私は異世界の魔女という存在が好きだった。
可憐でグラマラス、重みがありながらしたたかな声が容易に脳内再生できた。黒くて露出が多い服も効果的だった。そんな強い女性の存在に私は憧れた。なんせ私は、現実で弱い人間だったからだ。そんな風に妄想がちだったから、あの場所で孤立していたのだろうけど。
私はよくポエムを書いた。人によっては痛いとか言われそうだけど、たまにそんなポエマーな気分になるから、私はそっとシャーペンを走らせることがあった。
自分の悲しみを吐露するだけはただの惰性である
悲しみをどう活かすかが、僕の生きざまだ
教室へ入るといつものように男子から蹴られた。
まず、ちりとりで集められたごみをスカートに投げられた。中学のスカートはゴミがよくくっついた。これが毎日、休み時間ごとに行われた。あの日々はまるで泥をかぶったような毎日だった。
私が真面目にノートをとり、我ながら汚い字で真面目に授業をきいた。ただし学力に関してさほど褒められることはなかった。別に勉強が特別得意というわけではなかったからだ。それに、授業終わりにノートに墨汁をかけられるから、勉強した内容をすぐ忘れた。
学校は私にとって無間地獄だった。イジメといじられの区別がつかない担任のせいでもあるし、強くない私のせいでもあった。弱い自分を自覚していたから私は余計辛かった。罵詈雑言を浴びせられ、紙くずを投げられる毎日を凌いだのは、今でも凄い事だったと思う。何とか卒業までいくことができた。
高校には入らなかった。とにかく同年代のひとが嫌いになったからだ。まず、煤臭い工場で働くことになった。年上の男性ばかりで安心したが、一人だけ同年代風の男がいた。だがそんな年齢差関係なく、男はまるまる揃って汚らしい人間性をしていて、若い私をそう言う目でみて、私がいない場所でそういう話をしていた。吐き気がしたのでなけなしに一喝いれ、工場をやめた。
そこでとある筋の知り合いから連絡がきた。小学時代の唯一の女友達からだった。彼女と会話をした。だが彼女は次第に愚痴だけを私に送るようになり、私は嫌になってすぐブロックした。その頃になると、親がやけに嫌味をいうようになった。私は無視していたけど耐え切れなくなって家を出て一人暮らしを始めた。そして趣味のポエムが転じて、小説を書き始めた。
感想がついた。「ふつうに面白くない」。端的で悪意を感じなかった。その評価が逆にきつかった。パートで働いて生計を立てた。ちょっと辛くても、そうするしかなかったからそうした。
私はどうやら世界から嫌われているみたいだった。美沙義不幸、と改名した方が良い気がした。私はその頃から死ぬことを考え始めた。でもそれには至らなかった。怖かったからだ。情けない。
その時になるとまた感想がついた。
「独りよがりの小説しか書けないのですか」と。
その通りだと思った。だって私はお前らの為に小説を書いているのではなく、自分の悲しみのはけ口として小説を投稿していたからだ。でも言い返さなかった。ネットに投稿していたのは、私の意思だったからだ。
その頃になって、私はあのポエムを思い出した。
自分の悲しみを吐露するだけはただの惰性である
悲しみをどう活かすかが、僕の生きざまだ
そうか。と思った。
私は自分が悲しいのを肯定し、何故悲しいのかについて、書くことを決めた。
*
そこで美沙義里奈というタイトルの本は終わった。
私はその本を読みながら、ふんわりと、その小説に登場する美沙義理沙が――自分であると気が付いた。
「どういうこと……?」
困惑した。私は自分が【美沙義里奈である】と瞬時に理解したのだ。だが、この本の内容を全く覚えていない。つまり私は、映画でよくある記憶喪失なのかもしれない。だとすると、ここはどこなのだろう。マーティ? ロボット? どうしてそんな出鱈目な世界にいるんだ。私が生きていたのは、二千二十五年のはずだ。どうして? 何かが変だ。どうして私はここで生活していて、そんな簡単な違和感に気づけなかったのだろう。
私はすぐさま美沙義理沙という本をもう一度読んだ。すると、みるみるうちに、自分の心に黒いモヤがかかっていく気がして、下腹部に冷たい液が溜まってくるような気持ち悪い感覚が押し寄せたので、私はすぐに布団に帰って睡眠薬で無理やり眠った。
次の日になった。
私はすぐマーティをつけた。
『おはようございます、リナ』
「……」
『……どうされましたか? 何やら冷や汗をかいているようですが、お熱でもありますかね?』
「あ、あるかもしれない。今日はちょっとほっといてほしい」
『ほう、分かりました。娯楽リストは準備済みです、ご飯もあ――』
「ほっといてほしい」
『……御意に』
部屋の電気をつけたまま、マーティは黙った。私はいつものように白いテーブルへいくと、そこには朝食が用意されていた。食べる気にならなかった。昨日あまり食べていないから、本当ならお腹が空いている筈だったけど、でも、下腹部の冷たい液があるような感覚がまだあったのだ。一旦、マーティを疑うことをやめるとその嫌な感覚はすっと薄れた。
ある程度、気持ちが落ち着いてきた。よし。と私は整理することにした。
私はリナである。だが同時に、確かに美沙義里奈であるのを覚えている。これは気持ちの悪い感覚だった。だがあの小説を読んで、私は自分が何者なのかを思い出したのだ。あの部屋はなんなんだろう。そして、マーティがいないときに、何故現れるのだろう。
私は今、どこにいるのだろう。
とりあえず私はすぐ玄関へ行ってみた。今度はとても警戒しながら、恐る恐る行ってみた。あの部屋はなかった。扉も跡形がなくなっていた。代わりに、玄関の扉がありありと目に入った。
「…………」
そとの世界。私は美沙義里奈であることを思い出した瞬間から、本能的に外を嫌っていたことに気が付いた。小説で書いてあったことが実話なら、確かに私は他人との関わりを持ちたくないと思えてくる。私は不幸な女だった。それも小説を書いていたのに、独りよがりのしかかけないのかと言われる始末。そんなもの、私でなくとも他人を拒絶するようになるし、自分の惨めさで死にたくなる。そう思うと、そのくらいなら、この楽園(マーティがいる世界)に身を沈めたいと考えてしまうくらいに。
「――……」
でも同時に、その時私はこうも思った。いいや、思ってしまったのだ――「面白い」と。
私は次の日、マーティの電源をつけないで玄関へ行ってみた。そこにはあの部屋と、クラシックが壁越しに流れていた。部屋を開けると、またあの本棚に本が四冊並んでいた。
私は一冊の本をとって、タイトルをみた。
『