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淡色の双眸に 3


 まるで何かに導かれるかのように動いている小船は、海から川へと入り込むときでさえも動きがスムーズだった。川まで来てしまえば、少し距離がある位置に白亜の館が佇んでいる様子が見えてくる。海へ出る川の流れに逆らって動く小船の縁に手を置いていたシェリアが、不意にテオドールへと視線を向けた。


「……ロサルヒドさん、会ってくれるかな?」


 シェリアの言葉に、テオドールは「そうだな……」と小さな声を漏らした。前に訪ねた際には一度は追い返されている。そうでなくとも、どうやら彼はそれなりに忙しい立場らしい。


「もし会えなかったら、プラタナスで宿を取ろう。構わないか?」

「うん。大丈夫だよ」


 川をさかのぼるにつれて、周囲の大地にはやはり白い百合が増えてきた。起伏の激しさが増す大地の様子を眺めつつ、オールを小船に積み直しても速度は変わらない。引き返す動きをしない限りは、まるで何かに引っ張られるかのように小船はまっすぐに丘へと向かっていく。


 ほどなくして、木製の杭にロープで繋がれた小船を見つけた。前に丘を訪れたとき、シェリアが見つけたものだ。小船同士がぶつかると、それを合図にしてテオドールが立ち上がる。そして、一足先に降りてシェリアに腕を伸ばした。


 遅れて彼女も小船から降りると、数秒ほど流れに揺らされていた小船が、ゆっくりと流され始めた。振り返ったシェリアも、そしてテオドールも、不思議な心地でその様子を見守る。少しずつ海へと戻り始めた小船は、まるで元の位置に戻ろうとしているかのようだ。


「……行くぞ」

「うん」


 シェリアの手を解放して、テオドールは歩き出した。

 小船で辿り着いた川から白亜の建物まで、僅か五分足らずだ。周囲には、あの時と同じように白い百合が咲き誇っている。植えているというには雑然としているが、群生しているというには規則的でもあった。


 丘の頂上付近に佇む白い建物が近付いてくると、シェリアが小さく息をついた。


「疲れたか?」

「ううん。大丈夫だよ」

「それならいいが……」


 直に夕暮れが迫って来る時間帯だ。

 島の小屋で時間を使いすぎたと、テオドールは少し反省した。

 ここからプラタナスに戻るとしても、三十分ほどはかかる。


 ロサルヒドが応対しなかった場合のことを考えながら扉の前に到着すると、ノックするよりも先に扉が開いた。


「──やっぱり、来やがったな」


 扉を開いたのは、ロサルヒドだった。

 にんまりと笑って口許を歪めた彼は、顎をしゃくって中に入るように促すなり、さっさと奥に向かってしまう。


 自分達が来ることを知っていたらしい様子に、ふたりは思わず顔を見合わせた。


「……おじゃまします……」


 シェリアが控えめに言葉を出す頃には、ロサルヒドはもうリビングに入ってしまった。相変わらずというべきか。何ともマイペースな男だ。シェリアは少し困惑したが、テオドールはリビングの扉が開かれたままであることを理由に彼女を促した。


 ふたりがリビングに入ると、ロサルヒドは既に椅子に腰掛けていた。しかし、テオドールが視線を誘われたのは部屋の奥、窓辺に立っている人物だ。


 黒髪に青い瞳をした細身の男性──それは、花の街にいるはずのファムビルだった。窓の外に投げていた視線を戻したファムビルは、ふたりの姿を見ると薄く微笑んだ。


「……久し振りだな」


 確かにロサルヒドの話をしてきたのは、ファムビルだった。

 しかし、彼がここにいることはあまりにも予想外だ。


「うるせえ、挨拶はいいからとっとと座れ」


 頬杖をついたロサルヒドが、指先でテーブルをコツコツと叩いた。やや困惑は残っているものの、ひとまずテオドールもシェリアを促して椅子へと向かう。

 ロサルヒドの正面にテオドール、その隣にシェリア、そしてロサルヒドの隣にファムビルが腰を下ろす。


「あの、……どうして、来るって……」


 シェリアがおずおずと声を出すと、ファムビルはその胸元で揺れているペンダントを眺めた。それから、隣のロサルヒドへと視線を転じる。


 頬杖をついたままのロサルヒドは、ふんと鼻を鳴らして、


「魔女がアジュガに出たのはわかってんだよ。お前らがアジュガにいたこともな」


 つまらなさそうに言いながら、ほんの薄く笑った。


 今度はテオドールが、「どういうことだ?」と問いかけると、ロサルヒドは少し面倒くさそうに眉を寄せたものの、問いを突っぱねはしなかった。


「お前のそれと、これでわかる」


 それ、とロサルヒドが示したのは、シェリアが首から掛けているペンダントだった水晶の中に花が閉じ込められたペンダント。花の街でファムビルからもらったモノだ。


 頬杖の姿勢を解いたロサルヒドは、足元から地図を取り出した。テーブルに広げられた地図は、テオドールが持っているものとよく似ている。しかし、紙面にはところどころに焼け焦げたような痕跡があった。


 ロサルヒドが取り出した赤い玉を地図の上に転がすと、それはまっすぐにアジュガの上で止まった。そして、いくら地図を叩いても動きはしない。


 再び頬杖をついたロサルヒドは、テオドールへと新緑色の双眸を向けた。


「魔法を使うには魔力を消費するってのは分かるだろ。さすがに」

「……ああ」

「こいつは一定量以上の魔力が発生した場所を探る道具だ。戦争中には敵の位置を探るだとかどうとか、そういうのに使ってたワケだ」


 そう言って、ロサルヒドは赤い玉を指先で弾いてテオドールのもとに差し向けた。

 どうやら地図ではなく、赤い玉がその道具らしい。

 人探しの青い玉と関係があるのかどうなのか。そう考えながら赤い玉を手に取ったテオドールから外れたロサルヒドの視線が、今度はファムビルへと向かう。

 顎先で軽く促されたファムビルは、少し迷った様子で口許に手を当てた。


「……そう、だな。どこから話せば良いものか……」


 テーブルに落としていた視線を持ち上げたファムビルは、テオドールを、そしてシェリアを見遣った。

 視線を受け止めたシェリアが、少しばかり緊張気味に背を震わせる。

 その様子に気が付いたテオドールは隣から腕を伸ばし、膝上で握り締められた彼女の手に触れて、甲をやんわりと撫でた。


 そうされると、シェリアは詰めていた息を和らげて吐き出した。彼がいれば大丈夫だと思えるからだ。


 彼女が幾分か楽になったタイミングで、テオドールは話の続きを促した。


「……生き残りは最初の襲撃以降、二度と襲われていない──とは、話したはずだ」

「ああ、確かに聞いた」

「しかし、君は三度の遭遇を果たしている」


 ファムビルの言葉に、テオドールの手が僅かに強張った。先ほどの道具で、そこまで伝わっていたということだろうか。緊張が伝わってくると、今度はシェリアが彼の手に小さな掌を重ねた。


「監視していたようで悪いな。だが、これでお前らが今んとこは魔女に一番近いってコトが判明したんだ」


 ロサルヒドが声を出すと、ファムビルはまた迷うように思案気な仕草を見せた。

 そして、隣のロサルヒドへ顔を向ける。


「そうだ。それで……どう話したものか」

「めんどくせえな。結論から言えばいいじゃねえか」


 頬杖を外してにやりと笑ったロサルヒドは、隣のロサルヒドを示して言った。



使として、な」

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