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選ぶべき正しさとは 2


 シェリアが乗っている馬車の幌を開いたのはミレーナだった。そのすぐ後ろには、テオドールの姿もある。

 思わず声を上げそうになっていたシェリアは、知っている顔だと分かってほっと胸を撫で下ろした。


「シェリア、久しぶりだねぇ! そっちの彼は?」


 そんなシェリアに向かって愛想良く笑みを浮かべたミレーナは、その隣にいるカディアンへと視線を転じた。唐突に視線を向けられたカディアンは思わず肩を跳ね上げてしまう。何せ、カディアンからすれば、ミレーナは孤児院の出資者で、ある意味では有名人だ。


「──彼はカディアンだ。シェリアと同郷の」


 珍しく動揺して固まってしまったカディアンに代わり、テオドールが助け舟のように名前を口にした。

 一度テオドールを振り返ったミレーナは「ふぅん?」と首を傾げてから、また改めてカディアンへと視線を転じる。


 そして、じっと顔を見つめたあとで、軽く息を吐き出すようにして笑った。


「それなら心強いじゃないか。良かったね、シェリア」

「は、はい……」

「あれ? ちょっと、シェリアまで緊張してる? 知らない顔じゃないのに」

「すみません……」


 おずおずと謝罪を口にしたシェリアに向かって、ミレーナは緩やかに首を振った。


「責めてるわけじゃないさ、謝らないで。──さーてと」


 笑みを浮かべてシェリアを見つめていたミレーナの視線が、今度はテオドールへと戻る。そして、次に幌を大きく広げて馬車内をぐるりと見渡した。


「立派な馬車だね。船に乗るなら、うちで預かることになるけど構わない?」


 ひとしきり馬車を確認したミレーナの問いは、カディアンに向けられた。

 馬車の所有者については、既にテオドールから話を聞いていたためだ。


 ごくりと喉を鳴らしたカディアンは、「も、もちろんです」と言って、何度もこくこくと頷いた。馬車まで船に乗せろだなんて、さすがにそんな要求はできない。


 話が進む間に、テオドールが幌を大きく開いて二人に降りるように促した。


「それなら決まりだね。安心してよ、ちゃんとうちが責任は持つからさ。にしても、いいタイミングだよ。お三方」


 そう言いながら幌から手を離したミレーナは、馬車を降りるシェリアとカディアンのために場所を空けた。そして、馬車で混雑している街の外周を見回すように視線を巡らせていく。


「明日には出発だからね。今夜は宿で休むといいよ。あと──」

「──ミレーナさんッ!」


 視線を戻して三人をそれぞれに見ていたミレーナの言葉を遮るように、彼女を呼ぶ声が響いた。


「こんなところにいたんですか!」

「あーあ、もう見つかっちゃったか」


 駆け寄ってきた青年を振り返ったミレーナは、やれやれとばかりに肩を竦めた。彼女が周囲を気にしていたのは、部下が自分を探し回っているだろうと知っていたからだ。


「今日中に荷の確認を終わらせる約束ですよ! それに書類の方だって……」

「ハイハイ。やるってば」

「あと来客が二組、お待ちです。先にそちらを……」

「ワカッテルワカッテル。うちの秘書は優秀でしょうがないね」


 急かしにかかる秘書を前にして悪びれた様子も反省の色も見せずに肩を竦めたミレーナは、緩やかな仕草で三人に向き直った。商人の長としての忙しそうな一面を垣間見たカディアン、そしてシェリアもまた驚きと共に戸惑いを覚えている様子だ。


「──ってなわけだから、ちょっと用事を済ませてくるね」

「ああ。忙しいのにすまなかった」

「こんなの忙しいうちに入らないよ。あ、さっき前を通ったから分かると思うけど、青い建物だよ。今日は特に混んでるから、迷わないようにね」


 踵を返してひらりと手を振ったミレーナに対して、テオドールは頭を下げた。案内できなくて悪いねと言われてしまい、寧ろ世話になりすぎているくらいだと言いたくなる。


 そんなミレーナを急かすようにしながらも、秘書だという青年もまたテオドール達に軽く頭を下げた。慌てた調子でシェリアが深々と頭を下げる。すると、カディアンもまたそれに続いた。


 落ち着いたテオドールに対して、十代ふたりの様子にまだまだ年若い気配を色濃く感じたミレーナは、更に笑みを深めた。


「それじゃ、あとはよろしくねー」


 一体何がよろしくなのか。

 案内ができない可能性を見越して、表通りではない道でこちら側に来たのだろうか。テオドールは色々と考え始めていたものの、やがて思考を振り払った。


 青年と共に歩き出したミレーナが人ごみの中へと消えていく。

 その姿を眺めていた三人は、やがて誰からともなく息を吐き出した。


「……あー、びっくりした……ミレーナさんって、あんな感じなんだな」


 最初に声を出したのは、ミレーナと初対面だったカディアンだ。

 気の強い女商人というイメージだったが、厳しそうというよりは気さくな感じだった。それが意外ではあったものの、決して嫌な感じではない。


「……うん。すごく、いい人だよ」


 外套を羽織ってフードを頭に被ったシェリアは、なるべく髪が出ないように気をつけながら言葉を口にした。

 ミレーナは、港街の騒動から助けてくれた人だ。

 そして、この長い髪を切らなくてもいいと言ってくれた人でもある。悪い印象など抱きようもなかった。


「驚かせてすまなかった。ひとまず、馬車は置いて宿に」


 様子を眺めていたテオドールはゆっくりとふたりを促して、表側の道ではなく細い路地を示した。それはミレーナが先ほど教えてくれたルートだ。

 目立ちたくないシェリアのためを思ってくれたのだろう。


「宿は近いのか?」


 シェリアの手を取ったカディアンが、小さく問いかけた。


「いや、少し離れている」


 振り返ったテオドールは、ふたりの手が触れ合っている様子に気が付いた。

 そして、僅かに口許を引き結ぶ。


 今は、宿に行くことが優先だ。

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