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淡色の双眸に 1



*



 ねえ、

    ねえ、あなた



   どうして そんなことを するの?



    どうして、 あんなことを したの ?



*







 地図上では小さな島であったはずの場所は、不可思議な形をしていた。

 確かに島そのものは、とても小さい。だが、その島周辺は青とも黒ともつかない石に取り囲まれており、一見して普通の島ではないとわかる。


 ガウラ号から降ろした小さな船で島の囲いまで送り届けてくれた付き人の青年に礼を告げたテオドールとシェリアは、小さな島を振り返った。島を取り囲む石の上を歩いていけば、少しずつ島が近付いてくる。

 島にはミレーナが言っていた通り、小屋がひとつあるだけで他には何もない。

 足元の大半は岩で出来上がっていて、砂なんてほとんどないというのに小屋の周辺には白百合が咲いていた。

 不思議に思いながらよくよく見れば、小屋の周辺に限っては土があるようだ。まるで小屋の足元から溢れ出しているようにも見える。


 木造の小屋は一見すると、ただの平屋だった。

 壁は丸太を半分に割ったもの、屋根も木製のようだ。潮風でくたびれた様子はない。


「……誰もいないって言ってたね」


 シェリアがそう言って扉に触れようとする。

 それを制したテオドールは、「そのはずだ」と短く返して木製の扉をノックした。

 当然というべきか。応じる声はない。

 軋む扉を押し開けば、中はただの倉庫のようだ。


 随分と長く放置されていたらしく、すっかり埃が積もっている。

 窓があったと思わしき部分は板で塞がれており、樽や木箱が積まれていて近づけない。床板も一歩踏み出すだけで軋むほどになっていて、ここに何かがあるとは思えなかった。


「テオ、気を付けて……」

「ああ。シェリアはそこにいてくれ」


 扉を大きく開いて、そこにシェリアを残したままでテオドールは奥へと進む。

 外から光が入らないせいで、室内はひどく薄暗い。

 開け放った扉からの光だけが唯一足元を照らしている。

 足元にシェリアの影があることに安堵しつつ、テオドールは軋む床に気を付けながら周囲を見回した。


「……」


 しかし、足元にも壁にも扉のようなものはない。

 木箱や樽を全て外に出す必要があるのだろうか。

 考えながら傍らの木箱に触れると、不自然な傷を見つけた。

 隣の木箱を見遣れば、同じように意図的につけられたと思わしき傷がある。

 石か何か、硬いもので引っ掻いたような痕跡だ。


 テオドールが眉を寄せて考え込んでいると、シェリアが「テオ……?」と遠慮がちに声を出した。


「──ああ、すまない。少し待っていてくれ」


 振り返らずに告げたテオドールは、木箱を少しずらした。

 床板は相変わらず軋んでいるが、今にも抜け落ちてしまいそうなほどではない。

 木箱の中身もそれほど重いものではなかった。

 何が入っているのかは知らないが、とにかく床を引きずったり持ち上げたりと、木箱を動かしていく。


 引っ掻き傷が示す通り、角同士に傷が合うように、或いは傷の高さが合うように、パズルのように木箱を並べ直す。

 そうしていると、小屋の中は最初よりも雑然さが増して、床がどんどん狭くなってしまう。シェリアが不安そうにしていることに気が付くと、テオドールは一度振り返ってから、大丈夫だと返した。


 外からは、波の音と海の上を行き交う鳥の声しかしない。


 ひとしきり木箱を動かしてみたものの、単純に散らかしてしまったような印象だ。

 意味があると思い込んだだけで、意味のない傷だったのだろうか。

 テオドールは深々と溜め息をついて、天井を見上げた。


「……ん?」


 天井からはランプが吊るしてあったと思われる金具が、いくつか残っていた。

 そのどれもが、少し高く積まれた木箱の真上に位置しているようだ。

 まさか、ランプを取り付けるための印ではないだろう。

 よくよく見てみれば、金具の向きが少しずつ変わっている。


 ずぼらに設置したといえば、そうかもしれない。ひとつずつ眺めながら歩いていると、木箱が道筋になっているようにも見える。考えれば考えるほど、どれもこれも意味があるように思えてしまう。これでは手詰まりだ。


「──テオ。入ってもいい?」


 痺れを切らした──というよりは、不安がっている声が届いた。

 シェリアを振り返ろうとしたが、三つほど積み上がった木箱が邪魔だ。


「……ああ。気を付けてくれ。ここまで来られるか?」

「うん。大丈夫たよ」


 小さな足音が近付いてくる。

 数秒もしないうちに、シェリアはテオドールのもとへと辿り着いた。

 このたった少しばかりの距離でさえ、離れることも近寄らせることにも緊張している自分に気が付いたテオドールは、思わず苦笑した。


「何かあるのかと思ったんだが……」

「……ミレーナさんは、地下って言ってたよね」

「ああ。だが、扉も何も──」


 そう言いながらテオドールは視線を巡らせていく。

 すると、天井に取り付けられた金具の向きを辿れば、最終的にひとつの壁板に辿り着くことに気が付いた。


 テオドールが視線を向けると、シェリアもその壁を向いた。

 縦に割った丸太の平面側が室内に向けられている。


「──あっ、テオ。見て」


 不意に声を上げた彼女が壁に近寄っていく。

 そして、壁の手前で屈み込んで一点を示した。

 テオドールもまた、シェリアの傍らに腰を屈めて、その指が示す場所を見遣る。


 随分と低い位置にあるそれは、レリーフだった。

 壁の一部に直接彫られている。位置も相まって、テオドールでは気が付けなかった。


 レリーフに描かれているのは、百合の花を抱えている長い髪の少女だ。その周囲には鳥達が飛び交っている。

 少女の抱える花の中央が少しくぼんでいるようだが、触れたところで何もない。


 レリーフをなぞっていたテオドールは、少女の指に指輪らしいものがあることに気が付いた。少し考えたあとで、シェリアの小指を飾るリングを見遣る。


「……シェリア。手を」

「手? ……うん。こう?」


 テオドールの手と入れ替わりに、シェリアが片手をレリーフに近付けていく。


 すると、ピンキーリングがふわりと光を纏った。

 ロサルヒドから渡された指輪の淡い光は、何とも頼りない。数秒ほどゆっくりと光が強まり弱くなり、不安定な様子を見せる。

 それを不安がったシェリアが視線を持ち上げたその時、ひと際強く光り輝いたリングが鍵の形となって手元に落ちた。

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