目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
淡色の双眸に 2


 鍵──といっても、それは妙な形をしていた。

 一見すれば、単なる細い棒だ。先端のあたりに僅かな凹凸がある程度でしかない。

 薄らと光を纏っているあたりが、魔法道具であることを主張している。


「……魔法で封じられた扉に反応する、と言っていたか。」


 ロサルヒドは、ピンキーリングについて、扉に触れるだけで鍵になる代物だと説明していた。

 成る程、こういうことだったらしい。使わずにいたから、すっかり忘れてしまっていた。


 戸惑っているシェリアに頷きを返したテオドールもまた、少し緊張していた。

 ここに魔法の扉があるとして──何が起きるか、分からなかったからだ。


 数秒ばかり沈黙したあとで、どちらからともなく頷き合った。


 レリーフのくぼんだ部分に鍵の先端を触れさせると、纏う光が急激に強まっていく。ビクついたシェリアの腕に手を重ねたテオドールが、眉を寄せながらレリーフを睨みつける。


 次の瞬間、光が弾けて周囲が一気に明るくなり、シェリアが握っていたはずの鍵が姿を消した。

 反射的に腕を引いたシェリアの肩をテオドールが支える。

 瞼の裏に光の残像が残っていて、視界が白く染まってしまう。


「──!」


 開いたままだった扉が、まるで強風に煽られたかのように荒々しい音を立てて閉じた。リングに戻った鍵の光も外からの光も失われると、小屋の中はひどく暗い。


 窓のあたりを塞ぐ板の隙間から、僅かに外の光が漏れ入っている程度だ。

 光が消えた後は特に何も動かず、小屋の中はさきほどと同じように静まり返っている。


「……何だったんだ」


 テオドールが低い声を漏らすと、シェリアはゆるゆると息を吐き出した。

 そして、小指に嵌った状態に戻ったピンキーリングを撫でてみる。リングは、もう特にこれといった反応は示さなかった。


「……テオ」

「ああ……ひとまず、外に出るか」


 いつまでもこうしていたところで、どうにもならない。

 埃っぽい室内に閉じこもっている状態にも、少し気が滅入り始めていたところだ。テオドールはシェリアを連れて立ち上がると、足元に気を配りながら出入口の扉へ近づいた。

 相変わらず床板は軋んでいて、危うさが感じられる。


 閉じた扉に手を掛けた時、テオドールは思わず眉を寄せた。


 外開きだったはずの扉が、内開きになっていたからだ。

 どういうことかと考えたところで、答えなど出るはずもない。

 シェリアもまた、扉を見つめて違和感に気が付いた。


「……シェリア。開けるぞ」

「う、うん……」


 ギィ、と扉が軋む。

 入口だった扉を開いた先には、石の階段が下に伸びていた。

 やはり、あれは魔法が仕掛けられた扉だったらしい。


 安堵したものか、警戒したものか。

 悩みながら一歩を踏み出すと、石の階段は確かにしっかりと重みを支えた。

 軋む床から硬い階段に移動して降りていくと、次第に潮の香りと風が強くなってくる。


 階段は、まるで洞窟を削り取って作られたかのようだ。

 天井付近を見上げると、岩肌が剥き出しになっている。小屋の続き、という雰囲気ではない。


 シェリアの手を引きながら更に降りていくと、やがて風だけではなくて波音も近付いてきた。ゴツゴツとした岩肌に手をついて階段を降りていたシェリアの視線も、テオドールと同じように前へと向く。

 ちょうど、階段が終わって少し広い岩の上に出たあたりに波が来ていた。

 ぽっかりと口を開いた洞窟内はまるで入江のようになっていて、外には海しか見えていない。


 押し寄せる波は、それほど強くはなかった。

 浅瀬になっている場所で波に揺れている小船は岩にぶつかってしまったようで壊れていたが、岩肌に立てかけられた小船のいくつかは使えるようだ。


「……不可思議な仕掛けだな」

「使う人が魔法使いだから、ってことかな……?」

「それを、よくミレーナが知っていたものだな」


 いや、この仕掛けまでは知らなかったのだろうか。ミレーナは、魔法の仕掛けがあるとまでは言わなかった。

 知っていて意図的に伝えなかった可能性がないとは言い切れないが、ミレーナにメリットがないには違いない。


 小船を海に下ろしたテオドールは、水が入り込まないか、傷んでいる部分はないかを調べ始めたが、どうやら大丈夫そうだ。二本のオールも古いものではあったが、使えないわけではなさそうだった。


「シェリア。大丈夫か、乗れるか?」


 海辺の虫を見つけて驚いているシェリアに手を伸ばすと、彼女はこくんと頷いた。

 テオドールの大きな手が、その小さな手を握る。

 導くようにして船に乗せられたシェリアは、初めての小船を少し怖がっている様子だ。


「……シェリアは泳げるか?」

「う、ううん……」

「そうか。大丈夫だ、俺が泳げる」


 万が一の時は彼女を船に乗せたまま、自分が引っ張ればいいだろう。

 テオドールは、邪魔になる剣をひとまず外して先に座らせた彼女に預けた。


 そして、オールを岩に押し付けたままで小船に乗り込み、岩を押し遣って船体を動かした。洞窟内に入り込む波で少しもたついてしまったものの、外に出てしまえば何とか、といったところだ。

 使い方は知っていたものの、さすがにオールの扱い方には慣れていない。

 岩場から少し離れると、確かにあの小屋のある島だと分かった。


 波に押し戻されそうになりながら、少しずつ少しずつ洞窟の口から離れていく。


 すると、ぐいっと急に速度が増した。

 まるで何かに引っ張られているかのようだ。

 船自体に仕掛けがあるのか、それともオールの方か。

 顔を持ち上げると、少し離れた位置に例の建物が見えた。


「テオ、あれ……」

「……ああ」


 白百合の丘に吸い寄せられているかのようだ。

 とはいえ、オールで動きを止めようとすれば止まるのだから、不可思議さは拭えない。


 波に連れられて近付いてくる丘には、相変わらず白百合が咲き誇っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?