かつて日本で、妖怪という存在は人々と共にあった。
しかし時代が進むにつれ人間は妖怪がいた生活を忘れ、彼らも少しずつ姿を消していく。
だが、今も完全に消えてしまった訳ではない────
「なぁ、ちょっと僕の話を聞いてくれ」
「なんだよ兄ちゃん。仕事に集中しろよ」
この街の隅っこにも、とある妖怪が3匹。
彼らは「
と言っても彼ら、実は3匹で1つの伝承の成り立つ妖怪。
かつては3兄弟で野山を駆け回り、その名を全国に轟かせた。
まず長男の鎌鼬が、道行く人を押し倒す。
そしてそこへすかさず次男が、両手の代わりに腕に付いた鎌で、その人間を切りつける。
最後に三男が傷口に特性の痛みを無くす薬を塗り込み、その場を素早く去って行く。
すると摩訶不思議、何かにザクリと切られた跡が身体にあるのにもかかわらず、痛みは全くない。
それがまさに世に言う「かまいたち」、人々が恐れる大妖怪の所業である。
で、あるのだが────
「良いじゃないか弟よ、少しくらい僕の話を聞いてくれても」
「ダメダメ、仕事に集中しろよ。なぁ、大兄ちゃん?」
「良いんじゃないか、少しなら……」
そうは世の中、甘くない。
もし現代で昔のようにまたイタズラをしようものなら、すぐ人間たちに見つかり、捕らえられてしまう。
人間に見つからなくても、カメラなる
それが怖くて彼らは今、小さなパン工場でアルバイトの日々だった。
でもここだけの話、先ほど次男を叱った三男も、普段無口な長男も。
毎日娯楽のないこんな生活にはうんざりしていたので、実はその話に興味があった。
「言ってみろ、言うだけタダだ……」
長男が、ベルトコンベアにパンを押し込む。
「実は僕、バレーボールをしたいんだ」
次男が、流れてきたパンを腕から生えた鎌で等分する。
「バレーボールって、あのバレー??」
三男が、薬の代わりにジャムをパンに塗り込む。
パン工場の仕事は今までの経験を生かし、なおかつ現代に当てはめた素晴らしい職場だった。
それぞれ押す・切る・塗るしか出来ない彼らにとって、これ以上の働き口はない。
しかし如何せん、地味の一言に尽きる────
「バイトの吉岡っているよね。アイツがバレーのクラブチームに入ってるらしくて。今度の試合で人数足りないからって、数合わせに誘われたのさ」
「成る程、理由は分かったよ。でもなぁ」
「あぁ、危険が伴う……」
もちろん彼ら鎌鼬も、人間社会に溶け込む妖怪のはしくれ。
人間の擬態なら、出来ないこともない。
ただそれはあくまでも、こうして工場の隅で働くときだけの話。
実際大会などで目立ってしまえば、多くの人間の注目を集めてしまえばどうなるか────
それはここ百数十年、隠れて生きてきた彼らには、想像も出来ないことだった。
「それでも僕はやりたいんだ!」
「いやでも兄ちゃん、そもそもバレーなんて出来るのかい?」
「それは、うぅん……」
不器用な次男は、唸るしかなかった。
バレーボールなど次男どころか兄弟全員したことはないし、見よう見まねで出来る程、甘くもないだろう。
「仕方がない、手伝うか……」
それは次男だけでなく長男三男にとっても、決断の時だった。
◇
その日の帰り、彼らは近所の体育館を借りてバレーボールをすることになった。
まずは次男がどれ程バレーボールが出来るのか、それを見極める必要があるという長男の発案からだった。
「2人とも手伝ってくれてありがとう、恩に着るよ」
まずは三男がボールを投げ、長男がトスをする。
そして次男がボールをアタックするという算段だ。
久しぶりの、仕事以外での兄弟の連携。
3人ともバレーボールは触るのさえ初めてだったが、かつて全国を駆け回った輝かしい記憶を思い出し、少し泣きそうになる。
「投げるよっ! そらっ、大兄ちゃん!」
「むっ、少しズレたな……」
三男に多少のズレはあったが、しかしそこは流石、人とパンを押し込み続けた経歴を持つ長男。
長男の完璧なトスのおかげで、ボールは綺麗な放物線を描き、最良な位置へと飛んでいった。
「ありがとう2人ともっ」
そして次男、渾身のアタック!
