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災厄の金に浄化の銀 3


 外で遊ぶ子ども達に付き合っているシェリアの様子を、テオドールは窓辺から眺めていた。彼女の近くにはカディアンがいて、子ども達が無茶をしないように様子を見ているようだ。

 時折、小さな子達が駆け回って転ぶ場合もあるものの、すぐにシェリアとカディアンが駆け寄っている。年長組として、しっかりと下の子ども達の面倒を見ている様子だ。


 割れた窓ガラスの大半は、まだ修繕されていない。

 一階のこの一室も例外ではなく、木製の雨戸が臨時の窓ガラス代わりだ。扉をあけ放ったままで窓枠に凭れかかるようにして外を眺める間、雨戸を開いた窓からは緩やかな風が入り込んでいた。


 昨晩の嵐が嘘のように、空は広々と青色を覗かせている。


「──明日の昼には、次の船が来るそうだ」


 急に聞こえてきた声に少しばかり驚いたテオドールは、ゆっくりと視線だけを動かした。

 廊下側から室内に入って来たのは、イクセロンだ。

 無事な方の腕を持ち上げてゆったりと手を振りながら近づいてくる彼を見て、テオドールは凭れていた姿勢を戻した。


「だから明日までは、ここに滞在してくれ。シェリアと遊びたがっている子が多いんだ」

「そのようだな」


 イクセロンの言葉に頷いたテオドールの視線が、再び庭へと向く。

 シェリアの周囲を駆け回ったり遊び道具を差し出したりしている小さな子ども達。

 どの子も楽しそうに遊んでいる。

 子ども達が怯えていないことに、テオドールも救われた。

 カディアンのおかげだろう。


 場合によっては宿の方に戻ろうかと思っていたが、イクセロンはどうにも引き留めるような言い方をする。


「……船が来たら、白百合の丘に行こうかと思う」


 話すべきことでもあるのかと考えたテオドールは、ひとまず次の目的地を告げた。

 すると、イクセロンは緩やかに頷いて「その方がいいな」と肯定する。


「ロサルヒドのことを、よく知っているようだな」


 テオドールがそう言うと、イクセロンは少しばかり肩を揺らして笑った。

 どこか愉快そうな笑いを受けてテオドールが首を傾げると、彼は「すまん」と折れていない方の手を揺らした。


「よく知っているんだ、アイツのことは」

「……親しいのか」

「親しい……うーん。いやぁ、向こうは私のことを嫌っているがね」


 口の端を緩めたイクセロンは、窓近くの壁に凭れかかった。ちょうどテオドールの向かい側で、間に窓を挟む形だ。大の大人がふたりして、窓を挟んで壁に寄っている姿は少し滑稽かもしれない。

 イクセロンの顔はテオドールに向いているものの、視線は少し遠い。眺めているのは、窓の向こう──海の方だ。


「もう聞いているだろう? ロサルヒドは魔法使いの末裔だと」

「……ああ。有名な話だ」


 それは花の街でも、プラタナスでも聞き及んだ。

 事実、彼は確かに魔法道具を持っていて、それを使いこなしていた様子も見ている。当人が魔法を使ったところは見ていないが、シェリアのペンダントを元に戻したのは魔法だろう。

 少なくとも、テオドールはそのように理解していた。


「私もそうだ。魔法使いの末裔で……だが、魔法の才能はなかったなぁ。残念なことに」


 静かに息を漏らしたイクセロンは、言葉に対してそれほど残念がっている様子もない。既に諦めているのかもしれなかった。

 あるいは、とうの昔に見切りをつけたか。


「アレはな……私の、弟なんだ」


 ふと、イクセロンは囁くように言った。

 ともすれば、聞き逃してしまいそうなほど、呆気ない一言だ。


 テオドールは目を瞠って、庭に向けていた視線をイクセロンへと戻した。


「四つ違いの異母弟だ。もう五年……いや、もっとか。久しく会えていないが、元気にしているようで何よりだ」

「そうだったのか」

「さすがに、そこまでは聞いていないだろう?」

「……ああ」


 ロサルヒドは彼自身の話などしなかった。

 魔法使いというものについて、魔女について、魔法道具について、語っただけだ。


 四つ下の弟。それはちょうど、テオドールと弟の年の差と同じだった。

 あの子はとうとう三つまでしか生きられなかったが、もし生きていたら兄弟で仲良くできていただろうか。少しばかり考えてしまったテオドールは、無駄なことだと首を振って思考を払った。


 あの時、自分が強かったら。

 あの時、魔女が来なかったら。

 あの時、生き残ったのが弟だったなら。


 あの日。家族で家にいなかったら──。


 など、夢想したところで虚しいだけだ。


 緩やかに息を吐いたテオドールは「仲違いか」とイクセロンに問いを向けた。


「そんなところだ」


 イクセロンの肯定はシンプルだった。

 言い訳の余地もない。


「ここを任されたからには、おいそれと離れるわけにもいかない。それに、アイツはアイツであの馬鹿デカい図書館を守ってるからな。会う機会もなくてなぁ」


 そう言いながら、イクセロンは懐に手を差し入れた。

 少し迷ってから取り出したのは、白い封筒だ。


「何かの縁だ。コイツを届けてくれないか?」

「……手紙か?」


 封筒を受け取ったテオドールは、すぐに視線を彼へと向け直した。


「ああ、頼むよ。昨日、助けてやっただろ?」


 剣の代金だとか何とか言えばいいものを、イクセロンは緩い調子でそんな物言いをする。テオドールは思わず肩を揺らして小さく笑ってしまった。


「……わかった。届けよう」

「すまんな」

「いいや、ついでだ」


 ひらひらと手を揺らしたイクセロンは、ちらりと庭を見たあとで壁から背を離した。そして、テオドールの正面へと立ち直す。


「ロサルヒドに会った方がいいというのは本当だ。仲違いの仲裁をしてほしいわけではなくてな」


 あまりにも真剣な表情で言われてしまったものだから、テオドールはふっと小さく笑気を漏らした。すると、イクセロンの顔にも笑みが浮かぶ。


「船は明日の昼頃だ。伝えたぞ?」

「ああ、分かった。ありがとう」


 騒がしいわけではないというのに、面白い男だ。

 ひらと手を振って立ち去る彼に軽く手を振りながら、テオドールは僅かに目を細くした。


 少し気が楽になったような──そんな気がしたからだ。

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