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選ぶべき正しさとは 6


 ふたりから離れたテオドールは、褐色肌の青年を探していた。

 しかし、船首付近にその姿はない。船室に戻ったのか。また別の場所にいるのか。動き出した船を気にしながら、連なるように置かれた樽を見遣り、ゆっくりと周囲に視線を巡らせる。

 船員達が慌ただしく動いているものの、当然ながらその中に青年の姿はない。


 眉を寄せたテオドールがマストを見上げた時、今度はひとりの女性が姿を見せた。


「テオドール! テオドールじゃないのさ、うわーッ、久しぶりだねー!」


 笑って声を掛けて来た相手に、テオドールは少し困惑した。しかし女性は、あまり気にした様子もなく距離を詰めていく。


 高い位置に結い上げられた長い赤髪。

 つり上がった気の強そうな眉と目。はっきりとした目鼻立ち。

 高い位置にあるヘソ、短いズボンから覗く長い脚、そしてブーツ。

 大胆に腹部を露出した服装は、明らかに目を引いてしまうものだろう。


 だが、テオドールの視線を引き付けたのは、露出した腹部ではなく、その傍らに下げられた細身の剣だ。


 唐突に名前を呼ばれて面食らった数秒後、その剣を見て女性の名前を思い出した。


「……オノンか」


 特にその柄と鞘を飾る繊細な模様は特徴的だ。

 特殊な技術が使われていたものだと言っていたか。

 確かに切れ味が鋭く、それでいて軽くて扱いやすい剣だったと記憶している。


 腰に提げられた剣を見つめていた視線を持ち上げると、女性は機嫌が良さそうな調子で笑みを浮かべた。


「せーかい! なんだぁ、びっくりした。黙ってるから忘れられたかと思ったなぁー」

「……ああ、いや。すまない」


 唐突な再会に驚いたのは彼女だけではない。テオドールの方もまた同じだった。


「いいっていいってー。何年振りだっけ? すっごい久し振りだもんねぇーっ」


 腰に手を当てた女性──オノンは、テオドールの頭から足先までじっくりと眺めた。


 テオドールがオノンと出会ったのは、三年前──十九歳の時だ。

 あれから更に少し身長も伸びていて、加えて鍛錬も積んでいる。

 請け負った仕事の都合で二ヶ月ほど共に旅をした頃とは少し違っていた。


 だから、というわけではなかったが、テオドールは観察するようなその視線を不快だとは感じなかった。もっとも、先ほどの青年がシェリアに向けていた似たような眼差しには、存分に警戒心を刺激されたが。


 かつて旅を共にしていた時点で既に成人ではあった彼女もまた、三年も経てば少し様子も容姿も変わっていた。

 特に髪だ。あの頃は短髪だったというのに、今では腰に届きそうなほどの長髪になっている。そのせいで印象が変わっていて、一瞬ばかり誰だか分からなかった。


 すぐに名前を思い出せたことは幸いだった。

 彼女は怒ると手が出るタイプの女性だったことも、ついでに思い出してしまった。


「私は今ちょっとした仕事の途中でさー、荷物運搬中なの」

「護衛でもしているのか?」

「そーそー。陸路はまだしも、海路に入ったら沈没しないでって祈るくらいしかできないけどね」

「……相変わらずだな」


 話し方も話している内容も、三年前と大差ない。

 テオドールはちらりと甲板の方を気にした。


「まーね。金さえもらえればいいワケだし」


 オノンは緩い調子で頷いた。

 そして、テオドールの視線を誘うようにひらりと手を振る。


「商人様は羽振りが良くて助かるよ。航海さえ安泰なら、私は船に乗ってるだけでいいしさー……テオドールは?」


 そう言って、オノンはテオドールの腕に触れた。

 少し日焼けをした健康的な肌だ。

 そして、日常的に剣を握っているためだろうか。その手指ひとつとっても、シェリアとは異なっている。


 無意識のうちにシェリアを思い浮かべていたテオドールは、思わず眉間の皺を深くしてしまった。

 しかし、オノンはそんな様子には気が付いてもいない。


「おーおー、ますます逞しくなっちゃってー。テオドールも仕事で乗ってんの?」

「……いや」

「仕事じゃないならさぁー、一杯付き合ってよ。引っ掛けるくらいイイでしょ?」


 にっと笑みを浮かべて腕を絡めてくるオノンに、テオドールは軽く眉を下げて戸惑った。押し付けられる胸の柔らかさから逃れたくて、思わず腕を引いてしまう。


「……すまない。連れがいるんだ」

「えー、聞いてないなぁー、それ。オンナ? 久し振りなんだからいいじゃん」

「……悪いが、すぐに戻らなければならないんだ」

「連れてきたって別にイイよ。私は」


 しかし、オノンは引いてくれない。

 見た目は変わっても、中身はそうそう変わらないということだろう。


 三年前もそうだ。

 誘いをやんわりといなそうとしても、なかなか引き下がってはくれなかった。

 シェリアとはあまりにも違うなと思ってしまって、やはり比べていることに少しばかり申し訳なくなる。


 さて、どうしたものか。

 そう戸惑っていた時──甲板の方から、怒号と悲鳴が聞こえて来た。

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