「そらっ!」
もちろん、ボールは手の鎌で切り裂かれた。
「やってしまった………」
ガックリと膝を突き項垂れた次男に、2人は駆け寄る。
「まぁ、やはり……」
「俺たち、そうなるのは何となく分かってたけど、中々言えなくて」
問題は次男の、両腕の鎌だった。
長年人間やパンを切り裂いてきたその鋭利な切っ先はもちろん、良くも悪くもボールの両断だってお手のものだ。
「なんで、なんでいつも僕はこうなんだ!!」
「腕が鎌だからだろ」
今回の失敗の理由は明確だったが、次男が悩んでいるのはもっと根本的なことだった。
「違う、そうじゃない弟よ! 僕はいつも失敗ばかりだ!」
そう考えると、芋ずる式に嫌な思い出というものはどんどん引きずり出されて行く。
「あぁ、思い出せば全部そうだ。初めてスーツを選びに行った日も、ピアノを習いに行った日も、ジムに行った時だって全然うまく行かなかったんだ!」
「全部腕が鎌だからだろ」
しかしこの三男、冷静を装って次男に腕が鎌だからだのと吐き捨ててはいるが、次男の挑戦心自体は心から尊敬していた。
自分の腕は鎌でないにしろ、どうせ妖怪だから無理だと諦め、色々な挑戦から逃げてきた。
スーツを選びに行ったことも、ピアノを習いに行ったことも、ジムに行ったこともない。
だから意思の硬い長男や、何にでも挑戦する次男の事を心から尊敬しているし、フラフラしている自分がイヤでもあった。
そしてそんな次男の挑戦の手伝いが出来ると言うのは、三男にとってとても嬉しくもあったのだが────
「あ、あの兄ちゃ────」
「まて、ここは任せろ……」
三男の言葉を遮ったのは、長男だった。
長男は項垂れる次男に近寄る。きっと気の効いた一言で彼を慰めるに違いない。
「このバカちんがぁ!」
「へぶぅ!」
予想に反して、長男は強烈なビンタを次男に食らわせた。
ゴロゴロと転がる次男の鎌が、借り物である体育館の床を傷つけて行く。
「えぇ……」
三男は止めようかとも思ったが、その前に長男は珍しく激昂し、次男へ掴みかかる。
「なぜ出来ないか分かるか!? それはお前の情熱が足りないからだっ!」
「ハッ……! そうだったのか!!」
いや絶対鎌のせいだろと言いかけて、三男は思い出した。
両腕がどうこう以前に、次男が究極のバカだったことを。
しかしそこは末っ子、結構偉い。
その後何日にも渡り、バカな兄達に文句ひとつ言わずに付き合うのだった────
◇
そして本番の日。天気は快晴、擬態も良好。
この上ない程のバレーボール日和。
しかし応援に来た三男は、心にモヤモヤとした不安を抱えていた。
「大兄ちゃん、大丈夫なのかよ。兄ちゃん、最後まで成功しなかったよ……」
練習に次ぐ練習の日々、しかし次男は一向に上達しなかった。
もちろん次男は人に擬態すれば、腕も鎌でなくなる。
その刃物特有の鋭利さは成りを潜め、通常の人間と同じように両手の五指を操れる。
しかし最後まで次男自身はそれをすることなく、結果本番までに沢山のボールがお釈迦になった。
「大兄ちゃんも、あんなに焚き付けるなら人に擬態すればいいことくらい、教えてやればよかったじゃんか!」
「教えたところで、アイツのバカと根暗は治らん……」
このままでは、次男のイヤな思い出が増えるだけだろう。
しかし長男はため息をつく。
「アイツは最後に何か希望を見いだしたようだった、それに賭けよう……」
「あのバカに!!?」
しかし2人の予想に反して、試合は接戦だった。
鋭いアタック、突き刺さるようなサーブ。
「これは、驚いたな……!」
「ウソだろ、あの兄ちゃんが!」
次男の参加した試合は稀に見る拮抗した対戦で、見ごたえだけならプロにもひけをとらなかっただろう。
「ありがとう2人とも! 応援ありがとう!」
「あぁ弟よ、頑張ったじゃないか……!」
試合後、感動した長男は次男に駆け寄った。
普段感情を表すことの少ない長男だったが、その時ばかりは感涙に咽ぶ珍しい姿が見れた。
取り敢えず次男の鎌が背中に刺さって痛そうだったので、三男は特性の薬を長男の背中に塗る。
「僕やったよ! 失敗続きだった僕でも出来るんだって証明したんだ!」
「よくやった、お前は自慢の弟だ……!」
「ありがとう2人とも!」
コンプレックスだらけ、何をしてもうまく行かない────
そんな次男だったが、バレーボールをしたいという夢を叶えた。
そう、彼は立派に
そんな次男の晴れ舞台を見て、三男は呟く。
「いいのか、あれで……?」
まぁ本人が満足なら良しとしよう。
めでたしめでたし。