力したいと本気で思っている。


 でも、現実として僕は優秀なシステムが吐き出す正確なデータを眺めて紅茶を啜るだけの日々を送っている。

 いやトラブルなんて無い方がいい、何も起こらずにみんなが問題なく生活を送れるのがベストだ。

 だけど僕がここに居なくても優秀なシステムが、何の問題もなくライフラインを管理し続けるだろう。


「……確かに、何でここにいるんだろうな」


 僕は壁の問いかけに、答えられない。


 僕らが子供の頃には既にブロッサム・ノアβの量産が始まっていた。


 しかし、まだどのくらい建造できるかが定かではなかったので出来るだけちゃんと勉強して人々を助けて守れる大人にならないと、船には乗れないと教えられて育った。


 だから僕らは可能な限り勉強をした。


 数学や物理、化学や言語学、天文学に地質学、機械工学やソフトウェアのプログラミング知識、徹底的なフィジカルトレーニング、フルマラソンを三時間台で走って二十キロメートルくらいの遠泳もこなし、五百時間にも及ぶ0G環境下での船外活動訓練、人命救助や救急医療の専門知識、無人島や砂漠や雪山などの過酷な環境下でのサバイバル訓練などなど。


 僕らは大人になるのにではなく、を求められた。


 ブロッサム・ノアが五十機以上建造できることが確定し、マザーが人類の生存確率を99.7パーセントと打ち出した時にはもう。


 僕らはとっくにだった。

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